第六話 昇る朝日、捕まえる女
捕まえた目撃者を客室に引きずり込んだシャーロットは、何度も「誤解だから、伯母様にはなんっにも報告する必要ないことだから、いいわね? わかったわね?」と念押しした。
女中の目は動転したように部屋の中や目の前の男爵令嬢の身なり――乱れた髪やしどけない寝間着と、なぜかまとわりついたシーツ――を往復していたが、その鬼気迫る勢いに押されたかのように、こくこくと頷いた。それを見てようやくシャーロットは女中を解放し、自分も自室へ引き上げることにしたのだった。
(もう朝ごはんなんて貰ってられない、急いで帰って、ヴィクター・ワーガスがここから帰る前に手紙を見せてやらないと)
そう決意したのが、ほんの数時間前のこと。
「シャーロット、あ、あ、あ、あなたって子は……子は……!」
「っ、まっ、……!」
部屋に戻るなり目に入った寝台に、少しだけ、そう思って横たわってしまったのがいけなかったと痛感していた。
***
視界が、部屋が、世界が、――寝不足を積み重ねた頭が揺れていた。
「確かに、わたしも伯母様も、あなたに殿方へ目を向けるよう促していたわよっ、でも、でもねぇ……!」
シャーロットにしてみれば、ほんの少し目を閉じただけのはずなのに、気がつくと太陽はすでにずいぶん高く昇っていた。
そしてなぜか、ノックもなく部屋に飛び込んできたリンディに両肩を掴まれ、シャーロットの頭は前後に大きく振り回されていた。
「どうしてあなたってそう、予想外な方向に走っちゃうのっ! さ、さんざん姉様にも言われたでしょっ、少し落ち着きなさいって! なんなの、出てこいと行っても出てこない日をつづけたかと思ったら、今度は……今度は……っ!」
リンディの顔は怒りと憔悴で赤くなったり青くなったりしていたが、揺らされるシャーロットはそれどころではない。舌を噛みそうで、口を開くのも恐ろしかった。
続けて部屋になだれ込んできたアイリーがすぐに止めてくれなければ、シャーロットは脳みそが頭蓋の中で粉砕されるのではないかと思った。
「お、おち、落ち着きなさいリンディ、あなたこそっ! そんなに揺らしたら、シャーロットから話を聞けないわ」
「だってこの子、この子、もう、もう、わたし天国のお母様になんて言ったらいいのかしら……!」
シャーロットから引き離されて座らされた長椅子の上で、リンディは顔を覆った。
シャーロットはといえば、ぼさぼさの髪の隙間から、姉と、姉ほどではないにしろ明らかに動転した様子で自分を見下ろす伯母を垣間見て、悟らないわけにはいかなかった。
(しゃ、喋ったわねっ?)
扉と壁の隙間から室内の様子を伺ってくる女中の不安げな顔を、恨みがましく睨みつける。あわれな目撃者を震え上がらせてから、シャーロットは姉の方に向き直った。
「リンディ、誤解よ。ちょっと用があって少しお邪魔しただけで、あの方とは何もないわ」
「寝台のまわりに長い金髪が沢山落ちてたって!」
間髪入れないリンディの金切り声に、アイリーが気まずげに目を逸らした。
シャーロットは、自分の失態に思わずめまいを覚えた。廊下の女中が『自分が言ったんじゃない』と言いたげに頭を左右に振っているのが見えて、きっと別の掃除女中が気がついて報告したのだと、疲れ切った脳で結論付ける。
「ちが、違うのよ、色々あって」
「ほら色々あったんじゃない!」
「そうじゃないわよ!」
言い訳をきく余裕のないリンディは泣き声まで上げ始めたので、シャーロットは仕方なく姉を放ってそわそわと落ち着きのない伯母の方に話を振った。
「は、伯爵には聞いた? あの人だって、何もなかったって言ってたでしょ?」
その言葉に、アイリーは一転して悲しげに顔を歪めた。
その反応に戸惑うシャーロットの隣に腰掛け、そっと肩に手を乗せる。昨夜ヴィクターに掴まれ、今しがたリンディにも掴まれた細い肩を。
「シャーロット、あなたには謝らなきゃいけませんね。わたくしが浅はかにも、距離が少しでも縮まればと宿泊を提案したことで、若いあなたは夜の内に何かしなきゃと思ってしまったのでしょう」
「は?」
「でも、一緒に朝食を囲ったり、お茶を楽しんでお庭を散策したり、そういうことからでよかったのですよ。何も、一足飛びに殿方の部屋を訪れるようなことをしなくても」
「……!」
シャーロットは、伯母は自分が夜這いをかけたと思い込んでいるのだとようやく気づいた。実際シャーロットがヴィクターにとって招かれざる客だったことは合っているだけに、反論もしづらかった。
「辛いでしょうけれど、そういう女の一世一代の思い切った行動を受けても、ちょっとした幸運くらいにしか思わない男性は多いのです……とくに、身分の高い方や、女性にもてはやされる方の中には」
シャーロットは、今度は愕然とした。
つまり、この二人はシャーロットが夜這いに行った末、遊ばれて捨てられたと思っているのだ、と。
「馬鹿な子……なんて馬鹿で、愚かで、かわいそうなシャーロット……わたしがついていながら、なんてこと……」
すぐそばでは、リンディがさめざめと妹の愚行と自分の監督不行届きを嘆いている。
「ち、違うんだってば! ヴィ、伯爵だって否定したでしょっ?」
「そう、殿方は否定するものです。いつだって、泣きをみるのは女の方」
伯母によしよしと頭を撫でられて、誤解をとくには時間がかかると察したシャーロットは、とうとうガウン片手に部屋を飛び出した。
(だって、こんなことしてる場合じゃないのよ!)
――はやく、彼に手紙を見せないといけない。そして、フェリックスの死の真相を、教えてもらうのだ。
――ああだけど、もうこんなに日も高くて、あの男は無情にもきっと帰ってしまうに違いない。