3話 冒険者、ギルド
「お、お邪魔します……」
アッシュが家の中に入ると、すぐ目の前に仁王立ちの少年が睨みつけていた。髪型はショートヘアでいかにもスポーツをやっていそうな身なりだ。
「お前、誰だ」
「えっと、いきなり邪魔してすまない。君は?」
「名前を聞くときは、まず自分から名乗れってママに言われなかったのか?」
「あぁ、そうだったな。申し訳ない。俺の名はアッシュだ」
「俺の名前はゴギョウ!ナズナ姉ちゃんの次に年上なんだぜ!」
「そ、そうか……」
(姉ちゃん……まだ兄弟がいるのか、となるとこの家庭は4人兄弟になるのか)
「お前は何者だ!」
(何者……ふっ、この手の質問は既に日本にいた頃に考えていたのだ。正直に言ったところで信じる者は居ない)
「俺はここから遠い山からやってきた旅人だ」
「そ、そうか。大変だったんだな!」
そんな会話をしていると、家の奥の部屋に消えていったナズナが抱き着いて来る子供たちに対して
「ちょっとここで二人遊んで待っててくれるかな?」
とおもちゃを渡して言いきかせ、奥の部屋からナズナ一人が出てきた。ナズナはゴギョウがアッシュの前で偉そうな態度を取っているのを確認した。
(あ、またゴー君お客さんに向かって)
ゴギョウは家に自分の知らない客人が来ると、いつも偉そうに門番の真似事をする。家族が人一倍大好きで人を家族の輪に入れたく無いのか、ただ門番の真似をしているのか、又は両方か。その度にナズナはゴギョウに向かって注意する。今回も同様である。
「ちょっと、ゴー君。お客さんに失礼でしょ?ほら、謝りなさい?」
ゴギョウが失礼なことを言ったんじゃないかと思い、ナズナは注意をする。
「だって姉ちゃん!」
と、納得のいかない様子のゴギョウであった。すると、それを見ていたアッシュが話を割って入ってきた。
「ナズナさん、名前を言わなかった自分に責任がありますから。すまない」
アッシュはゴギョウに向かい頭を下げる。するとゴギョウは驚いたような表情をした。そして、場の空気が一旦落ち着き、ナズナも意味を理解したようでゴギョウを二人の子供がいる奥の部屋へと連れて行った。
「ごめんなさいね、アッシュさん。騒がしい家で」
「いやいや、楽しそうな家で良いと思いますよ。それに助けてもらっている身ですから」
「ふふ、そうですか」
ナズナはそれを聞いて少し笑顔を見せる。
「こっちに空いてる部屋があります」
そう言われてアッシュが案内されたのは六畳間の部屋である。
「この部屋、自由に使っていいですよ」
家に入ってすぐ左手の部屋に案内された。綺麗な部屋で小さな机が真ん中に置いてあるのとベッドが端に置いてある他、特に物は置いておらず、窓が一つ付いているだけのシンプルな構造をしている。
「今紅茶持ってきますね」
ナズナはそう言うと、部屋を出ていった。アッシュは初めてきた場所だからか、落ち着きがなく、部屋をキョロキョロと見回す。
(この世界の家はやはり中世のような造りなんだな。予め調べておいて良かった)
ー異世界あるあるその3ーーーー
《転移された先は大体が中世風》
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アッシュがそう思いながら座って待っていると部屋に、ナズナがトレイに紅茶を二つ乗せて持ってきた。
「冷めないうちにどうぞ」
そう言って紅茶を置くと、ナズナは机を挟んでアッシュの目の前に座る。そしてしばらく、無言の時間が続く。
(何故か気まずいな……)
(余裕なふりしてたけど、こんな若い男の子と二人きりって緊張するなぁ)
二人は変に意識をさたせいか口が動かない。しかし、アッシュは話題を必死に作ろうと声を出した。
「あの……質問しても良いですか?」
「な、なんでしょうか」
「ずっと気になっていたんですけど、ナズナさんって兄弟多いんですね」
「ああ、そうですね。今は私がこの子達の面倒を見ています」
そこでふと疑問に思ったアッシュは、何も考えずに両親のことについて聞いた。
「ご両親は?」
アッシュがそう聞くと、ナズナは一瞬曇らせた表情を浮かべる。それに気付いたアッシュは地雷を踏んだのかと思い咄嗟に謝る。
(やばい、話の流れで聞かれたく無いことを聞いてしまったか)
