2話 金欠、救世主
目を覚ますと、アッシュは知らない場所のベッドに横たわっていた。
ふと、起き上がろうとした途端に、体全身に痛みが走り無理に起き上がるのをやめた。
アッシュが辺りを見渡すと開け放たれた小窓や、机がありそこには花瓶が置かれている。部屋にはベッドがいくつも配置されており、一つ一つがカーテンで仕切られていた。
(助かったんだな……ここは……病院だよな?)
アッシュは肩と右足が包帯で巻かれているのを確認し、服も病院服のような白いロープに変わっていた為病院だと判断した。すると、部屋の中に誰かが入ってくる音が耳に入ってきた。コツコツと足音を立てながら、音は徐々に近づいていく。
「やっと目を覚ましたかい、君、治癒をかけたのに丸2日寝ていたから心配したよ」
そう言ってアッシュに話しかけたのは、白衣を着た丸メガネがよく似合う細身の男だった。年齢相応と言える低くてゆったりとした声をしており、長時間聞いていると眠ってしまいそうな感覚に襲われたアッシュは、ふと元々いた世界での現代文の授業中を思い出した。
(どこかで聞いたことあるような……まぁいい)
「あの……すみません、ここはどこですか?」
「ここは王都ザファストにある小さな病院だよ。レンさんが君を担いでここまで連れて来たんだ。覚えてないのかい?」
(王都ザファスト……聞きたいことは山ほどあるがとりあえずそれは後回しだ)
アッシュは気絶する前のことを思い出そうとした。
「確か、イノシシの魔物に殺されそうになった時助けられて……」
「魔物に襲われるなんて災難だったね。この近くは凶暴な魔物が多く生息してるから、旅の際は気をつけないとね」
「そうなんですか」
「それと、レンさんに助けられたのか、珍しいね。レンさんの爆破に巻き込まれてここに運ばれるのは、よくあるんだけどね」
(爆破……)
爆破という単語を聞き、アッシュは、気絶する前の事を鮮明に思い出した。
(あっ!思い出したぞ!あの時の爆破はあいつの……!)
「とにかく君が無事で良かった。あっ、申し遅れたね。私はこの王都でドクターをしているヤークだ」
「俺はアッシュです。治療していただきありがとうございます」
「そうか、アッシュ君ね。とりあえず治癒はかけておいたから傷口は塞がっていると思う。けど、傷口が開いてから大分時間も経過していたみたいだからまだ痛みはあると思う。此処で安静にしていれば痛みもすぐ引いてくるはずだよ」
そう言うとヤークは部屋から出て行こうとした。しかし、アッシュは気になることがあり、ヤークを引き止めた。
「あの、聞きたいんですけど、俺を担いでここまで連れてきたレンさんって黒髪の白いマントを羽織った人ですか?」
「そうだよ?それがどうしたの?」
「いえ、何でもありません。答えていただき、ありがとうございます」
「そうかい、気になることがあったら何でも言ってくれ」
そう言うと、ヤークは部屋から出ていった。
(良い人だなぁ……)
人の暖かさに触れて気持ちが和むアッシュ。そして、思考を切り替え今後の事を考えると、顔つきが変わっていく。
(さて、これからどうするか……とりあえず完治したら、そのレンさんって人に会ってまずは礼を言わなくてはな……)
◇
病院生活をしてから一週間が経った。食事は朝昼夜とちょっと固めのパンとミルクと野菜が出され、料理は毎日似たようなものが出てきた。
そして、毎朝検診にきているドクターの補佐であるメディックから
「完治しましたね。もう大丈夫ですよ」
と、突然言われた。
