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癒しの手  作者: 宙華
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第三章〔3〕 /…救いの本

「美風はこの部屋にいるわ。彼女を頼んだわよ、エトゥ」

ユンオーはすぐ近くのドアを指差して、ラチワーニとセフバを連れて早々に本拠地へ引き上げる。

「エトファドース、羨ましい役だな。可愛いお嬢様のお守りだ」

しっかりな、と、ラチワーニはからかうように言って、すれ違いざまにエトファドースの背を一度叩いた。

(……私は、どうすればいいの?この先、何があるの?)

たいした説明をされていない美風は、目まぐるしい環境の変化に、わけがわからず焦っていた。

「ミカゼ?」

聞き慣れない声がして振り返ると、部屋の入口に黒い服を纏い、軽く武装した長身で金髪の雄々しい青年が立っていた。

美風の名前の発音が違った。

「あ…あのう?」

「エトファドース」

「あら。私は美風です、私の言葉、分かりますか?」

目を閉じ、少し考えたエトファドースは再び口を開いた。

「分かる。話せるから」

美風はほっとした。

ユンオー達は流暢に美風と話していたが、宮廷の人間や王の言葉は美風が知る言葉ではなく、初めて王と話した時も、必要な場合のみセフバが通訳してくれていた。

「エトファドースは…発音合ってるかな、ユンオー達の仲間でしょう?ユンオー達がいない間、私と一緒にいてくれる仲間が来ると聞いたの」

「……そうだ」

美風はほんの少し安心した。

彼は、この心細い状況で美風が頼りに出来るかもしれない人物だ。

「エトファドース。あだ名をつけてもいい?あなたが嫌でなければですけど……エトファって呼んでも怒らない?」

「……好きに」

本来他人とあまり関わらないエトファドースは、少し話しただけで分かる美風の無垢さに内心困惑気味だった。

与えられた使命は、この星の宝が妻を選ぶまで妻候補の一人である彼女を影から見守り、必要ならば手を貸す。

と言う内容だが、それだけではいかないようだ。

「ではエトファ、教えて下さい。私の体には一体何があるの」

美風は何かに追われるようにエトファドースに近づく。

「俺や他の人間には無い力」

美風は小さく溜息をついた。

「誰もが力と言うわ」

成る程、とエトファドースは苦笑した。

「お前は強い力を持つ、だからこそその能力に気持ちから負けていてはダメだ」

「どうすればいいの?」

「気持ちをまず安定させる。この状況では難しいだろうが…これを」

「本?」

問うとエトファドースは肩をすくめる。

「この国では、これに書いてある内容で、気持ちを安定させる人間が多いそうだ」

美風は笑い、

「いい本を、ありがとう。あなたはこれを読んだの?」

エトファドースはいや、と首を振る。

「本など、まともに読んだ事が無い」

それ以外の資料や問題集やマニュアルならば嫌と言う程読まされ、覚えさせられたが。

「あら、そうなの?いい本を読むと豊かでいい生き方が出来て、あなたが言ってくれた通り、気持ちが安定していられるわ」

そうか、とエトファドースは美風に背を向けた。

「今は、ゆっくり休むがいい」

美風は彼の腕に手を伸ばした。

不安げな力で、かつ冷たい。

「美風?」

「エトファは忙しいのですか?」

「忙しくは無いが……?」

美風ははにかんで言った。

「お願いします、書いてある文字が読めませんから、教えて下さいな」

エトファは心の中で、決して不快ではない困惑が、一回り大きくなったと感じた。

美風はエトファドースに渡された救いのルートバインと言う題名の本を、彼と共に読み始めたのをきっかけに、ラエフィロ国で夢中で勉強をした。

美風は彼と最初に会った日に、これから何があるかを聞かされた。

まず美風は自分と関わる人間や、関わる予定である人間の名前や評判、立場をエトファドースや身の回りの世話をする女中達から可能な限り聞いて覚え、自分と同じ立場である、宝の妻となるべく集められた娘達にももちろん目を向けるようにした。

他にもダンスを習ったり、お菓子作りをしたりと活発に暮らした。

(俺にとっては不思議な…。外見も中身もいい女)

ある日、王宮の空き部屋での訓練中、美風から彼女の作ったお菓子を受け取ったエトファドースは、長椅子に座った美風の隣に座った。

最初と比べ、幾分和らいだ目には安らぎと慈しみの色を滲ませていた。

「お前に生を与えた、お前の、両親の事を聞きたい」

すると、美風の目が涙でいっぱいになる。

「実はお父様、お母様と呼ぶ前に命を無くしてしまったの…あの、ごめんなさい、暗い話しはいけませんね」

美風は涙を拭き、無理矢理笑顔を作る。

「俺が、お前が話す事を嫌がると勝手に決めて、辛い気持ちを、この俺の前で笑いでごまかすのか」

美風と最初に出会った日の夜。

エトファドースの夢に美風の父親、流が出て来て、自らが殺された事件と、妻が後を追った場面を告げた。

エトファドースは彼と妻の遺体の周囲を歩き回って事件を感じた。

赤ちゃんである美風の、泣き叫ぶ声がどこからか聞こえた。

「美風…を覚えているか?」

エトファドースの問い掛けに、流は頷いた。

『愛しているよ娘を。妻の水経すいけいも妹の優風もだ。これから多くの変化があるでしょう、あの子を頼みます』

「エトファ……?気分を害させて」

ごめんなさい、と言いかけたところで、エトファドースが口を挟んだ。

「美風聞け、お前にはこう言おう」

「はい、エトファ」

エトファドースは普段から夢の事は口に出さない。

だが、何らかの形で彼女を励ましたかった。

美風の父親の霊の言葉で彼女を守る気持ちが増したし、彼女が宝の妻として相応しい、と信じようと思った。

「お前の家族は、お前を失ったら大損害だな」

「はい?」

「死んだ父母は勿論、故郷でお前を育てた人物、お前と関わった人物も、お前が可愛くて仕方なかっただろう」

「んー……そうでしょうか……」

エトファドースは不思議だわ、と美風は思った。

今まで出会った人間には無い温かいものが彼にはある気がした。

「それにお前は、この星の宝の妻となるべく集められた女達の中で、特別綺麗な女である事に変わりはないからな」

美風は頬をほんのりと染め、目を見開く。

「嬉しいです。エトファは、褒めてくれてるの…ですね?」

エトファドースは頷いた。

美風は溜息をつき、エトファドースに寄り掛かった。

「父様、母様、叔母様、兄様………海……みんな……淋しいよ」

美風は言って、黙って側にいてくれる彼を見上げる。

エトファドースは、そう言えばいい、と頷く。

大地が海と共に、ワーディテルについて長年調査している国、ウブルシアンを訪ね、調査機関に入った時、海は突然立ち止まった。

「海、どうしたんだい?」

言って大地は落ち着かなさそうにしている海を見た。

「美風の声が聞こえる」

海は寂しそうに笑む。

「そんな気がしました」


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