「あっ……その答えにくかったら全然大丈夫です。気が利かなくてすみません」
「いえ、大丈夫です。私の父は冒険者をやっていて全く家に帰ってこないんです。実際一番下のスズなんてお父さんの顔すら覚えていないし、シロが生まれた日なんか立会いにも来ませんでした。それでも母は、父が出て行っても私たちを見捨てないでずっとそばで面倒を見てくれてたんです。でも、つい一ヶ月前に母が突然姿を消したんです。王都の方もいろいろ探してみたり情報屋にあたってみたりしたんですけど一向に見当たらなくて…….」
「そうだったんですか」
(そんな事があったのか、下に三人もいて面倒を見るのは大変だろうに両親まで……)
「あっ、でも大丈夫です!人の面倒見るの好きですし」
ナズナは笑顔でそう言うが、心の奥底では思うところがあるんじゃないか、無理しているのではないかと感じるアッシュであった。
「それより、アッシュさんの仕事の方ですよね」
話題を無理やり変えたナズナに、明らかな違和感を覚えるアッシュであったが、気を遣ったのかそのまま触れずナズナに合わせて話を進めた。
「ああ、そうでしたね。とりあえず、この国の仕事について教えてもらえませんか?」
(肝心の仕事についてサクヤさんから全く聞いていなかったからな)
「そうですね、仕事というと私も全て把握していないんですよね。国を出れば色んな職業がありますから。だから、大まかに分けて順番に言いますね」
「お願いします」
「まず、私のような物を作ったりする加工したりする仕事だと農民、後これはドワーフ族が過半数を占めているんですけど鍛冶屋と大工なんかもあります。他には、漁師だったり調理師だったりですかね」
(なるほど……しかし、これは日本とあまり大差のない職業だから出来れば避けたいところだな)
「次に商売したり客をもてなすような仕事だと商人だったり、踊り子とか、道化師ですかね」
(商売して稼ぐのも俺には向いてない……ってさっきからどれもやりたくないみたいな感じで考えてるが今の俺は好きな仕事選ぶような状況じゃないんだよな)
「後、騎士っていう国に仕える戦士がありますね」
(騎士か!興味あるな!)
「それは良い!どうやったら騎士になれるんですか?」
色んな職業を聞き、ようやくピンときたのかアッシュは聞く姿勢が変わり、前のめりでナズナに問いかける。しかしアッシュに対して言いにくそうな顔でナズナは返答する。
「貴族育ちじゃないと入れなかったような……」
「あ、そうですか」
あからさまに残念がるアッシュを見て気を遣ったのかナズナは希望を与えるような言葉をかける。
「すぐお金が欲しいのでしたら、冒険者がオススメですよ」
「それだ!!」
(そうだ!何故今まで気付かなかったんだ……俺が日本にいた頃、数々のラノベを読み漁り一番やりたい姿は明白だったじゃないか!)
(食い付きすごいな……あはは。でも気持ちは分かるよ)
若干、その勢いに驚いたナズナであったが、ふとその表情が柔らかくなる。
「ザファストのギルドにいけば登録だけですぐなれるし、報酬も依頼をこなしたらその場でもらえますからね」
「決めました。俺、冒険者になります!」
(これでナズナさんにお礼も出来るし、宿を借りて過ごすことも可能だ!)
「即答ですね……でも、今日はもうザファストに向かうと日が暮れますので、今夜は家でゆっくりとしててください」
◇
翌朝、アッシュは一人でナズナに説明された通り時計塔に向かっていた。
(昨日は道を覚えるために必死であまり見えてなかったけど、エルフとか居るんだなぁ……)
街を歩いていると、ヒューマン以外のエルフやドワーフが居て、興味を持つアッシュだったが、サクヤに言われた他種族間でのルールを守る為に、興味がないように平然を装った。
(確か時計台に冒険者登録する場所があるって言ってたよな)
時計塔に着くと、塔自体が建物になっているようでヒューマン以外にも多数の種族が出入りしている様子が目に入った。
(随分と混み合っているが、これ全員冒険者か?)
恐る恐る塔に入り、周りをキョロキョロと見回していると、案内係のような女性の方が声をかけてきた。
「観光の方ですか?」
「観光?」
「はい、こちらの建物には展望台がありまして、それを目的で来る方がいるんですよ」
(あれ?場所間違えたか?)
