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【電子書籍化】この恋は秘密と醜聞で溢れている  作者: あだち
本編

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第二十一話 真夜中の招待


 真夜中、寄せられた雪の間を走る寝台列車の中で、かちゃ、と音をたてて、扉が開いた。


「どうかしましたか」


 廊下の扉横に立っていた男に、ドアノブを握ったままのシャーロットは、憮然とした顔を向ける。


「別に。食堂車に行くだけよ」

「……ひとりで動くのはちょっと。朝食まで我慢できないんですか」

「できない」

「……」


 夜中でも、廊下は明かりが灯されており、まっすぐ端まで見通せる。時折、夜勤の乗務員や宵っ張りの乗客が歩く姿もあった。


 結局、部屋の前から動けないヴィクターは、厚手のガウンの前をきつく閉めて遠ざかっていく小さな背中を見送るしかない。

 そして、ほどなくして戻ってきた女の持つトレーには、ティーコゼーが被せられたポットと、二揃えのカップが乗っていたのだった。



 ***



「深夜に男を寝床に招くのは、感心しませんよ」

「一晩中女の部屋の前を陣取るのも、頭おかしいわよ」

「こっちは護衛なんですが」

「こっちだって気遣いよ」


 その言葉に嘘はない。しかし、個室の中は後片付けを済ませても、ところどころに乱闘の跡が残っていた。

 それが、シャーロットをどうにも落ち着かなくさせた。


「……みんな気にしないわよ。一応は婚約者同士だし、片割れは、なんせわたしだし」


 ガウンの合わせを整えてからポットを持ったシャーロットを、ヴィクターもそれ以上はとがめず、席に着いた。

 その素直さをありがたく思いながら、シャーロットはカップに熱い紅茶を注ぎ始めた。


「見張り、乗務員にやってもらうんじゃなかったの?」

「さっきはそう言いましたが……信用できないとまでは言いませんけど、やはり、一度不審者にいいように使われているとなると。結局、自分で動いた方が確実です」

「……わたしに、そんなに気を遣わなくてもいいのよ。勝手についてきたんだし。あなた、ミルクは?」


 ヴィクターはどちらも否定した。


「結構です、そのままで。それと、どんな事情があれ、親元から離れている今のあなたの保護者は、婚約者たる俺ですから」

「それは、対外的にはそうだろうけど」


 決まり悪げに口を尖らせたシャーロットを見て、カップに手を伸ばしたヴィクターは「それに」と静かに続けた。


「俺も、気になったんです」

 

 予想外の言葉に、シャーロットは眉根を寄せた。薫り立つ湯気の向こうの、黒いまなこを見つめる。


「真実を知ったとき、あなたがどんな反応をするのか。……どう、受け入れるのか」


 だから同行を許したということか。

 しかし、シャーロットには意味がわからないままだ。


「やだ、あなたこそ勝手に、ひとを観察対象にしないでよ」

「すみません、あなたがあんまり……頑なに、フェリックス殿を信じるので」


 悪趣味な興味だと思うには、言葉を繋ぐ()が引っ掛かった。

 しかしシャーロットは、その話を引き伸ばそうとはしなかった。


「恋人って、そういうものでしょ」


 シャーロットはそう言うと、ミルクティーを一口飲んだ。誤魔化すように。


「……そうですね」


 それきり、どちらもカップを傾けるのに集中するかのように黙った。


 部屋に列車の揺れる音だけが響く時間が、ゆっくりと過ぎていく。真夜中にまたひとつ別の駅に停まったあと、明日の朝はやくに、グースに到着する予定だった。


 それを思って、シャーロットは気になっていたことを口にした。


「グースに着いたら、その……」


 本当に寝ない気なら、降車駅で、すこし休んだ方がいいのではないか。そう聞こうか迷った。シャーロットは男の仕事の予定を知らない。 


「……降車後は、狭くて申し訳ありませんが、同じ馬車で動いてもらえますか。手配している馬車があるなら、こちらでキャンセル料を出すので」

「そ、そのくらい、こっちでどうにでもするわよ」


 とどまる気はなさそうで、シャーロットはどうしたものかと息を吐いた。湯気が相手の方へと流れる。


「馬車ね……。まぁ、仕方ないわよね」


 深い意味はなかった。自分は無責任にゆっくり休めと言える立場ではないという気持ちから、無意識に出た言葉だった。


「……そう、仕方ないのでね」


 しかし言葉を繰り返されて、シャーロットは失言だっただろうかと、上目で相手の顔を見た。


 もしかして、同乗を必要以上に嫌がっているように聞こえただろうか。

 むしろ、相手の方がよほど馬車を分けたいだろうに。


 シャーロットがじっと様子を伺う間、ヴィクターの目は何が面白いのかずっと紅茶へ注がれていた。 


「……なにか、気になっていることでもありますか」

「えっ」


 視線がまったく合わないにも関わらずそう問われ、シャーロットは自分が凝視していたことを気恥ずかしく思った。


「黙っているときのあなたは、何か考えているときでしょう。疑問に思っていることでも、不安なことでも、あるならなるべく口に出してもらった方が、助かります」


 カップの足が、受け皿に当たる小さな音がした。ヴィクターにしては珍しい所作だった。


「……あまり、人の感情の機微に、敏感な方ではないので」

「……えと」


(そんな大層なこと考えてたわけじゃないんだけど)


