2119年5月7日
「あーあ、一生に一度でいいから車運転してみてえ!」
車の運転席にいる親友のHは投げやりぎみだ。
「そんなに死にたいの?」
僕は三段論法を省略した。車の運転は死刑だ。Hは車を運転したい。だからHは死にたいのだ。
「ちげえよ。俺はホントに運転してえの。全くゴリパックのせいで」
Hは運転席から後部座席に乗り移ってきて、僕の横にドスンと座った。仕方ないので、僕はスマホで最近見つけて笑えた画像を探してHに見せる。
Hは吹き出した。
「はっ、何この面白い人達? なんで皆車の椅子に捕まってるの?昔の刑罰?」
「車に縛りつけて、死ぬまで乗せておくっていう? 違う違う。これが昔の人の車の乗り方みたいよ。この写真がとられた昔のレイワって時代ではそうだったらしい。運転する人だけが皆の拘束具を着けたり外したりする資格を持っていたらしい。つまり、運転する人ってのは、乗ってる人皆の命の生殺与奪を握っていた訳さ」
僕は写真についていた説明をさも昔から知っていたかのように披露した。
「うわ。いいなあ。ムチャクチャじゃん、レイワの人! いかにもレイワって感じ?古きよき日本? 俺も気にいらないやつ車に乗せて、図書館の前に放置してえ!」
「いいねえ、図書館だったら誰も使わないし」
窓の外をちょうど入口が閉鎖された図書館が通り過ぎた。
「ホント、昔は無法地帯よな。ほんの百年遡るだけで、原始人の仲間入りよ。ヤバイことが平気で出来たし」
「その代わり刑罰も酷かったけどねえ」
「虎穴に入らずんば孤児を得ずっていうだろ。貴重な子供を一人でも得る為には、虎の口の穴に入るぐらいしないとな」
「ああ、虎の口の中にいた細菌が人工出産技術に貢献したんだったっけ? 昨日の講演、僕半分寝てたから」
Hは大袈裟にため息をついた。
「お前意外と真面目じゃないよな。俺はあの講義を聞いてて思った訳。俺のひいじいちゃんもずんばずんばいってたのかなって」
今度は僕が吹き出した。
「かもね。なんせレイワだし」
ちょうど電子音が鳴り、僕等の横の扉がゆっくりと開く。今日は運がよく、講義のある建物の近くの駐車場に停められたようだ。たぶん5月病で人が少ないのだ。
Gapple元年、ゴールデンウィークあけの講義が今日から始まる。