「そうなんですか……あの、冒険者登録に来たんですけど」
「ああ、冒険者志望の方ですね。でしたら一度塔を出て頂いて、裏に回っていただくと扉がありますので、そちらからお願いします」
「はい、ありがとうございます」
案内係の言われた通りに、五十メートルほど歩き塔を半周し裏に周り、そこにある扉を開くと雰囲気ががらりと変わり先ほど表で出入りしていたカジュアルな服装のヒューマン達とは違って鎧などを着たヒューマンやエルフがそこにいた。中に入って受付らしき所に向かうと、今度は眼鏡をかけた緑色の髪をしたエルフの女性が何やら慌てた様子で書類を準備しているのが見えた。
「あっ、あの……!こちらは受付です!」
「は、はい」
(このエルフの子大丈夫だろうか…….)
「大丈夫ですか?」
アッシュが心配そうに訊ねると、エルフの受付嬢はずれた眼鏡をかけ直しながら
「新人なもので……」
と申し訳なさそうに答えた。
「じゃあその、冒険者登録お願いします」
「お、お名前を書いてもらっても……」
エルフの受付嬢は羽ペンとインク、そして何やら契約書のようなものを差し出す。すると、その契約書に書かれた内容を読み上げる。
「この紙にサインをした瞬間から、あなたは冒険者として認められます。冒険者の階級は三段階あり、上からアルファ、ベータ、ガンマです。階級はその依頼をこなした実績から決まります。因みに、この国ではアルファ冒険者は四人います」
(アルファ冒険者……)
説明を受けている最中、アルファ冒険者の単語を聞き、アッシュはレンから言われた言葉を思い出していた。
(あの時レンさんは「この区画で死んだ奴らは、俺たちアルファ冒険者が処理しなきゃいけないルールなんだよね」って……この四人の中にあの人がいるのか)
「これでいいですか?」
アッシュは説明を聞いた後に契約書に名前を書いた。
「はい、アッシュさんですね。確かに確認しました。冒険者という職業は常に命の危険が付きまといます。ですが、同時に誰かの命を救ったり、人の役に立てる職業でもあります。アッシュさん、あなたのご活躍を期待していますよ」
「ありがとうございます」
アッシュが軽く頭を下げると、エルフの受付嬢からライセンスを渡される。ライセンスにはアッシュ・ガンマと書かれていた。
「あの、依頼の受注はどこでできますか?」
「はい、それでしたら左手の木版にある紙をこちらに持ってきていただければ、行えますよ。ただ、階級に見合った依頼ではないと受注はできませんので」
「わかりました」
「その前にこれを」
アッシュが木版に向かおうとするのを引き止め、受付の後ろにある所からなにやら袋を持ってきたエルフの女性。
「こちらが最初の支給武器になります。剣、弓、槍、斧の中から一つお選びください。」
「これが本物の武器か…」
剣や槍など、テレビやインターネットでしか見たことがなかったアッシュは、本物を前にして急に緊張が襲ってきたのかごくりと唾を飲み込んだ。
(ライトノベルの主人公と言えば大体剣を使っているな…...)
「じゃあ、これで……」
受付嬢は指で差された剣を持つとアッシュへ手渡す。
(重っ…...想像はしていたが予想以上だな)
エルフの受付嬢は剣を持ち体勢を崩したアッシュに大丈夫ですかと声をかける。
「ご、ご心配なく!」
(日本にいた頃は模造刀を振り回していたなぁ)
昔のことをふと思い出すアッシュ。元の世界にいた頃のアッシュは模造刀を少し触っていたからだ。剣を受け取ると、アッシュはそのまま木版へと向かった。
木版に張り紙が何枚もびっしりと貼ってあり、アッシュは簡単そうな依頼を探す。
依頼書には簡単なイラストと、依頼内容、難易度を表す星が書かれていた。
「えっと……この星が少なければ良いんだよな」
アッシュが簡単なクエストを探していると、星が1つしか付いていないクエストを見つけた。
(よしっ、これだ)
ーーーー依頼書ーーーー
スライムの粘液1L 採集
★☆☆☆☆☆☆☆☆☆
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早速張り紙を手に持つと先ほどの受付の女性のところまで持っていった。
「これ、お願いします」
「分かりました。採取した素材はこちらの瓶へ入れてください」
小さいペットボトル程度のサイズの瓶を二本渡されると、アッシュははしゃぐ子供のように駆け足でそのまま時計塔を後にした。