57 期限三日
柔らかく、心地の良い風がススムの意識を覚醒へと誘ってゆく。
突然始まった意識の中、ススムはまず自分の以上に気が付いていた。筋肉痛と言うには軽すぎるほどの鈍痛が全身を走っていた。それは目開ける以前に自分の体が壮大なダメージを負っている証拠である。
何とか腕を動かして見ようとすると何とか体は動く、それに頭の先から足の指先までしっかりと感覚はある。どうやら体の欠損は内容だった。
ようやくその目を開けて自分の状況を確認しようとした瞬間、真っ先に視界に飛び込んできたのは……真っ白な物体である。
「キュイィィィィィィィィ!!」
まるで悲鳴のような鳴き声を上げる物体は慣れ親しんだようにススムの顔面を這い回り全身で歓喜の程を表現する。
「シロ…頼む…息苦しいからどいてくれ」
「キュイィィィィ!!」
ススムの言葉を聞いても退くつもりが無いのか、それともススムの言葉が届いていないのか。シロは未だ動けないススムの顔面で鳴く。
「こら…ダメ…ガド―は…けが人」
すると顔面上のシロが退かされると次にシロを抱きかかえながら横たわるススムを横から覗き込むララスと目が合う。そしてそれと同時に自分が今どんな状態なのかも視界に入る。
真っ白なベットに横たわるススム。そっと手を動かしただけだがそれだけでも最高級な部類に入る物なのは分かった。それに部屋にはララスの他に白衣を付けた者達が幾人かおり、ススムが目覚めた事であわただしく部屋を出て行く者や何やら準備をする者までいた。
つまりススムは手厚い看護、そして結構な待遇を受けているのだ。
自身が意識を失っており、そして目覚めたら看護される側。それが意味する事はつまり――
「負けたのか……」
ススムにとってあの一撃は全力だった。何もかもを出しきり現在のススムにできる全力を出した攻撃で……負けた。
「もはや清々しいな。俺もまだまだって訳か」
「ガドー…すごかった」
己の実力不足を実感していたススムの横からララスが声をかける。その瞳は今までススムが会っていたララスとは全く異なり、警戒心が疑心、怒り、人間という種への憎悪がすっかり抜け落ち……ススムへの敬意、憧れといった眩いばかりの瞳だった。
「ベギルおじいさま…負けた事…無い。勝負は…いつも…一瞬で…終わる。けど…ガドー…おじいさまを…本気にさせた!! おじいさまを…追い詰めた!!」
いまだたどたどしい人間の言葉でララスは思いつく限りの言葉をススムに送る。
「けど…負けちゃったけどね」
「ガドー…今まで誰も…できなかった…ことした…それは…凄い事」
するとススムの腕を持ち上げその手でギュと握る。
「本当に…凄い事…」
「それは…どうも」
いきなり雰囲気の変わったララスに戸惑っていたススムだが、そんな気まずい雰囲気はある人物が部屋に入室したせいで崩壊した。
「小僧が起きたそうじゃな」
「じいさん…」
ススムの意識の中ではつい数分前まで殺し合いをしていた人物が目の前にいた。だがそれでも不思議と闘争心は湧いてこない。自身は横たわり、相手は五体満足でその脚を二本地に付けている。その事実がススムの心に敗北を実感させたのだ。
「無事に生きておったようじゃの。どうじゃ、ワシに負けて5時間も寝ておった感想は」
完全に嫌味を込めた言葉をベギルは放つ。
「そりゃ悔しいさ。けど再戦したところで勝てる自信も無い…”今回は”負けたよ」
「ハッ! 負けず嫌いも師に似よって!!」
そんな軽口を叩きながらベギルはススムのベットの横まで歩み寄る。
「小僧、立てるか? 王が改めて話をしたいそうじゃ」
「っ!! おじいさま!! ガドーは…怪我で…動けない!!」
全身ボロボロの状態のススムに立つよう最速するベギルにララスは真正面からそれを拒む。
