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「力及ばず…御父上をお救い申し上げる事も叶わず…すまない…」
領主邸の床に跪き、死体から剥ぎ取ってきたカレント家の家紋入り外套で包んだ剣と騎士鍵を差し出す。
自分が殺した男の遺品をこの手で娘に返すなど鬼畜の所業ではあるが
こうしなければ場が整わず、俺の悲願も敵わない。
帝都にのさばる無能な上級貴族共は辺境を前線にし続けた。
カレント家は彼奴らに従い続け、俺達領家や民草をすり潰し続けた。
攻め込めば良いものを、滅ぼせば良いものを
手をこまねいて、惰性のままに続いた三百年の前線に
俺の妻は、マリアは、巻き込まれて死んだのだ。
ならばカレント領が前線でなくなれば?
安穏としていられるのは、この地が防波堤になっているからだ。
奴らの巣食う帝都を中心に、直轄地を挟んだ東西南北の大領地が裏返り
目と鼻の先にまで前線が、戦争が、敵国がやって来れば
彼奴らの大切なモノがすり潰される番が来る。
その為なら、マリアを殺した聖国とでも喜んで手を組もう。
「御父様…」
跪いた俺の視界に小さな靴が映る。
沈んだ声で父を呼びながら、俺が差し出す剣と騎士鍵に少女が触れる。
シスル――、思えば哀れな娘だ。
カレント家に産まれたばかりに父を喪い、これから俺に利用される。
カレント家の血を継ぐ直系であり
じきに帝都から飛んでくるだろう祖父さえ俺の手で喪う事が決まっている。
この娘は神輿だ。
カレント領を筆頭とする北部大貴族を帝国に背かせる為の、悲劇の神輿に乗る傀儡だ。
何の力も無い血筋だけの小娘を利用して、俺は悲願を…
「だから申し上げましたのに、筋書き通りになってしまって…」
「何?」
あまりにも予想と違う言葉に、思わず顔を上げてしまい
その瞳を見て、俺は凍りついた。
鞘に収まった剣と騎士鍵を抱いた小柄な少女の黄金の瞳には
父親の死を告げられた令嬢にあるべき、悲しみも涙も浮かんでいない。
心底呆れた様に溜め息さえ付きながら
剣と剣型の騎士鍵を鞘から抜き、剣の刃に指を這わせ、鍵に己の血を与えている。
「《召喚》」
「なっ!?やめッ―――!」
手の届く距離での召喚。
騎士教則で最初に戒められる最悪の死因が脳裏をよぎり
死に物狂いで召喚座標を表す光芒から逃れる!
「おぉぉぉぉ!!!」
手順を踏まず強引に魔力を叩き込んで強化した四肢が悲鳴を上げるが
辛くも鋼と肉の混ざった奇怪なオブジェになる事は避けられた。
巨大な存在が喚び出され、館の崩れる轟音の中
聞き間違う事などあり得ない音を聞く。
幾度その背中に護られただろう
あの青い騎体、カレント家累代の騎戒――その駆動音を聞き違う事などあり得ない。
第二十六序列群、№0063
『正騎士前期型』
「馬、鹿な…」
喚べる筈が無いのだ。
全身の痛みよりも、驚愕と畏怖で身動きが取れない。
あの騎士鍵に宿るのは、断じて子供に喚べる様なモノでは無い。
莫大な魔力が無ければ召喚不可能な、二桁前半の序列に属する本物の『正騎士』
その威容、掌上から神の如くこちらを睥睨する少女の対比はあまりにも現実離れしている。
機体から迸る魔力は、父親のソレを遥かに超えている。
《ハインツ》の掌上
少女の手で、血に濡れた剣が厳かに振りかぶられ
巨大な騎士がソレをなぞり、剣を構える。
遠隔追従、超一級の騎士のみが為すという上位操作術
「貴方を殺せば、筋書きが大きく変わるでしょう」
光を放つ金の瞳、ハンスと同じく召喚時に魔力が瞳を輝かせるという
聖国との国境を護り続けるカレント家の騎士に発現する特異な瞳。
その瞳に映った敵は、決して逃れられないと―――
「さようならグスタフ」
「マリア…」
剣が振り下ろされ、あるべき未来が断ち切られた。