59 潜入 ハルミティア
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ジリア連合獣国から最も近い大きな街ハミルティア、その街を囲う防壁から一キロほど離れた茂みの中にススムとララスの姿はあった。
時刻は既に夕暮れ。あと半時としない内に日が暮れてその場はすっかり暗くなるであろうにススムとララスの二人は動く気配は無かった。ただひっそりと街の入り口である検問所を見つめる。
「…早く…入ろう…ガドーなら…あの壁も…超えられる」
自身の妹の事が気が気でないララス、あの馬車の痕跡をたどってこの街に辿り着いたというものススムが一向に動く気配がないから苛立ちは増すばかりである。
「まぁ確かに僕ならあの壁はララスを抱えながら簡単に飛び越えられるだろうね」
目測20メートルほどの高さの防壁。それぐらいなら指輪の呪いを解除することなく横のララスを抱えたまま飛び越える事は容易である。ただ…
「今飛び越えようとすると目視される可能性が高い。防壁の兵士に見つからないように高く飛んでも着地の衝撃が大きくなるだろうからそれも騒ぎになる。痕跡がこの街に伸びていたという事だけが判明している今、正体不明の男と獣人の女性が町に侵入した…なんて話が敵に知られたら潜られる可能性が高い。今までセントリア王国にも、ジリアにも正体を掴ませなかった相手だよ、やるなら静かに、ひっそりと、一気にやるべきだ」
「っ……」
ララスは何かの不満を口に出そうとしたがそれは吐き出されることなくボソッと「…分かった」とだけ言ってその場に座り込んでしまった。
そんな様子を見てススムは彼女が自分の意見に渋々従っているのだと解釈したが実際は全く異なる物だった。
ララスは自分の衝動に任せてススムの判断に意を唱えようとしたが…自ら出る反論が無かったのだ。彼女はそっと横目でススムを見る。彼の目は今も街の出入りを環視しているがどうも本質は全く別の物に思えてしまう。
あれほどの力を持ちつつここまで慎重かつ適切な判断ができている。それに引き換え自分はただ怒りと憎しみ、憎悪に任せて殴り込もうとしていた。少し考えればすぐに分かる。妹がこの街にいる保証はどこにもないのだ。そんな状況で騒ぎを起こし、獣人が攫われた者を探しているのがばれると最悪証拠である攫って来た者達を…処分…するかもしれないのだ。
実力でも、判断力、心、精神、それらすべてにおいて差がある。同じ六天の弟子であるはずの二人だがその差は天と地どころではない。
だからこそ。
だからこそこの男、ガドー…いや、ススムに興味が湧くのだ。
妹を探すのに神経を研ぎ澄まさなければならない状況でも、この男の事が頭をよぎる。
「…聞いても…いい?」
自然とララスの口から零れ落ちていた。
「何だい?」
日が暮れるまでそんなに時間は無い。ここでススムのが歩んできた人生の全てを聞く事なんて出来ない。だからこそ、ララスは一番聞きたかった質問を投げかける。
「ガドー…ススムは…なんで…強くなろう…と…したの?」
思いがけない質問にススムは目を開いて驚く。
「なんで急にそんな事――」
「答えて」
そう言ったララスの瞳はススムを真正面から捉える。
「…そりゃ、強くなるしか…生き残る道が無かった…から…」
「…嘘。 あなた…の目は…目の前の…物を…見ていない。けど、確実に…何か…を…捉えてる」
地平線に夕日が沈み防壁から明かりがともり始める。侵入する時が来たのにララスはその腰を上げようとはしない。ただ、ススムの回答を待っている。
ススムもここで理解する。ララスは自分が何か目的がある事に気が付いている、と。今彼女が求めているのはその場しのぎの軽い言葉ではない。
ススムも真正面からララスと捉え顔にかかった面を外す。
「僕…いや、俺は……」
彼女はこの世界で数少ないガドーの正体を知っている人物、そして同じ『六天』の弟子なのだ。ここでススムにとっての動機を伝えてもデメリットになる事は無いだろう。
ススムの動機など今はもう一つしか存在しない。
「エリナっていう女の子、いやもう子じゃないか。その女性の為…かな」
「エリナ…その人…そんなに…大切な…人なの?」
「あぁ…大切だ。他の何よりもね」
「……」
ススムの口から発せられたのはどこにでもある言葉だった。だがその瞳に秘められている力は全くの別物に感じられていた。
