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第十一話 あなたと、また会いたくて仕方ない


“愛するメアリー・コートナーへ


 僕は、君を本当に愛していた。君がどう思おうと、二人の絆は本物だったと確信している。

 いつか君を日の当たるところへ連れ出そうと心に決めていたのに、僕がふがいないばかりに、幸せに出来なかったことが辛くて仕方がない。

 かけがえのない君が、どうか、寂しい思いをしませんように。


 フェリックス”


「……このように、語りかけるように、書かれていました」

「……」


 ヴィクターが手帳を片手に読み上げた内容を、シャーロットは口の中で小さく反芻する。

 

(……かけがえのない、きみ)


 それは、自分ではなかったのか。

 愛していると言われたのは、一度や二度ではなかったのだが。


 優しさがにじみ出た文面だと、シャーロットは思った。愛情深さが伺えて、いかにもフェリックスらしいと。

 きっと本当に、彼女を“日の当たる場所”に連れ出そうとしていたに違いない。


 ――けれど、なら、なぜ自分にも未来があるように言ったのだろう。繋ぎ止めようとしたのだろう。


「……だいたい、おかしいと思わなかったんですか」

 

 物思いに耽っていたシャーロットは、ヴィクターのその言葉に「えっ」と目を瞬かせた。


「いくら家格が違っても、かろうじて爵位はある家の女で、互いに未婚。そして婚約者もいない。そんな状況で、地位の高い方が関係をひた隠しにしたがるのを、よく今日まで信じ続けていましたね。ごくごくわずかでも、王家や旧家と成り上がりの家の縁組だって、過去にまったくないわけではないのに」


 シャーロットはぽかんと口を開け、そして徐々に眉間のしわを深くしていった。

 己へ向けられたヴィクターの眼差しは、今度ははっきりと侮蔑の色を浮かべていたのだ。

 しんみりしていた気持ちが吹き飛んで、シャーロットはテーブルを強く叩いた。華奢なカップがかすかに揺れるほどに。


「ふぇ、フェリックスは周囲に邪魔されて会えなくなったら困るから、時期が来るまでは秘密にしようって言ったのよ! いつどこでそう言われたかも教えられるわ! そんな、絶対にわたしと結婚する気が無かったとまでは」

「一年以上もいいように遊ばれて、それでよく自分たちの愛は本物だなんて言いきれたものです。ブローチを渡された? 世の中には遊び相手をその気にさせるために、特注の宝石を買い与える男だっているのに」

「それはっ、ブローチが思い出の日に関するものだからっ!」

「騙す方が悪いとは道徳的には賛成しますが、実質的には盲目になって騙される側にも問題はある。あなたの場合、もっとはやく相手に自分たちの関係をはっきりさせるよう迫ることで、終止符ははやくに打てたんじゃありませんか」

「なんで! こっちが終わることが前提なの!」

「あなたとの交流よりもずっと前から、メアリー・コートナーは公爵家で働いていたようですから」

「人の気持ちは、愛は期間じゃないでしょ! も、もし本当に二股だとしても、その遺書だけでそっちが本命かなんて」

「大声を出すな」


 いつかの夜を思わせる冷たい声音に、シャーロットは思わず口をつぐんでしまった。そんな自分が、まるで相手の言葉に怖気づいているようで大層悔しかった。


「……確かに、人の気持ちは期間じゃないけどな」


 ぼそっと付け足された言葉がシャーロットをフォローするためだったのかは微妙だった。その視線はあいかわらず冷え切っていたからだ。さながら、伯母の誕生祝のパーティーで見せた目のように。


「……と、とにかくっ、わたしは事件の調査に協力するし、かわりに部外者として蚊帳の外にはしないってことだけで、あの人とわたしの関係性には口出ししないでちょうだい!」

「裏切りが明るみになってなおこれとは、あなたの一途さには恐れ入る」

「……!」


 シャーロットは勢いよく立ち上がった。実家の肘掛け椅子と違って、カフェの優美な椅子はあっけなく後ろに倒れた。


「あなたとの婚約の話っ、絶対進めませんからねっ!」


 高い位置から指をさすシャーロットに対し、ヴィクターは白けた視線を返してきた。

 そして何事もなかったかのように紅茶をまた一口飲んで、小声で、冷たく言い放った。


「では、男爵にはなんと言ってあなたに会いに行けばいいんでしょうね。あなたのご息女が婚約もせずに隠れて付き合っていた男の死について、聞きたいことがある、と言うしかありませんよね」

「……」


 シャーロットは店員が近寄ってくるよりはやく椅子を戻し、座りなおした。


「リンディ嬢は婚約が整ったばかりだそうですね、おめでとうございます。あなたの恋に関する話が、相手方の一族にはどう受け取られるんでしょうね。まぁ、俺には関係のないことですが」

「…………」


 シャーロットはテーブルにひじをつき、扇を持ったまま組んだ両手の上に額を乗せた。考え込むように――沈み込むように。


「それに、あなた無しで調査を進めることも、不可能ではないかもしれない。少なくとも手紙は貸していただいていますし。返せと言うならいいですよ、すぐに写しを取りますから。それで我々の関係はおしまいです。こちらからこれ以上話すことも、もうありません」

「……こ」


 知りたい、教えて欲しい。そう思う以上、シャーロットの方が立場は弱かった。


(手紙……ちょっとずつ渡せばよかった……)


 勢いに任せて保管箱ごと送り付けた自分の短慮を呪いながら、シャーロットは呻くように問う。


「……婚約なんてしたって、あなたわたしと結婚する気あるの……?」

「勘弁してください。初対面の男の馬車は壊すわ盗人まがいのことをするわ頭突きするわ、あげく背後から脳天を狙ってくる妻との生活なんてごめんこうむりますよ」

「っ、こ、こっちだってねぇ……!」


 何が悲しくて寝室で腕をひねり上げたり肩を軋むほど掴んだりする夫が欲しいかと、言い返そうとした言葉は尻すぼみになって消えた。夫婦でそれと近い状況になる事態について連想的に頭をよぎったことが、気まずくて不愉快だったからだ。

 おかげで、シャーロットの方だって願い下げなのに、一方的に断られた(てい)になってしまった。


「婚約は仮のものです。こっちの親戚も、相手が相手なだけにすんなり了承するわけないでしょうから、嫌でも時間は稼げます」


 年頃の娘の羞恥心も知らない男の言いぐさに、シャーロットの拳が、握りしめられた扇ともども屈辱に震えた。


「頃合いを見て解消しましょう。理由は家の反対でも、性格の不一致でも、なんでも。お互い醜聞にはなりますが、こっちは初めてではないし、あなたの方は多少今後に影響するかもしれませんが」


 そこで、初めてではないとはどういうことかと、シャーロットは眉を寄せて顔を上げたが。


「……そもそも、秘密裏に済みそうだったものを、表に出して後戻りできなくしたのはそっちだろうが」


 相手からの視線に恨みと怒りを見出したので、負けじと睨み返すうちに、そんな疑問はものの見事に蒸発した。


 この男、裏表がある上に、すごく粘着質だ、と思いながら。




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