きっとララスは自分の認めた相手、家族や仲間にはとことん優しい人なのだろう。だからこそ妹の事を思ってこそ王女の身でありながら一人で奴隷商人を追い、あそこまでの憤怒を見せたのだ。そのようにかばってもらう事は嬉しいがこの国に来たのはベギルと戦う事ではない。
なに一つとして問題は解決していないのだ。
「あぁ…今行くよ」
傷だらけのその身を起こしながらススムはベットからその脚を地面へとつける。
すると周りの医者らしき人物もララスと同じようにベギルに説得を試みていた。それほどまでに今のススムは誰が見ても絶対安静なのだろう。
「分かったわい。直せばいいのじゃろう? 小僧、経脈を過回転させて回復せい」
「経脈を過回転? なんだそれ」
「なんだアークの奴そんな事も教えとらんかったのか……まぁよい。小僧、動くなよ」
するとベギルが抜き手のように手を鋭くさせススムの左胸、心臓の上へと持ってきた。
「うそだろじいさん…まさか心臓の”点”を突くのか……失敗したら――」
「動く出ない。少しでもずれたら死ぬぞ」
その言葉と共に周りの人物から一切の雑音、騒音、振動が消え去る。そしてススムの心臓に一瞬の撃が与えられた。つぎの瞬間から全身のあらゆる部分が熱く燃えるように発熱を始めた。
「くっ…これが…経脈か…」
「そうじゃ。気を操る物なら操れて当然じゃ…いい機会じゃ、感覚を覚えておけ」
全身から汗が噴き出る。それと同じくして急速に体の回復も始まってた。打ち身で真っ黒くなっていた肌は普段の肌色へと戻り、ひびが入っていたであろう肋骨も順次治ってゆく。一分もたたない内にボロボロだったススムの体は誰が見ても健康体と言えるまでに戻っていた。
「ふむ、気の量だけは一人目なだけあるわい。治りも早いのう」
「おぉ……ありがとなじいさん」
「キュイ!!」
ススムがその身で立ち上がり異常が無い事を確かめるとシロが久しぶりの自身の安置へと舞い戻る。
「やっぱシロは頭の上がいいか」
「キュイ!!」
「その龍は……」
するとベギルが怪訝な表情で頭上のシロを見つめる。ニア姉さんの時もそうだったが何かしら感じ取る事ができるのだろうか…このシロの『特別』に……。
「まぁよい。それと気をつけろよ、見たは全快したように見えるがしっかりダメージは残っておるからの」
「あぁ、それくらい俺にもわかるよ」
気は万能ではない。いくら回復を急速に早めていると言ってもその量には限度があるし、しっかりダメージは蓄積されている。それも回復に比例して減っているだろうがしばらくは無茶はできないだろう。
「それと・・ほれ」
ベギルが投げた小さな物を受け取り拳を開くとそこには呪いの指輪があった。
「無駄な事に気を使っておる今の状態よりもそっちの方が気に集中できるだろう」
「そうだな。そうさせてもらおう」
自身の左手に再び指輪を付ける事でススムは冒険者『ガドー』へと戻る。
「それでは行こうかの、『ガドー』」
「ええ、行きましょうか。ベギルさん」
〇
再度のジリア王との面会、だがそれは一度目のようなどこかわからない地下ではなく明らかに王宮にて行われていた。
邂逅して最初に行われたのはジリア王の礼だった。
「この度は我が祖先の暴挙に付き合わせてしまいすまなかった。そして我が国の首都を守ってくれたことにも感謝する」
深々とお辞儀をされるススム、あまりの態度の変わりようにススムには動揺しかない。
「えっ、そんな…頭をお上げください!! 私も一緒になって破壊したようなものですから……」
「そんな事ありません!! ガドーは民が逃げるように守ってくれた、と報告にあります!!」
王の近くだから翻訳が働き、たどたどしい人の言語から獣人の言葉へと変わったララスはススムの弁護を始める。
「そもそもあれはベギルおじいさまが悪いのです!! ちょっと強そうな人がいると直ぐに喧嘩を吹っ掛ける。その癖を直してください!!」