たかが恋や愛などではススムの息に到達などまず出来るはずがない。そんな事ララスでなくともわかる。だが帰って来たのはどこにでもある『大切な人』を守りたいという感情。そんな物はララスにだってある。今まさに自身の命よりも大切な妹のため心をすり減らす思い出この場にいる。
決定的に何かが違うのだ。
ならこの男と自分は何が違うのだろう。
それはきっと、思いの強さだ。ススムが内にひそめる思いの狂気など想像もできはしない。
ララスは思う。知りたい。この男のあらゆる事を知りたい。何を考え、何を思い、何をするのか。
「…行こう。『ガドー』」
そういってララスはその腰を上げる。
「私の…大切な…妹。助ける…の……手伝って」
知りたいなら見なければ。その者が何を成し、何を思うのか。
「あぁ…喜んで手伝わせてもらうよ」
〇
魔石を魔力現とする街灯が灯りはじめ、ハルミティアの街の雰囲気もすっかり昼の顔から夜の物へと移り変わっている中、防壁の傍、それも人がいない空き地にララスを抱えたススムは着地する。
「よっと…どうやら誰にも気が付かてないみたいだな」
防壁の兵士たちの一瞬の隙をついて飛びこえたススム。警笛も鐘の音も聞こえなく、兵士たちも変わりなく警戒を続けていた。
とりあえず近くの空き小屋に入った二人はこれからの計画を話す。
「それで…これから…どうする…?」
「問題はそこ…なんだよね…」
馬車の跡を追って来たのは良いのだが街に近づくにつれてしっかりと街道となっており当然地面は硬く固まっている。ギリギリ街に入ったのは確認できるぐらいの痕跡は有ったが街中では道路は全て石造り、跡など残るはずもない。
「匂いとか分からないかい?」
「……難しい…」
ララスは獣人の中でもかなり優れた戦士の素質を持っている。それに流石ベギルの弟子だろう、ただの戦闘能力だけでなくスカウトの技術まで身に着けているそうだ。ならば妹や仲間の獣人の痕跡、特に匂いに期待したのだが……。
「人街は…臭すぎる…これじゃ…近づかないと…分からない…」
「そうか…まぁそう簡単にはいかないよな」
この場で探索系の魔法の一つでも使えるならもっと楽に捜索出来るだろうが、あいにくススムは勿論だがララスも近接格闘の戦士。真正面から戦うこと以外に特技など持ち合わせていない。
「なら…この街を走り…回って…探す…とかは?」
「それもいいかもしれないけど…」
いくら夜だからと言ってまだ人は外を出歩いている。見つからないようにこそこそと移動していては時間がかかり過ぎる。
その時、ススムはある物を手に入れていた事を思い出す。
「なら、こっちからじゃなくて向こう側から見つけてもらおうか!」
「…?」
〇
王都ほどではないがそれなりの大きさがある街のギルド。その飲みの席にススムとララスの姿は有った。互いに深々とフードをかぶり素顔と素性を隠しているが街中で素性を隠して疑われない場所などここしかないだろう。冒険者の中には素顔を隠して働いている者も少なくない。かくいう冒険者『ガドー』がいい例である。そのような人の素性を探らないのが冒険者としての暗黙のルールなのだ。
ギルドの二回、それでいて中を一望できる席をとっていた。
いつその人が来てもいいように…と。
ふと目の前のララスに目を移すと運ばれてきた食事に手を付けていない。ただじっと入り口の方を睨み付けては入店する者を一人一人監視していた。
「ララス、緊張感を持ってくれるのは良いけど明らかに警戒しすぎだよ」
「!……ご、ごめん…」
シュンとローブの中の耳が下げるのが分かる。隠密行動をしている人が明らかな敵意むき出しで誰彼構わず睨み付けていては感づかれる。ただでさえ冒険者は殺意という物に敏感なのだ。
「とりあえず落ち着いてご飯を食べたら?」
「…別に…食欲は…」
(無理もない…か)
今はまさに犯人グループの人間が現れるのを待っているのだから。
ススムがしたのはただ一つ。『彼ら』のギルドカードを差し出しただけ。冒険者という身分を使って移動し拉致を行っていた奴らは形式上であれギルドに加入はしているのだ。そしてギルドカードを出した時にこう言ったのだ。
『彼らの死体と共に”困った物”を拾った』と。
ギルドカードの持ち主が死亡していた場合、その連絡はその者の家、または所属している組織に伝えられる。その連絡があの場で待っていた馬車の相手に伝われば確実にこう思うはず。『あの場に来れなかったの事故に巻き込まれてグループが全滅したから、そしてそれを発見した人物が”商品”の内容と在り処を知っているはずだ』と。
