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癒しの手  作者: 宙華
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第二章〔5〕 /…何かの存在を感じる

叔母の死から、何度か季節が巡り、美風は十六になった。

美風は冬になると、毎日のように寄っている叔母の墓に、かつて暮らしていた地に咲いていた、叔母の好きだった亜宮あみやの花を飾るのだった。

制服のポケットの携帯電話が鳴り、美風はさっと手に取り、耳に当てる。

『美風、どこにいる?』

聞き慣れている誠河の声がする。

誠河は下校時間を過ぎてしばらくすると、律義に電話をくれる。

『お墓かな?』

「えぇ、誠河兄様」

『お母様が、今日は皆で外食しようってさ。早く帰っておいで』

「はい。ありがとう、兄様」

携帯を切り、ポケットにしまう。

夏に祖父が死に、美風は叔父に引き取られたのだった。

大好きな従兄弟達と暮らせると知り、美風はとても喜んだ。

「お義母様だけでなく、お義父様からも拒否されていたそうね?あんな子が新しい娘だなんて…冗談じゃないですわ」

と、気京が流気に言っているのを聞いてしまったが、ともかく。

その時、茶色くて小さい何かが彼女の体を駆け登って来た。

彼女が手を伸ばすと、リスは手に飛び移った。

「あ、大丈夫ですか?」

と、快活な声がした。

「大丈夫です」

自分と同じ歳くらいの青年の慌てた様子に、美風は口もとが綻ぶのを堪え切れなかった。

「リス、可愛いですね。ありがとう」

美風はリスを青年に移し、青年の横を通り過ぎた。

青年は美風の明るい茶髪と、制服に目を留めながら、後ろ姿を見つめた。

「なんつーか、ほんっと優しげな子だな」

彼は守芳すおうと言う転校生だった。

優秀で、家柄も非の打ち所が無い。

単なる金持ち連中には到底真似出来ない異端児。

「重柳、昨日天使に会ったんだが」

「はい?」

彼を異端とは、親友である重柳は全く思っていないが、品行方正を叩き込まれている重柳から見て、個性的であるのは確かだった。

長く他国に留学をしていたせいか?

「お前は、天使に会った事があるか?」

「えぇ、いつも会っていますよ」

教室の扉を開ける重柳の後に守芳も続く。

「ほら」

重柳の視線の先を追うと、集まってお喋りをしている女子の中で、一際目立つ容姿の、明るい茶髪の少女がいた。

(あの娘だ)

口に出しそうになって、止めた。

(同じ学校だと思ったが、クラスまで同じだったのか)

ふと、美風が二人の方を向く。

守芳を見て驚いたようだった。

「まいったな」

守芳は大袈裟に頭を振った。

「花が咲いてる」

重柳は不審な顔をした。

「花?どこに咲いているんです?あなたの頭の中?」

お前な、と守芳は軽く笑う。

「今は言えないな、後で言う」

「はぁ?」

昼休み、重柳は、屋上に通じるドアを後ろ手に閉めた。

「で、花って?」

守芳は、昨日美風に会った事を告げる。重柳は考え込む動作をした。

「花か…確かに、花と例えるのもいいですがね」

(その花を、あなたはどうするつもりです?)

