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癒しの手  作者: 宙華
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第二章〔2〕 /…ゆがんだお祖母様

休日、美風は目を覚ますと、暗い気分になっている事に気付いた。

学校がある日は、まだいいのだけど。

窓から差し込む明るい光に少し気分を和らげたが、

「変な気分、あんなに会いたかった叔母様にも、誰とも会いたく無いなんて」

そして、寝不足で充血した目をこすりながら、おじい様と、特におばあ様と関わった事を思い出した。

「見てご覧なさいな、この手。あなたもこの病気になったら、こうなるのよ」

祖母の細い手足は病気のせいで固く、しなびて殆ど動かない。

更に痛みが伴い、祖母はよく大袈裟に顔をしかめ、痛い痛いと騒いだ。

「あぁ痛い、痛い」

「おばあ様、痛いでしょうね…」

キッと祖母の目付きが鋭くなるのを見て、美風は祖母を怒らせたと感じる。

「あなたなんかにこの痛みが分かるわけないでしょう、あなたはこの病気ではないのですから。本当、イヤミな子」

祖母の声はいつも冷たい。

そして、口癖のようにこう言った。

「私はね、優風はともかく、あなたを呼び戻す必要は無いと言っていたのですよ。私にとっては、てきぱきと要領よく仕事をこなす人間だけが重要なのです。お前のように、のろまな役立たずは嫌いなのです」

胸が痛み、体が震えるのを感じて、美風は泣きそうになる。

一体自分は何なのだろう。

祖母に言われる事をただこなし、何かにつけ胸を貫くような言葉を受け続ける日々。

祖母から部屋に帰る許可が出た時には、ほぼ深夜を過ぎていた。

昨日、祖父母に、話しがあると呼ばれた。

「あの子、いっつもぐずなんですわ」

俯いて、肩を震わせる美風に、祖母は尚も祖父に言い添える。

「今日のこの服。あの子が選んだのですけど、寒くて、風邪を引いてしまいそうですわ。こんな事に気付かないなんて…まったく、ひどい子」

そもそも祖母は、服など何でもいいわ、と言った。

(これなんかいかがです?)

美風は沢山ある洋服の中から、自分が綺麗だと思ったワンピースを差し出した。

(これは駄目です、ぴったりしていてきついのです)

(…でしたら、こちらは?)

今度は違う服を差し出す。

(それは柄が合わないわ)

美風は、抱えられるだけの服を、祖母のいるベッドに運んだ。

(お祖母様、私ではよく選べないので、お持ちしましたからどうぞ)

祖母はわざとらしく頭を抱えた。

(美風。一つ一つ持って来て、あれはどうですか?これはどうですか?って聞く方が効率いいのですよ)

美風は納得出来ず、首を傾げた。

(そうなん…ですか?)

四苦八苦の末、問題の服を差し出した。

(…まぁ、いいでしょう)

「それで、他には?」

祖父は真面目な顔で聞いた。

「顔を拭く際、私の目に、わざと爪をいれましたの」

「それは、大変だったな。一地かずちに診て貰ったのか?」

一地とは、美風を迎えに来た大地の父親である。

「もちろん、診て頂きましたわ。幸い、何も異常はありませんでしたから、私は、美風を許してあげましたの」

美風は、違う!と心の中で呟いて、小さく首を横に振った。

(痛っ何でそんなに力を込めるの)

蒸したタオルで、そっと祖母の顔に触れた瞬間言われた。

(あ、今目に爪が当たったわ。痛いわ、目が開かないじゃないの)

タオルしか当てて無い筈が、目が痛い、開かないと、大騒ぎする祖母の声を聞き付けた召し使いが、一地医師を呼んだのだ。

(お前では失敗するから駄目ね。他の者を呼んで)

(大奥様、何も異常はございません。何も。ですから、大丈夫ですよ)

(そう、よかったわ…なら、下手でも仕方ないわ。美風で我慢してあげましょう)

「寛大だな。結構。他には?」

「えぇ、他にも、この子に長い間放っておかれた事もありましたの。恐かったですわ…」

美風は目を閉じる。

トイレに行っていて、祖母から呼び出しのベルが鳴った時に、すぐに行けなかった。

(お祖母様、遅れてごめんなさい!)

祖母は、一人で立てない筈なのに、立ち上がろうとしていた。

(お祖母様、座って下さ…)

(いいから、それを捨ててちょうだい)

美風の目の前に、手近なゴミを幾つか投げる。

(これなら、どんなに頭の悪い子でも出来ますからね。終わったらもう下がっていいわ、他の人を待つから)

(お祖母様、他の人がいつ来るか分かりませんよ?)

