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癒しの手  作者: 宙華
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第二章〔1〕 /…従兄弟たち

日が落ち、やって来た召使が三人を客室へ案内した。美風は元気よく

「失礼しまぁす!」

と部屋に入った。

部屋はとても広く、大きい長方形の机や贅を懲らした置物などが幾つも並んでいた。

一番奥の椅子に厳めしい顔をした誰かが腰掛けていた。

「優風と美風以外、下がれ」

疲れの滲んだ、ひどくしわがれた声がした。

優風の父であり、美風の祖父である姜明せんめいの声だ。

髪も眉も銀色で、体はがっちりしていたが背は高くないように見えた。

美風は楽しそうに走り寄って行った。

優風は不安そうに見守りながら両手を固く握りしめる。

姜明は睨み付けるように孫を見てすぐ、ひどく驚いた。

用意された服を着て、照れ臭そうな笑顔で見上げる彼女には息子の面影が確かにあったからだ。

「もっと、顔を寄せてくれ」

姜明は思わず美風の肩を抱いた。

「優風」

「はい、お父様」

姜明は美風の頭越しに優風を眺めた。家を長く離れていた娘。

「すぐに優ヶやかえを連れて来るのだ」

間もなく、優風に車椅子を押してもらいながら上品なおばあさんが美風に近づいて来た。

優風は車椅子をいつでも動かせるようにしたまま

「美風、こちらが優ヶ恵おばあ様よ」

と紹介した。

美風は嬉しそうにお辞儀をした。

「おばあ様、会えてとっても嬉しいです」

「えぇ」

ほとんど表情の変わらない、青白い優ヶ恵の顔を見て、美風と優風は目を見合わせてしまった。

「お母様、身体の具合が?」

「姜明様。この子が、流の?」

優風の言葉を無視して、姜明に話しかける。

「そうだ」

「姜明様」

と優ヶ恵は夫にそっと言った。

「とりあえず。容姿は、申し分ありませんわね」

「わしも、そう思う」

と、姜明は影のある笑みを浮かべた。

「ようし?」

美風は首を傾げ、不思議そうに優風を見上げた。

「容姿も分からないの?」

「はい、わかりません」

美風は素直に答えた。

「まぁ、何て子なの。どんな教育をしていたのです、優風」

優ヶ恵は、大袈裟に優風に文句を言い出した。

「お母様、そのような小さい事に目くじらを立ててはいけませんわ。ご病気のお母様には、お父様にも、この子の素直で優しい所は、どんなにか救いになると思いますわ」

優風は美風の頭を撫でながら、静かに言った。

「私はもちろん教えますが、お父様やお母様も上手に教えて頂ければ、覚えはいい子なのです」

その時、

「失礼致します」

入って来た叔父の妻は、優風と美風に目を留め、入口の所に立ち止まった。

「あらあら気京ききょうさん、あなた達も、よく来てくれたわね。流気からは仕事が終わったら来ると連絡が入ったわ。さ、こちらへおいでなさい」

気京の後から、息子二人が車椅子の側へやって来た。

「こんばんは、おじい様、おばあ様。お招きありがとう」

兄が、冗談っぽく敬礼する。

「ご機嫌よう、おじい様、おばあ様」

弟が、丁寧にお辞儀をする。

兄の勇潤ゆうじゅんは、優風と美風に目を向けた。

母気京が優風に挨拶したのをきっかけに、自分も挨拶し、弟誠河せいがも躊躇いがちに、それにならう。

12になる、鋭い目付きをした兄の勇潤は、すぐに大人達の間に流れる微妙な雰囲気を悟った。

眼鏡をかけた、大人しそうな2歳下の弟、誠河も何か違う事に気付いたようだ。

二人は申し合わせたかのように美風の前に立つ。

「君が美風か」

「そう」

「俺は勇潤。こっちは弟の誠河」

「美風は、幾つ?」

横から、誠河が優しい声で聞いた。

「7つよ」

「母さん、夕飯まで、三人で遊んでていいでしょう?」

勇潤の言葉に、大人達が、ほっとしたような表情を浮かべた。

勇潤は美風の手を引っ張り、弟の背中を軽く押す。

「お祖父様とお祖母様のお屋敷を、案内する。来たばかりでろくに見て無いだろ?」

「うん」

「じゃあ、舞踏会の間とかさ」

と、誠河。

