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第九話 初デートには油断も隙も無く


「事情が変わりました。たしかに、あなたの受け取っていた手紙には重要なことが書かれています」


 人もまばらな王立美術館の展示ホールを歩きながら、ヴィクターは恨みがましげな視線をおくるシャーロットにそう返した。


「まさかその日の夕方にどっさり送り付けてくるとは予想外でしたけど、結果的には助かりました」

「ほらっ」


 勝ち誇って言ってはみたが、シャーロットの前を歩く男は冷たい一瞥をくれただけで、しゃあしゃあと話を続けた。


「……あなた方は、短い期間でずいぶんな量の手紙をやり取りしていたようだし、頻繁に会ってもいたようですね。それなのに、フェリックス・ロザードの日記にはそれらしいことがまったく書かれていません。手紙に書かれた近況と日記の内容の齟齬(そご)もあります。彼があなたに嘘をついていた可能性もありますが、女と遊んでいるのが家族にばれないよう、日記の方を捏造(ねつぞう)していた線も否定できなくなりました」

「嘘なんて、つかれてないわよ」

「はいはい。それで、もう少しあなたから話を聞きたいとおもったのです。婚約が内々に進んでいる二人ということなら、人気の少ないところで会っていてもそれほど不自然じゃないでしょう」


 そこまで聞いて、確かに、と思ったシャーロットはいったんは怒りをおさめることにした。フェリックスが自殺として報じられている以上、表立って殺人の捜査協力はできないということか、と。

 関係を隠していた手前、堂々と話を聞きに来られて家族を余計に混乱させなくて済んだというのもある。


「……でも、なんであなたがそんなことしてるの。警察の仕事でしょ」

「一度自殺として片付けた案件を、ご老体であるランドニア公爵ご本人が女王陛下のもとへ抗議にいらしたんですよ。内々にね。そして、そのすぐあとに、公爵は急な病で倒れて、今も意識が戻っていない」


 シャーロットもそれは新聞で知っていた。年を取ってから生まれた息子を失った悲しみが、老公爵を弱らせたのだろうだなどと書かれていた。

 しかし、ヴィクターは「彼の突然の発病が、かえって女王陛下の気を引いた」と続けたので、シャーロットは目を丸くした。


「ご病気は心労でも、お年によるものでもないって言うの?」

「内密なことですがね。公爵はご在宅ですが、いまは四六時中王家から遣わされた医師が看ています。あの家は跡継ぎが死に、当主が動けなくなって、実質的な采配は公爵の若い後妻とその連れ子が握っている状態です」

「……嫡子であるフェリックスも、その自殺を否定する公爵も目障りだった人たち、ということ?」


 とても怪しい。シャーロットの顔が苦々しく歪む。

 だが、ヴィクターはそれには安易に同意しなかった。


「連れ子は公爵の血筋ではないわけですから、このまま公爵が回復しなければ、爵位は公爵の甥に渡るはず。後妻の連れ子にも遺産の一部は分けられるでしょうが、フェリックス殿がいなくなって一番恩恵を受けるのはその甥です」

「……そっか」


 ブルーラス貴族のほとんどが、爵位継承権の必要事項として、女性だろうと隠し子だろうと、血のつながりを規定されていた。


「いずれにせよ、一族内に怪しい人間が複数いて決め手に欠ける上、大貴族ということもあり体面にも敏感。ということで、女王陛下は極秘で調査をするよう俺に申し付けてきたんです」


 壁に等間隔で並べられた額付きの油彩を、ヴィクターの黒い目がたいして面白くもなさそうに追っていく。つい、こんな虚無のような視線に晒されて絵の方も哀れね、とシャーロットは一歩後ろをついていきながら思った。


「公爵は、なんで、フェリックスは殺されたと?」

「詳しい話を聞く前に倒れてしまわれたのですがね。警察が自殺の根拠としたのは、遺体のそばに遺書があったから、さらに言うなら争った形跡もなかったからです。公爵は、あれは遺書ではなく、息子には自殺する理由がないということを、女王陛下に上申したとのこと。……最初は陛下も、ご子息を失った閣下の思い込みだろうと、取り合う気が無かったようで」


 ところどころ手足の欠けた石膏像の立ち並ぶ通路を歩きながら、シャーロットはヴィクターの言った遺書という言葉に反応した。


「遺書は、フェリックス以外の人間が自殺に偽装するために用意したの?」


 ヴィクターは肩越しにシャーロットの方を振り返った。


「気になりますか。件の女中への思いは、その遺書に書かれていたと報道されていましたからね」

「う、うるさい」

「遺書ではない、公爵はそう言ったそうですが、書いたのはフェリックス殿本人だそうですよ」

「ど、どんな女性なの? 女中本人はなんて言ってるのよ、まだ会ってないの?」

 

 シャーロットは、その話は誤報だと思っている。しかし、フェリックスが書いた文章で、そう受け取れる内容が書かれていたとあっては、気持ちが落ち着かなかった。


「まぁ、会えてはいませんね」

「……はぁ? そこを調べずに、なんで懐中時計の持ち主を犯人だと決めつけたりしたのよ」

「懐中時計は公爵が陛下のもとに置いて行ったものです。息子のものではない、こんな安物を持つわけがないとね」


 シャーロットは、背中を向けたヴィクターが言わなくてもいいことをわざと口にしたことを確信した。

 確かに上流貴族の持つ品よりは見劣りするが、あれは祖母が若いころから大切にしていたものであり、結婚相手が出世するようにという願掛けもこめて、三女のシャーロットが形見分けに貰ったものだ。


 シャーロットは一歩大股で男に近づくと、扇を持った右手を頭上に静かに掲げた。狙いは定まっている。


「女中の方は、既に亡くなっているので、会いようがありませんもので」


 勢いよく振り下ろされた扇は、男の頭を打つ前に止まった。


「……亡くなってる?」


 振り返ったヴィクターは、自分の眉間の上方数インチまで迫っていた扇の骨に目を見張り、ついでその持ち主を憎々しげに一睨みした。



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