第三章〔4〕 /…交流
美風や宝の妻候補である娘達が着替えさせられたのは、シンプルで上品なドレスだった。
全員が着替え、化粧と小物で飾り立てられた後、宮殿の大広間に集められた。
周囲には、自分達に近付く老若男女の集団。
「ニーナちゃんすごい!綺麗!」
響き渡る甲高い声に、違和感を感じて戸惑う視線が集まる。
「レジルテさん……」
ニーナと呼ばれた娘が、すぐ近くに来た女に愛想笑いを浮かべた。
「ニーナちゃんがいるとブスばかりでつまらないここが楽しい!」
常識外れな発言に、唖然とした空気が満ちる。
「何だあれは?」
エトファドースは、近くの娘達と何かを話している美風に目をやってから更に言葉をつけ加えようとしたが、肩を掴んで来た男に阻止された。
「あぁあれ?レジルテのさ、いつもの下僕作りじゃないか。相変わらずお気に入りは最初に気持ち悪いぐらい褒めて褒めちぎるなー俺も真似なきゃ」
ようっエトファドース。
と、エトファドースと同年代の男。
「ちょっとシンクニオンさん、どう言う事?」
「いや、その……冗談だよ」
「ところで宝の妻はあのニーナってコに決まったの?」
シンクニオンは自らの守る対象である、宝の妻候補の一人マブァケスの揺らめく赤い髪と黒い目を見つめ、宥めるように言う。
「そんな嫉妬するなよ。まだ分からない。宝の妻は俺が守る君かもしれないし、レジルテが守るエルテニーナかもしれないから」
「ふーん。あのテンションの馬鹿高い女がレジルテ?」
「あぁ。これから出て来るディナレカいわく類い稀な卑しい魂を持つ女」
シンクニオンはこれまでレジルテとなるべく関わらないよう用心してきた。
幼い頃、生物が持つ魂の質を見る事が出来る盲目の母、ディナレカが新参者のレジルテに言い放った言葉を忘れた事が無かった。
(あなた、類い稀な……卑しい魂)
(えぇっと〜類い稀な癒し系?)
(違う)
レジルテからシンクニオンを庇うように立ち、母が首を横に振る。
(は?え?)
見る見る内にレジルテの頬が怒りで紅潮する。
(ちょっとひっどぉぉい!何が卑しいよ!何が卑しいよ!)
エトファドースは、可憐な笑顔で周囲を魅了している美風に話しかけた。
「美風、ちゃんと楽しんでいるか?」
「え?とても楽しいわ。こうして皆で集まって……」
美風は笑って周りを見渡した。
「それは雰囲気が、だろう?美風はまだ遊び足りてない」
「そ、そうでしょうか?」
少し戸惑った美風を見てエトファドースは微笑む。
「ふぅん。あなた、案外喋る方なのね」
エルテニーナの声が割り込んで来て、美風はびくっとする。
「お前の思い過ごしだ……」
エトファドースが美風に対する時と打って変わった声を出す。
「固い人ね」
ふふっと楽しそうな声を受けてエトファドースはエルテニーナに背を向けた。
「お前のほうこそ、簡単に人に心を許すようには見えん」
「ふふっ……そう?あなたには違うかも」
「その子がエトゥ坊やの?」
エトファドースはレジルテの声を無視して、美風やシンクニオン、マヴァケスを連れて立ち去ろうとする。
「ねぇあなた、私すごく言いたかったのだけど……」
「はい?」
「笑わない方がいいわよ。笑った顔が気持ち悪いから」
レジルテが美風にしつこく絡もうとする。
(さて。彼女の為に何をしてやればいいのか……)
シンクニオンがレジルテに耳打ちする。
「俺は美風ちゃんの方がエルテニーナより可愛いと思うし……好きだな」
マヴァケスが手を叩いた。
「上手い事言うわね、シンクニオンさんは」
「あらシンクニオン、マヴァケスさんも、あなた達に興味は無いのよ」
レジルテが美風に向かい声を張り上げた。
「何よちょっと可愛いって褒められてたからっていい気になって……不細工じゃない。ニーナちゃんには誰も敵わないのよ!」
エトファドースが労るように美風の両耳をそっと塞ぐ。
「相変わらずの醜態ぶりだな。男と金の亡者が」
シンクニオンが呟く。
「それってユンオーのこと?ねぇエトファドース。あなたの大事なユンオーは大変な男好きなのよねぇ。何たって」
「ユンオー様は、お前と何もかもが違う」
レジルテが馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「あちらに行きましょ、ニーナちゃん」
「ねぇあんた」
マヴァケスが、レジルテの後に続こうとしたエルテニーナの腕を掴んだ。
「あんたは、この人の振る舞い恥ずかしくない?」
エルテニーナは薄笑いを浮かべ、掴まれた腕を振り払った。
「さぁ。私は深く考え無いから」
「もーニーナちゃんたら賢い!私、ニーナちゃんがいればいいや」
レジルテとエルテニーナが離れて。
「シンクニオンさんこれを。使って下さい」
美風は近くの椅子を差し示した。
「君みたいな美人に心配されて、ありがたいな」
言いながら腰かけ、マヴァケスに話しかけられて応じる美風を眺めた。
(それにしても綺麗な子だ。エトファドースの言う通り素晴らしい)
レジルテは、飲み物が注いであるグラスが固まって置かれているテーブルの前で止まった。
さっと周りを見回し、不愉快な連中がいない事を確認した。
「なぁんで私、いつも悪く言われるのかなーねぇ?」
傍らのエルテニーナに目を向けると、エルテニーナはさっと金褐色の髪を払った。
「ふふっレジルテさんたら」
「あなたの全てに嘘があるのよ。美貌にも、言葉にも」
二人は驚いて声の主の方を向いた。
エルテニーナは両手を握りしめた。
長身でセクシーで気品のある美女、エルテニーナは自分がいくら努力しても、彼女を越えられないと感じた。
レジルテは苛立ち、ユンオーに向かい声を荒げた。
「いいってユンオー。あなたもういいから私に構わないで」
それは私の台詞、とユンオーは心の中で呟いた。
かつてレジルテはことごとくユンオーと同じ化粧、同じ服装や持ち物にこだわった。
ユンオーは質の悪い自分がもう一人作り出されるような、異様な感じだった。
彼女は非常にしつこかった。
小さな事でも長い間根に持つのだ。
もう過去の嫌な事はあっと言う間に忘れちゃった、と言いながらあの時あーだったこーだったと何かにつけ蒸し返す。
(実はねぇユンオー、二基太さんからプロポーズを貰ったの。彼を落とすのにベタベタ触りまくって、服も、うっすーいの着ちゃった。彼の方がルンドフィより稼ぎもいいし、どうしようかしら?)
(何をムキになっているの?)
(ムキになんか……!)
(相変わらず、男性の目しか意識してないのね)
(そうよ。私は頭の先から爪先まで完璧にしないと気が済まないの。こんな事、あんまり言いたくはないけど……女の目なんか意識していないわ)
「ユンオー?」
三人が声のした方を向くと、槍を構えた四人の男女の兵士の中央に、目を閉じたままの白いローブの女がいた。
女に呼ばれたユンオーは安心したように、すれ違いざまに軽く彼女の手を握った。
「行ってらっしゃい、ディナレカ」