「それもだが、お前達、お腹空いて無いか?」

美風はごくりと唾を飲み込んだ。

「ちょっと前から…」

「なら一番は厨房で決まりだな。美風は、真賀太まがたって、知ってるか?」

「ううん」

「真賀太は料理人だよ。でも兄さん、今沢山つまみ食いすると夕食に響くよ」

「分かってる。少し、少しな」

誠河は美風に耳打ちした。

「兄さんの少しはあてにならないんだ。僕もだよ。真賀太の料理、特にお菓子はすごく美味しいんだ」

美風は、兄弟と一緒に厨房へ向かう。

「来られると思ってましたよ、ぼっちゃんがた」

扉を開けて、コックの帽子を被り、深い皺の刻まれた顔を覗かせた真賀太がにこにこしながら言った。

「旦那様や母君から、きつく言われてますから、これで勘弁を」

軽いおつまみ程度の、小さい、可愛いお菓子を三つ乗せた皿を手にしていた。

「あんたが美風お嬢さんかね、儂は真賀太と申します。お見知りおき下さい」

三人が美味しいお菓子をあっと言う間に平らげ、夕食の準備で忙しい厨房から出た時、美風の耳は、真賀太に話しかける、低い誰かの声を聞いた。

「あんな人に引き取られて、可哀相に」

驚いて厨房の方を向いた時、誰かの方を向いて扉を閉める真賀太と、一瞬目が合ったように思った途端、今度は誠河が手を引っ張る。

「次は、舞踏会の間だよ」

「わぁ…きれいな所…」

美風は、誠河の方へ目を輝かせて向く。

「ここで、舞踏会があるの?」

「そうだよ」

誠河は、ちらりと兄の方へ目をやった。

「16歳になったら、お前も参加出来るさ」

微笑みながら、勇潤は美風の頭を撫でてやろうと手を伸ばしかけた。

その途端、開かれた扉から出て来た人物に、彼の目は吸い寄せられた。

「勇潤、誠河。待たせたな」

父親の流気だ。勇潤と誠河はやや緊張した面持ちで挨拶をする。

「父様」

誠河は背筋を伸ばした。

「お父様、お帰りなさいませ」

勇潤は言いながら、父親に手近な椅子を勧める。

美風は食い入るように、椅子に腰を下ろした叔父を見つめた。

背はそれほど高くなく、痩せていて、悪くはないが無愛想な顔をしていた。

叔父は

「歳は幾つだね?名前を聞かせてくれ?」

「美風です」

後から入って来た祖父母や叔母にびくっとした美風は、かすかに声を震わせた。

あまり、いい笑顔になれなかった。

「7つになりました」

「ほう。中々しっかりしているな、よろしい。我々が、君を引き取って、育ててあげるのだから、我が一族として恥ずかしくない振る舞い、言葉遣いを身につけて貰うのは当然として…役に立って貰わねばいけない。そして、一番大切なのは、迷惑をかけないようにしてもらいたい。両方を満たすのは容易ではないが、満たす為の一番の近道として、お母様の世話係りになってもらおうと思う。大切なことは、普段は私達にやたらと話し掛けないようにすること。私達もそうするよう気をつける」

「はい、叔父様…」

美風を見た優風は、心に冷たい氷のかけらをたたき付けられたようになった。

馴染めさせないための一線を引かれた事を、感じ取った顔の寂しさ。

優風は、少しでも寂しさを取り除きたかった。

「美風。父様は言葉が足りなくて。大人にだけ話し掛けるのを気をつければいいって事だよ、俺と誠河は子どもだから、いつでも話し掛けていいから。また遊びに来るし、君も遊びに来ればいい」

「勇潤兄さんっ誠河兄さんも、また宜しくお願いします」

優風は、美風に頼れそうな子が出来そうなのに安心したが、所詮は子ども、まだ自分の目が届かない所に置くのはいけないと感じた。

結婚の話しさえなければ…。

ある時、父親は優風に言った。

「あと三ヶ月程で、天秀てんしゅう君と式を挙げるのだからな?」

天秀。

名前を聞き、優風は複雑な気持ちになった。

元々幼なじみだった。家柄はいいが、自分よりも身体が弱く、

病室で、よく泣いている所を慰めた。

「…分かっています。それよりお父様、美風にお母様のお世話をさせるのなら、私も一緒に手伝いますわ」

父親はほんの少し考えて、頷いた。

「まぁ、いいだろう。そんな余裕があるならな」


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