その日は、叔母の婚約者のもてなしの準備だとかで人が出払っていて、普段はすぐ飛んでくる召使いも来れない状態にあった。

(何時間でも待ってるからいいわ。あなたと喋っていると疲れるから下がって)

そう強く言われたから、部屋へ戻った。なのに。

「そんな事が…。優ヶ恵、お前の手にも負えないとは、大変だったな」

祖父は溜息をついて、不愉快そうに美風を見る。

「田舎で育ったお前には、変わった所があるから、頭がおかしいかもしれないと訝しんでいたけれど、やはりおかしいようだ」

呟いて、美風を冷たく見やった。

何か、対策を考えなければならないかもしれない。

「美風、下がっていい」

美風が自分の部屋へ下がった後、優ヶ恵の部屋から、優ヶ恵と鏡南の話し声がした。

「ふふっあの子、今日もやっと、意地悪なお祖母さんから解放されたと思ってるでしょうね」

優ヶ恵は、冷たい笑みを浮かべながら言った。

「何の事ですか?大奥様」

鏡南は、不審そうに聞いた。

「いじめてやってるのよ」

「はい?」

「毎晩0時を過ぎるまで、話し相手になってもらうの」

「まぁ…何の話しをしてらっしゃるんです?」

「話し…ではないわねぇ、何かにつけて用事を言い付けて、引き止めてやるのよ」

鏡南は、他の召使から聞いた話しを思い出した。

優ヶ恵は美風の事を、他の召使にどう話していたか。

(眠っていて、誰かがいると思ったら、あの子がいるでしょう?もうびっくりしてしまったわ)

(あの子が何かにつけて話し掛けて来るから眠くて敵わないの。気がきかなくて…本当に、困った子)

「まぁ…」

鏡南は、動揺を表に出さないよう努めた。

「何ですって?深夜まで?」

「はい、お嬢様」

と、鏡南は冷静に、自らが聞いた話しを洗いざらい言った。

「小さい美風お嬢様のお体に、支障が出ないかと、差し出がましいようですが、ご報告させて頂きます」

「あぁ…鏡南…」

優風は険しい顔をした。

「つまり、休日は朝から晩まで。学校がある日は、帰って来てから晩まで母の世話をしていると言う事ですね」

「その通りです。何度か目を赤くされている姿をお見かけ致しましたので、それとなくお話しを伺おうとしましたが、美風お嬢様からは、大奥様や旦那様の悪いお話しは全く聞きません」

優風は、すぐに返事が出来なかった。

自分は、結婚までに済ませなければならない事が山積みで、中々屋敷に帰れず、兄の屋敷に泊まる事もしばしば。

帰っても美風とは軽く挨拶をする程度で、ゆっくりと話す暇が無かった。

だが、何とかしなければなるまい。

まずは美風…。

「いつも、こんな時間まで、お母様のお世話を?」

美風が部屋に戻ると、叔母がいて、優しい声をかけてくれる。

心配そうな目で美風を見つめる。

「はい…叔母さま」

「おじい様とおばあ様は、あなたに優しくしてくれていますか?」

「はい」

正直なところ、美風は祖父母が優しいと感じた事は無かった。

だが、叔母を心配させるのは心が痛む。

ただし、叱られた事を黙っていたら、それが叔母の耳に入ったら、嘘をついたと思われるかもしれない。美風は慌てて言い添えた。

「あの…あの、私、おじい様とおばあ様の気に入らない事をして、怒られる時もありますよ」

優風は、一瞬笑みを崩しそうになったが、すぐ元の笑顔で、何気ない風に聞く。

「そう…例えば、どんな風に?」

「気がきかない…や、役立たずで、嫌いって」

思い出して胸が痛くて、泣きたい気分になった。

「まさか、おじい様達が本気でそう思っていると思っているの?それは違うと思うわ」

温かい手が、頭に置かれた。

「本当じゃないの…?」

優風は、胸に苦いものが上がるのを感じながら、そうですよ、とわざと柔らかい笑みで、安心させるように、美風の頭を撫でた。

「美風。今は、心が温まらない時期ですね…」

「叔母さま…?」

「ただ、それは、自分をよりよい人間に鍛える、いい試練の時期でもあるのよ。冷え切った恐ろしい心にならない為には、ありのまま受け入れて、何でもいいから、自分に自信をお持ちなさい。あなたと同じ歳で…いいえ、それ以上でも、あなたほど辛抱強くて真面目な子、見た事無いわ」

美風は、さっきまでの、すっきりしない暗い表情とは一変し、ふっきれた強い表情を見せて頷いて、叔母に抱きついた。

「誰が何と言おうと、あなたはとっても可愛くて、優しい、素敵な女の子なのよ。忘れないでちょうだい」


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