隠密を第一に考えている奴らだ。是が非でも情報が漏れるのを止めに来るはず。ならそれをさかのぼっていけば…トップにたどり着ける。どれだけ大きな組織だろうと頭を潰されれば無事では済まない。この二日という短時間、それも二人で決着をつけるならそれしかない。
静かにススムが試案を勧める中、ふとララスを見ると入り口を見てはいるがチラチラと目の前の飯に目が行っている。
(なんだ…食べたいんじゃん)
妹を助け、戦争を止めると言う重要任務の最中という事が彼女の食欲を妨げているのだろう。
「ララス、食べないの?」
ジュルリとよだれが落ちかけるがすぐにララスは凛とした王女の姿に戻り「今は…そんな…時じゃ…」と遠慮してしまう。思えばジリアを急いで出て来たのでまともにご飯を口にしていなかった。食べずとも何日間も動いていられるススムと違ってまだララスは人の域の体。ススムに合わせていてはいざという時に体が付いて行かない。
「これから二日間、下手すれば不眠不休で動き続けるんだ。多分まともに休憩できるのはこれが最後だよ。だから…ね?」
「…そこまで…ガドーが…言うなら…仕方ない♪」
もっともらしい理由を付けてあげた事でララスは目の前の食事にありつき始めた。
「全く…人間の…料理は…口に…合わない…♪」
「そ、そうですか」
愚痴をこぼす割にはがつがつと彼女の胃の中に料理が消えてゆく。だが腹が減るのも無理はない。いくら速度を落としたと言っても馬車で移動するような距離を脚だけで、それも相当な速度でいどうしていた。強力な力を持っているゆえに勝負が直ぐについてしまうので冒険者にありがちな持続力の無さ。それはララスには見られない、きっと師の教えが良いのだろう。
だが、いくら優れていてもこの移動には相当な体力を使用している。きっと寝る事もできないのだからせめて食事はとるべきだ。
本人は御姫様らしくお上品に食べているつもりだろが顔を隠している筈のフードからチラチラと歓喜の笑みがこぼれ、ている。
「人間の料理も、お味は満足して頂けたみたいだね」
「っ! ……べ、別に…」
王女が料理にがっつくという醜態をさらしている事にきがついたララスの手の速度はゆっくりと流れるように動いていた。が、表情は隠せても頭上の獣耳は未だ歓喜動きを示し続ける。
「フフ」
「……笑った…」
「えっ?」
「ガドー…ずっと…笑わなかった。けど今笑った…なぜ?」
ススムも自分で驚いていた。にこやかに笑顔になる事はある、愛想笑いもする、けども笑う何てことする事は無いと思っていたからだ。ススムは無意識気にララスの事を”仲間”と認識しているのだ。この世で数少ない『六天』の弟子同士。それにお互いの師は仲が良かったのだ。その弟子も少なからず影響は出るだろう。
「ララスの食べっぷりが可笑しくてね」
「失礼な…私…これでも…王女様…それと…『六天』の弟子。ガドーは…もうちょっと私を…敬うべき…」
「それは失礼を、お嬢様」
「うむ…苦しゅうない…」
不思議とこんなくだらないやり取りをする仲になっていた。
この瞬間だけ、間違いなく、そのテーブルは気の通じ合った仲間が談笑する場、となっていた。
だが、そんな時間は長くは続かない。物事は刻一刻と動くのだから。ララスが最後の料理を食べ終えコップの水を飲みほしたと同時だった。ススムはある匂いを感じ取る。
(これは…あの男が付けていた”煙草”の匂い…)
衝動的に心臓をえぐり取った奴隷商人、その男が体にまとわりつけていた煙草の匂いと全く同じ匂いがギルドの中からしてきたのだ。
煙草といっても匂いは一つではない。使われる材料によって様々な香りを生み出す。しかも元の世界のように品質が均一でないので製造元によってまた変わるのだ。だからこそ多種多様な香りのなかで全く”同じ”香を漂わせるのは『珍しい』と言えるのだ。
ススムは今しがた入店してきた男に目を向ける。その男はカウンターに向かうがどうやら受付嬢には顔を覚えられていない。冒険者が減った今、彼女達に覚えられない程ギルドに来ていない冒険者…。簡単にいうとそれ以外に”食っていける”手段があるのだ。
目の前に顔を向けると流石は獣人の鼻、ララスもどうやらその匂いに気が付いている様子であった。
「来た…多分、というか十中八九、あいつだ」
「…私も…そう思う…なんとなく…だけど…嫌な…匂いがする」
「奇遇だねララス、僕もだ」
受付嬢がこちらの席に指を指す。これによって決定的となる。
「一応言っておくけど…何も聞き出さない内から殺さないでね」
「……善処する」
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