その問いを口にする事は憚られた。

地表を覆う炎が、時折矢のように飛び散り、一帯の星を隠そうとする宇宙の汚れを退ける事から、星座の守り神と言われるティザニッカ星は、年に一度闇に沈む。

ティザニッカ星が姿を消し始めた頃、流気邸の屋上に人影が現れ、そっと呟いた。

「私は、宇宙からの人より許されている…」

美風はスッと眠りから覚めた。

よく分からない、何かが近づいて来る音がしたような気がした。

「人ではない強力な一族の最後を、私が眠らせてしまった」

抑揚の無い女の声が、ベランダから聞こえて来る。

「起こす為にあなたが必要なのだ」

緊張で一瞬身体を強張らせた美風は、用心深くベランダに近付こうとして、突然、強い力で押さえ付けられ、転びそうになった。

「美風!」

美風の悲鳴を聞き、実家に戻っていた勇潤がすぐに飛んで来た。

「兄様!外に誰かいたの」

続いて誠河も駆け付ける。

「兄さん、すぐに外の様子を見た方がいい」

勇潤はベランダに出て辺りを見回す。

がらんとして誰もいない。手摺りを指先で軽く叩く。

「誰もいないぞ」

その時、勇潤はベランダの中央に突き立っている、小さなメッセージカードに気付いた。

「おかしな話しですよね、兄様」

誠河はベッドに腰を下ろし、微笑みながら美風の肩を叩く。

「もう大丈夫だ、心配しないで」

勇潤がベランダから戻って来た。

心なしか硬い表情をしていると美風は思った。

「美風、これから夜、外に何かがいると思う事があっても、部屋から外へ絶対に出るな」

美風は勇潤を見上げる。

「はい、怖いから出ません」

「何かあれば、すぐに俺達を呼ぶんだ。召使でもいい。いいね?」

二人はそっと部屋から出た。

「誠河、見ろ」

差し出されたメッセージカードを見て、誠河は驚いたようだった。

「これって…」

「外に誰かがいたのは、間違い無い」

女は軽々と屋上に戻り、二人の仲間に報告する。

「最初だから、私達が来た証拠にメッセージだけ、残して来た」

「分かった事は?」

男の一人が、急かすように聞く。

「最初に確認したのは、家族間のトラブルだ」

女の声には憐れみがかすかに混じっていた。

「あの子、心の奥底で、両親を求めているわ」

「両親?いるじゃないか」

「暴力が無いだけで、あの子への愛は感じられないの」

「それで?」

と、もう一人の男が静かに聞く。

「あの子は、お前達には必要無くとも、私達に必要なのだ、だから遠慮なく頂くと伝えた」

美風は、二人が出て行った後、外に何度か何かが見えたり、音が聞こえたりした気がしたが、必死で考え無いようにしていた。

流気邸に、不穏な空気が湧き始めた。

流気は、気京と共に我が子から事の成り行きを知ったが、誰かの、性質の悪い悪戯だろうと深く追究するような事は無かった。

当の美風は何も知らず過ごしていた。

勇潤は大地と翻訳書に向かい、メッセージカードの文字と照らし合わせ、翻訳書の中でも国名不明に分類されている一つに、メッセージと同じ文字を見つけ、解読する事が出来た。

そこへ、一地が様子を見に来た。

「一地。お前の翻訳書のお陰でメッセージを解読出来たが、意味がさっぱりだ。文面通りだと、力の源を探している連中がいるらしい。その一つが美風で、頂くと」

大地からも経過を聞いた一地は、顔をしかめた。

「ふむ、まずティザニッカの沈む日に、強いこだわりを感じますな」

勇潤はそこで手を休め、少し寂しそうに自分を見つめているしとやかな婚約者、美子之みこのに話し掛ける。

「来てくれたのに、構えなくて悪い。狙われているかもしれないのは、俺の妹なんだ」

大体の事を勇潤に教えられていた美子之は頷き、微笑む。

「お側で、お待ちしております」

流気は、勇潤から聞いたメッセージカードの事が、頭から離れなかった。

厨房の前を通り掛かった際、真賀太に指示され、皿洗いをしている見慣れない青年に目をやった。

「真賀太、この子は?」

「あぁ、田舎から出て来た子ですよ。海と言う名でして。賢そうな顔をしているから、料理見習いで一から教え込んでやろうと思いまして」

父である羨明や自分達一家の、お気に入りの小柄な料理人。

父が死んだので、流気が正式に招いた。

「ふむ、まぁいいだろう」

流気は関心なさそうに言った。

「ありがとうございます、旦那様、真賀太様」

海は深々と頭を下げた。

「では海、皿洗いが終わったら、次はこっちで説明しよう」

真賀太が海を、大きな冷蔵庫の前に連れて行く。

「旦那様の食べ物の三十パーセントは肉で、後は野菜や果物で補う。それから奥様は…」


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