3019年5月7日(レイワ時代の言葉に翻訳済)
「あーあ、一生に一度でいいから大学に入ってみてえ!」
机の真向かいにいる親友のHは投げやりぎみだ。
「そんなに死にたいの?」
僕は三段論法を省略した。大学に立ち入れば死刑だ。Hは大学に入りたい。だからHは死にたいのだ。
「ちげえよ。俺はホントに大学をこの目で見てみてえの。全くゴリパックのせいで」
Hは目の前の席から机を乗り越えてきて、僕の横にスッと座った。仕方ないので、僕はスマホで最近見つけて笑えた画像を探してHに見せる。
Hは吹き出した。
「はっ、何この面白い入れもの? なんでアンドロイドがぎっしり詰まってるの?アンドロイド権利団体への殺人依頼?」
「アンドロイドを箱詰めにして物扱いしてるって自首して、自分の家に殺人アンドロイドを送ってもらおうって?違う、違う。これは約千年前、レイワ時代の大学の入学式っていう儀式でね。詰められてるのは生身の人間なんだよ」
「え、マジで?これが大学かあ」
Hは目を輝かせて写真に顔を近づける。
「レイワ時代ではね、四月になると学長っていう権力者が若者を何百人も集めて、自分の権力の象徴として一つの部屋に無理矢理箱詰めにしたんだって。古墳時代からやっていた古代の伝統らしい」
僕は写真についていた説明をさも昔から知っていたかのように披露した。
「うわ。いいなあ。ムチャクチャじゃん、レイワの人! いかにもレイワって感じ?古きよき日本? 俺も気にいらないやつ全員箱詰めにして窒息させてえ!」
「いいねえ、窒息させれば余計な空気を使わせないし」
向かいの窓を眺めた僕は、眩しさに一瞬目を覆った。ちょうど外の空気ボンベに光が反射していた。
「その窒息部屋に井上がいたら悲惨だよな」
「ああ、そういえばもう新元号なんだっけ」
「お互い残念だったよなあ。生きてる間に俺達の出番が来ればいいけど。可能性はあるのになあ」
「可能性だけはね」
Hは大袈裟にため息をついた。
「お前はホント悲観的だよな。ホラ、休み前の講義。古代だと該当者は毎回一人だけだったんだろ。それよかマシじゃんか」
僕は肩をすくめた。
「そりゃね。でも逆に一人だったらヤバいでしょ。むっちゃ注目されるじゃん。仕事でどういうことしたとか、結婚したかとか、子供出来たかとかは勿論、今どこにいるかまで逐一調べられて晒されてさ。全然自由なさそう」
「うぇえ、マジかよ。そう考えると古代に生まれなくてよかったあ。俺がレイワに生まれてたら、逃げないように監禁されて生ける標本になってたかもな」
今度は僕が吹き出した。
「かもね。なんせレイワだし」
ちょうど電子音が鳴り、僕は引き出しから今日の分のピルを取り出した。Hと「じゃあ」と挨拶をかわすと、Hは消える。
井上元年、ゴールデンウィークあけの講義が今日から始まる。