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嫌いが好きになる瞬間

作者: みあ


 クリスマスと違って、街中で同じような音楽が流れるわけでもない。イルミネーションがあるわけでもない。浮ついた空気になるわけでもない。それなのに、スーパーや雑貨屋さん、そのほかいろんな場所で嫌でも目についてしまう。


『バレンタイン・デー』


 お正月が終わったと思えば、節分と同時にディスプレイされるようになる。節分が終われば、その日までは嫌でも目につくほどチョコレート、チョコレート。最近ではチョコレート以外の贈り物も人気あるらしく、いろんなものがある。

「はぁ」

 自然と、本当に自然にため息が零れた。

 私、中野苺はバレンタインが嫌いだ。この日が近づくだけで、非常にイラついてしまう。女子が全員バレンタインを好きかと言われたら、そんなわけがない。むしろ、何でお世話になっているというだけでプレゼントをしないといけないのだ。あげたらあげたで、ホワイト・デーを意識されるのが苦手。

「それなのに」

 嫌いだ、苦手だ、とぼやいておきながら、手にはひとつの小さい箱。手作りではないが、有名店で買ったもの。

 私にだって、渡したい相手はもちろんいる。だけど、当日までに会えるわけはない。でも、私と同じような人はいるはず。だから、当日まで賑わっている。


 バレンタインの翌日に、渡したい相手とは約束をしていた。

「ごめん、待たせた?」

 そう言って私のもとに走ってきてくれた彼、仲西怜くん。急いできたのか、息が上がっている。

「ううん。大丈夫だよ」

 怜くんは疲れているのに走らせてしまい申し訳ない気持ちが広がる。

「こっちこそごめんね、バレンタインの翌日に……もっと日にち開けたほうがよかった?」

 そう言うと同時に、彼の手は私の頬を掴む。そのまま広げる、かなり痛い。容赦なく頬を伸ばそうとしてくる。

「俺が会いたかったから。はい、これ」

 そう言いながら、小さい紙袋を渡してきた。毎年中身は同じだから、見なくても分かる。入っているものはわかるが、どうアレンジしているのかを楽しみに受け取る。

「じゃあ、私からも」

 と渡す。彼は受け取り、お互いに微笑み合う。

「パティシエの怜くんに、さすがに手作りは出来ないから……市販品だけど」

 そう、怜くんはパティシエなのだ。バレンタインが近づくと、忙しくて休みはなくなる。あるのかもしれないけれど、研究熱心な彼は没頭する。

 私がバレンタインを嫌いなのは、これだ。パティシエの怜くんは大好きだし、頑張っている姿はもちろん応援している。でも一か月以上会えなくなるし、連絡も途絶える。すごく寂しいけれど、応援したくもなる。感情が複雑に絡まる。

「苺が作ったのなら何でも嬉しいのに。それより」

 そこで言葉が途切れた。

「俺の、開けてみて」

 毎年帰るまでの楽しみ、と言っているのに今年は開けろと? 何かあるのかわからないけれど、怜くんが言うなら……と箱に手をかける。その間、私の荷物や箱の入っていた紙袋は、怜くんが持ってくれた。

 箱の中には、普段と違った。どんな形のチョコレートかなって思ったのに、どこかで見たことのある容器……覚え間違いでなければ、これは……。

 そこから先に進めなかった私に手を差し伸べるよう、怜くんはその容器を手に取り開けた。


「中野苺さん。俺と結婚してください」


 決められた場所にある光る指輪。

 嫌いなはずのバレンタインは、彼の手によって大好きな日へと変わろうとした。


別のサイトに載せていたものです。

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