 まっすぐ見つめられ、あらためて聞かれると話しにくいと思っていたところで、ふと、シャーロットは昼間に思い悩んでいたことを口にしてみる気になった。


 どうせ手帳を見たことは、既にばれている。

 

「……フェリックスの横に落ちていた瓶に残されていた毒物って、ヒ素系の毒を溶いたもの、だったのよね?」

「……そうですよ」


 今さらと思ったのはヴィクターも同じだったのか、シャーロットが危惧していたようには非難してこなかった。


「やっぱり、従者は……ゴルバック氏はベラドンナの毒で体調を崩したんだと思う?」

「……確証はありませんが、偶然にしては不自然かと」

「なんで、ふたりはわざわざ別々の毒を使われたのかしら」

「……」


 それがヴィクターにとっても懸念事項だったからか。厄介そうに、眉間に深くしわが寄っていた。


「……ベラドンナって、自然治癒する毒?」

「精製方法や加工によるかもしれませんが、放っておけば、命が助からないことの方が多いかと」

「じゃあ……」


 彼は初日に症状が出て、原因も不明のまま最寄りの駅の医師の手に委ねられた。


「ゴルバック氏は、どうやって解毒したの?」


 新聞にも、ヴィクターの調べた内容の中にも、二等車にいた医師や駅の医師が解毒処置を施したとは書いていなかった。


「……だから、中毒自体、可能性としか言えないんです」

「そっか」


 ひじをついて足を組んだヴィクターを前に、シャーロットは俯いた。


(……まさか)


 脳裏にちらつく考えを、頭を振って否定する。


(……まさかね)


「……ヴィク」


 おかわりはいるかと聞くために、シャーロットは青い目を男に向けた。

 だが、男は顔を横に逸らして頬杖をつき、シャーロットには見向きもしない。


「……ヴィ……」


 見向きもしない、というより、目を開けていない。


「……嘘」


 シャーロットは呆気に取られてそう呟いた。


 寝ている。


 まさか、ヴィクター・ワーガスが、自分の前で、テーブルにひじをついて、寝入っている。


 驚きはした。しかし、休んでくれるならそのまま寝かせておいた方がいい。


「……え、でも」


 シャーロットは立ち上がって、相手の顔の前で手を振った。反応はなかった。


「このまま、ここで?」


 できればもとの部屋に戻ってほしかった。それができないなら、せめてベッドの上で寝てほしかった。


 しかし、起こしたら最後、彼は二度と寝付かないように、廊下に立つ。それくらいは想像できる。

 とはいえ、シャーロットには別室は言わずもがな、隣の寝台に運ぶこともできそうにない。そもそも触ったらその拍子に起きてしまいそうだった。


「……」


 シャーロットは眠る相手の周りを熊のようにぐるぐるうろつきながら、考えた。

 とりあえず、部屋の外に乗務員に立ってもらって、自分はもうひとつの部屋に移ろうと心に決める。


(最初から、そうすれば良かったんだわ)


 そうと決まれば荷物を移して、あの部屋の鍵を――。


(……あら?)


 シャーロットはベッドサイドテーブルを見て、その周囲の床に視線を動かした。

 次に、ガウンのポケット、ベッドの下、寝具のなか、夕食まで着ていたドレスのポケットやリボンの隙間を探った。


 しかし、鍵はどこにも見当たらない。


「……え、いや、嘘でしょ?」


 思わず呟いてから、はっとして背後の男を振り返った。

 ヴィクターのまつげが小さく揺れて、眉間に浅いしわが寄っていた。物音や呟きに反応するかのように。


「……」


 目元がまた微動だにしなくなるまで、シャーロットはその場に固まっていた。無意識に、息まで潜めた。


 ――どう思われても仕方ない。乗務員に説明し、予備の鍵を貰おう。

 そう思って、シャーロットはそっと動き、ドアノブへ手を伸ばした。しかし。


「……ん……?」


 背後から聞こえた息とも声ともつかない相手の反応に、また、足も手も止まった。


「……」


 そのとき、シャーロットは腹をくくった。


 シャーロットは足音がしないよう、ゆっくりゆっくり靴を脱ぐと、壁にかかっていた外套を手に、細心の注意を払ってテーブルへ戻った。


 相手の肩に自分の外套をかけて寝台に戻る、その一連の動きの慎重さはまさしく、叔母の屋敷でヴィクターの寝室に忍び込んだ夜を彷彿(ほうふつ)とさせるものだった。


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