プロローグ〔1〕 /…能力に目覚めた瞬間
25くらいの女性が料理をしているところだった。
「嬉しそうね、何か「きゃっ!」
不意に小さい悲鳴が上がった。
悲鳴を上げたのは一人の少女。石に躓いて転んでしまい、膝には血が滲んでいる。
「どうしたの?」
「大丈夫!?」
声を聞いた友人達が心配そうに駆け寄って来る。
「大丈夫!擦り傷よ!」
転んだ少女が笑顔で皆に言うと、皆ほっとしたような表情を浮かべ、歩きながら近寄って来る。
「うわっ痛そう!」
転んだ女の子の元に一番に辿り着いた、薄い茶髪の少女は気をきかせてハンカチを取り出した。
「美風ったら、平気よ。こんなの洗えば治るわ」
少女が立ち上がり、泥を払う。
「そう?」
美風と呼ばれた少女は
(結構痛そうに見えるけど、大丈夫かしら?)
と首をかしげながらも、取り出したハンカチをポケットにしまう。
「でも痛そうよ、痛いの痛いの飛んでけ〜っ」
美風はしゃがんで、わざと真剣そうな顔をして、目を閉じて傷に手をかざした。
冗談を交えつつも真剣そうな美風の顔を見て、少女の顔に笑みがこぼれる。
「あはは、ありが…え?」
突然、さっきまで感じていた痛みが消えた。
傷に視線を戻すと、傷も綺麗に消えている。
「あ!」
声を聞いて目を開けた美風の目に入ったのは、傷一つ無い膝だった。
先程まで血を滲ませていた傷が、綺麗に消えている。
「何だ、怪我が無くてよかったね!」
二人が振り返ると、他の子ども達がいつの間にやら覗き込んでいた。
「違うわ、美風が治してくれたのよ。ね、美風?」
「そ、そうなのかな?」
美風は首をかしげる。
(ただ、痛いの飛んでけって念じただけなんだけどな。)
「え?どう言う事〜?」
他の子ども達は皆顔に?を浮かべている。
「さっきまで傷があったのよ。
でも、美風が痛いの飛んでけって言ってくれたから治ったんだもの。ありがとうっ美風!」
「へぇ〜?」
ほかの子ども達は、首を傾げながらお互い顔を見合わせる。
「ねぇ、今度はここからあの木までまた競争よ!」
別の子がそう言って走り始め、数人がその子の後に続く。
その言葉で(当の本人達の頭からも)怪我の事は頭から消え、少し遅れながらも他の子に続いて走り始めた。
後に残された、彼女を転ばせた石にほんの少し、そう、ちょうど少女が負った傷と同じ程度の傷がついたのには誰も気がつかなかった。
美風が家の前に着くと家の中から女の人の呼び声が聞こえた。
「美風?帰ったの?」
「はい!優風叔母様!」
美風が家へ入るとあったの?」
「はい!不思議な事がありました!」
美風は優風に友達の傷が消えた事を報告した。
「そ、そうだったの…」
「叔母様?顔色悪いわよ?料理作るの手伝いましょうか?」
「大丈夫よ、不思議な話だから、ちょっとどきどきしただけ…」
優風は胸を押さえながら答えた。
しかし優風はすっかり青ざめて弱々しかった。
だがその顔はとても綺麗で上品だ。
美風のいる村は日過馬山のふもと、火南の中部にあった。
山以外にはどこへ行っても田んぼや畑や野原、そして海が広がっている小さい村だった。
村のたいていの男は畑を耕したり漁に出たり、ごく稀に出稼ぎに行ったりしている。
「叔母様、父さんや母さんは今年も帰って来ないの」
「そうみたいねぇ…」
美風は叔母から両親の事を少しだけ聞かされていたけれど、何も覚えていなかった。
両親は美風が生まれてから何年も村へ帰っていなかった。
両親は共に町へ出稼ぎに出ていたからだった。
「皆で一緒に暮らせたらなぁ…」
美風は思わず呟いた。
「美風」
と優風は呟いた。
「やっぱり私と二人では寂しい?」
「叔母様?ごめんなさい、そんなつもりで言ったんじゃないわ」
と、優風に抱き着いた。優風が震えていたので美風は不思議そうに叔母を見た。
美風は幼心にも、叔母に両親の話しを出来るだけしないようにした方がいいと気づいた。
そして、なるべく叔母を一人にしない事に決めていた。
叔母に親しい友人は何人もいるが、いつも寂しそうだったから。
そのうちに美風は両親がとっくの昔に死んでいた、と言う事だけを知った。
父親にはある問題があった。それは普通の人には無い力を持っていたこと。
その力とは、怪我した人に手をかざして念じるとどんな怪我でも治してしまうと言うものだった。
力の事を知った父親の両親(大金持ちの貴族)は、父親を気味悪く思いひどく邪険に扱っていた。
父親には兄と妹がいたのだが、何かと比較していた。
しかし父親は普通の人には無い力と共に素晴らしいものを持っていた。
顔も姿も美しく、男らしく勇気もあり、とても優しい心の持ち主だった。
父親の兄は両親と同じく弟を疎んじていたが、優しい妹は一生懸命二人目の兄を勇気付けた。
父親を余計に疎んじた両親と兄は、父親を遠くの町の金持ちの娘と強引に結婚させた。
半ば政略結婚だったのだが二人は互いに愛し合っていた。
そして静かな町での生活の中で綺麗な女の子が生まれた。
しかしその力がきっかけで母親の親戚から魔法使いだと疑われた父親は母親と無理矢理離婚させられた揚句何者かに殺され、後を追うように母親も自殺してしまう。
兄の事を深く愛していた妹は、美風を引き取り、家族親戚と縁の無いこの土地に引っ越して来たのだった。
それ以来美風のよき母親代わりだった。
美風は両親のどちらにも似ていた。
この子の緑がかった美しい黒い目は夢と希望で輝いていた。
少し大きくなると、美風は少年のような恰好をして短い茶髪をなびかせて友達と外をすばしっこく走り回るようになった。
その姿がまたお話に出て来る妖精のように軽やかなので皆は思わず見とれるのだった。
そして美風は快活で優しく素直な心を持っていた。
叔母はいつも優しく、温かく接してくれた。
それで美風も叔母の真似をして叔母にも他人にも優しく接するようになった。
小さい美風は自分の両親が死んだ事を叔母がひどく悲しんでるので、叔母には幸せになって欲しいと言う気持ちになった。
美風の一番の親友は、漁師の息子で美風と同じ歳の海だった。
海は子どもながら大人びていて、無愛想で力が強いので評判だったが、美風にはそんな事もなかった。
以前、海で溺れそうになった美風を助けてくれた事もあり、美風は海をとても尊敬していた。
美風には他にも学校の友人や近所のおじさんおばさんなどたくさんの友達がいたが、海が一番好きで、毎日のように海の家へ行っては一緒に遊ぶのだった。
間も無く、美風の身の上に思いがけない事が起こった。
この時、美風はまだ7歳。