メディックと呼ばれる職業は日本で言う看護師に当たる職業で、アッシュの看病を一週間行ったのはサクヤと言う名の長髪黒髪の女性である。
そして、この一週間でアッシュは回診に来るサクヤに様々な情報を聞く事ができた。
アッシュ含み人間は、この地ではヒューマンと呼ばれている。これは多種族との、差別化を無くすための政府の措置らしい。この世界には数多くの種族が存在し、エルフなども存在するが、他種族間で耳が長い呼ばわりをするのはご法度となっている場合があり、当人達は耳に興味を持つ他種族を嫌う傾向がある。他にはドワーク族と呼ばれる、ヒゲの濃い小人が存在し、建設や武具加工を専門としている場合が多い。友好関係を築けているのは主にこの三種族でありその三種族の領主は皆仲が良い。そして、種族ごとに国が存在し、エルフの森が有れば、ドワーフの領地も存在する。通常どの種族も同種族で群れをなし他種族で接する事は少ない場合がほとんどだが、ザファストのような貿易や商いが盛んであり種族特有の品物などで物々交換を行ない、大きな商店街があるような場所ではいろんな種族が出入りしている事がある。
そして、この世界では言語の概念がなく、どの種族も皆言葉や文字は共通でナラエ語を使っている。アッシュは日本語を喋っているつもりが、他者からはナラエ語に聞こえる。本を読んでみれば全く知らない文字なはずなのに必然と頭に言葉が入ってきて、文字を書こうとすれば当たり前のように文字が頭に浮かびスラスラと書ける不思議な感覚に陥った。
アッシュが一通り話を聞き、一番驚いたのはこの世界には魔法と呼ばれる物が存在しないということだ。しかし、それと変わってオーラと呼ばれる生物が放つ気を具現化して操ることが可能であると聞かされた。相当な鍛錬が必要らしいが扱うことが出来れば、火を放てる者や、水を生成する者など、魔法と変わらない効果を得られるとのことだ。オーラには種類があってその人の性格や生い立ちなどから六種類のパターンに分類されることが分かっている。猛火のオーラ、水龍のオーラ、迅雷のオーラ、疾風のオーラ、沈黙のオーラ、慈愛のオーラ。サクヤのようなメディックという職業は大半が慈愛のオーラを扱うことが出来る。生命体の自然治癒力を高め傷などを急速に回復することが可能であり、アッシュの体の傷も慈愛のオーラがあってこその回復だった。
(良かった、とりあえずこの世界について少しは知れた気がする)
サクヤは荷物を取ってきますね、と部屋のロッカーから着替えを取り出して持ってきた。アッシュが病院に運ばれた時、服は既にボロボロだった為別の服を用意しているとサクヤに言われた。
「ありがとうございます」
アッシュがサクヤに伝えると、サクヤはぺこりと頭を下げ、その場から立ち去った。
そして出て行った後、服を実際着てみる。
「なんか村人Aって感じの服だな......まあ折角もらったんだ大事に使うとしよう」
着替えを終えると退院手続きをするため、部屋を出て受付に向かった。
「アッシュさんですね。退院おめでとうございます。入院料は銅貨三枚になります」
(ん?銅貨三枚……?そういえば、この世界の通貨についてまだ何も知らないんだった……聞いておくべきだったか……)
「えっと……ススカで払えませんかね?ハハッ」
そういいながらアッシュはポケットからカードを掲示する。
「はい?」
(で、ですよねー)
「じゃあ、ペイパイで支払いを……」
「あの……銅貨3枚なんですけど……」
受付の女性は困惑した様子で言い、アッシュは苦笑いで返す。場の空気が一瞬凍る。
(ど、ど、どうしよ……銅貨なんて持ってないし、金が無いなんてばれたら……!!)
「あのー、大丈夫ですか?」
「ひい!?」
いきなり話しかけられて肩をびくつかせながら甲高い声をあげるアッシュ。
アッシュが振り向くと、そこに立っていたのは、ひざ丈のワンピースに白いエプロンを付け、長い桃色の髪はサイドに纏めてある同い年ぐらいの少女だ。背丈はアッシュよりも少し小さいくらいで、大差は無い。
そして下に視線を向けると、まだ幼い男の子と女の子がその少女に手を繋がれて、自分を見上げているのが見えた。
(だ、誰だ……俺の知り合いにこんな人いたっけ……)
「驚かせてすみません。何か困っているのかなと」
(見られていた……!恥ずかしい……くっ、隠しても余計恥ずかしいだけか)
「実は、今金銭を持ち合わせていなくて……」
「ああ、そうだったんですか。じゃあ、ここは私が払いますよ」
少しも迷うことなくその少女は私が払うと言った。
「えっ!?」
「困ったときはお互い様だって我が家の家訓があるんです」
とその少女は二コリと笑い、自分の会計もまとめて支払いを済ませた。終始困惑した様子のアッシュは病院を出て、再び少女にお礼を言う。
「本当に助かりました。ありがとうございます。あの何かお礼を」
「大丈夫ですよ、気にしないでください」
「いや、お礼をさせてください!えっと……」
一旦口ごもるアッシュであったが続けて話した。
「あっ、俺の名前はアッシュです。名前聞いてもよろしいですか?」
「私はこの王都から外れた所で農家をやってるナズナと言います!それからこの」
ナズナと名乗る少女が両手に繋がれた子供達の名前を言おうとした途端に遮るように右手の男の子が無邪気に喋った。
「やーい兄ちゃんの一文無しー!!」
(うぐっ!無邪気で悪意の無い子供だ……だからこそ胸に突き刺さるな……)
「あっ、こら!人に向かってそんなことを言ったら駄目でしょ?」
手を繋いだ少年が指をさしながら言うと、それを優しく諭すように叱るナズナ。その後、ナズナは男の子の方をシロ、女の子の方をスズだと名前を教えてくれた。
「ナズナさん、ひとつ伺いたいのですが、実は今、仕事と家を探していまして……どこかすぐにお金が手に入るような都合のいい仕事なんて…ありません、よね」
「えっ!?住むところもないんですか!?」
さすがにナズナも驚いたのか、会話が一瞬途切れる。そして、終始黙っていたスズが口を開いた。
「あのね、おうちに泊めてあげたら?」
小さな声でスズが言う。頑張って発言したのだろうか、目がうるうるとしている。
「「えっ!?」」
アッシュとナズナは同時に驚いた。
「いやいやいや!それは流石に、ねぇ!?ナズナさんも色々あるだろうし!?」
(焦りすぎだ俺!っつか色々あるだろうしってどういう振りだよ!)
「た、確かに、色々ありますね!?」
アッシュに話を振られたナズナも動揺しているのか、言っている事が滅茶苦茶である。
アッシュとナズナが無いという方向に話を進めようとすると、スズが再び口を開く。
「だって、ナズナお姉ちゃん。困ってたらお互い様だってママもよく言ってたし……」
スズが涙目になるのを見てしまったナズナはすかさず、スズの頭を撫でて言った。
「そうだね。スズちゃんの言う通り、偉いね?」
頭を撫でられたスズはさっきの涙目が嘘のように満面の笑みに変わった。
そして、とうとう断りきれずナズナの家まで案内されるアッシュ。王都に来たのは初めてだということを伝え、道中では目立つ建物なども事細かに教えてもらったため、人並みに記憶力のあるアッシュは、目新しいものばかりですぐに道を覚える事ができた。
「本当に良かったんですか?俺をその……家に招いてもらって」
「はい。丁度一つ使っていない部屋がありますので。着きました、ここが私の家です」
道中目印である時計塔や、商店街など、栄えて人混みもそれなりだったが、しばらく歩くとガラッと景色が変わって田舎の街並みになり、そこにナズナの家はあった。
アッシュが息を切らしているのを見ると、ナズナは大丈夫かと問いかける。
「アッシュさん?大丈夫ですか?」
(何km歩いたんだろうか……足がパンパンで限界。なんて言えない)
「いや、久しぶりに動いたけど、まぁ平気ですよ!ハハハッ!」
下手くそな愛想笑いをするアッシュ。
「それは良かったです。どうぞ上がって、ゆっくりしていってください」
ナズナの家は木造の古風溢れる一軒家だ。王都近辺にある家とは文化の差を感じるほどである。
そう言われ、少女達は家の中に入っていき、アッシュも続いて戸惑いながらも家に足を踏み入れた。