「いや…それに関しては……本当に悪いとは思っておる…」
「だいたいおじいさまは一人で走り過ぎです!! 今回の事だって王国の者と戦わせてその実力を測ればよかったではないですか!! 例えば私とか! 信用に足る人物かどうかの判断は他の者でも良かったではないですか!! 例えば私とか!」
「す…すまんララス……」
まるで孫娘に叱られる祖父のような構図となっていた。あそこまで強大な力を持っているベギルだろうと孫娘には弱いのだ。
そんなララスとベギルを横目にススムとジリア王は本題に入る。
「ガドー殿、貴殿の信用はここに証明された。これほどの実力を持つ者の言葉…信用しないわけにはいかないな」
「それでは…!」
「あぁ、セントリア王国への進軍、何とか遅らせてみよう」
「ありがとうございます!」
ススムが腕を蹴り飛ばされ、ぶん殴られながら戦った事は無駄にはならなかったようだ。
「認めてもらってなんですけど……本当にいいんですか? 僕、結構とんでもない要求をしていると思うんですけど」
「構わん。獣人にとって発言力は力に比例する。もちろんそれ以外の要素もあるが…本能的に強者のいう事は聞くのだ」
「なるほど……」
あれほどの暴走をする可能性があるにも関わらずララスや王がベギルを止められなかったのはススムと会った時には既にベギルが戦闘態勢に入っており誰にも口が出せない状態だったわけである。
「だがそんなに長くは待てぬぞ。未だ家族が戻ってきていない民は多い。その者達の憎悪が溜まって今回の進軍となったのだ。一時的に鎮静化は出来るだろうが根本的な部分を解決しない限りまた進軍は開始される、その時は我にも止められないだろう」
「最大どれぐらい伸ばせますか?」
「……長くても5日、だがジリア全土に伝達するのだとしたら3日までには解決してほしい」
「3日……」
セントリア王国全土からたった一人の女の子を見つけ出し、そしてジリア本国へ送り届けるのに三日。厳しい長さであった。
「わかりました。それでもなんとかやってみます」
「お父様!! お願いしたい事があります!!」
ベギルへの説教が終わったのかララスはススムの隣へ、そして説教をくらったベギルは年相応の老人のように萎み力なく地に座っていた。
(かの『六天』も身内には弱いのか)
強者のイメージが有り続けたベギルに意外な弱点を発見したススムであったがその”弱点”であるララスから驚きの提案が出される。
「私もガドーに付いて行き、妹を探したいのです!!」
「なっ……」
だが驚いているのはススムだけのようで王他大臣などは澄ました顔で聞いていく。
「ジリア連合獣国の王女の捜索、その大義名分を証明する手っ取り早い方法は私が彼に付いていく事だと思います」
「確かに…そうだな」
ジリア王は納得したように首を縦に振る。
ススムも理解できないわけではない。人間の言葉と獣人の言葉を話せる彼女が居てくれた方が拉致被害者に対して楽に説得できるだろう。それにこれでススムはセントリア王国の王女とジリア連合獣国の王女から行動にかんしてお墨付きをもらえるわけである。ジリアだろうがセントリアだろうがどこでも出入り可能だろう。
「それを言うならベギル様でもいいのでは?」
とススムはうなだれているベギルを指さす。
「流石にあの方を監視も無く国外に出すわけには……」
「……確かに」
つい数時間前に暴走して国の首都を潰しかけた張本人である。正直ススムにも何をしでかすかw勝ったものではなかった。
「……ですが王女にもしもの危険が…」
「大おじさまと互角に戦ったガドー殿でも娘を守れぬと申すか?」
「うっ…」
何故かキラキラとした期待の眼差しをぶつけてくるララス。正直な所、一人で探した方が早いのではと思っていたがここでススムはある決定的な事に気が付く。
(そういえば俺…ララスの妹の顔知らないじゃん)
「よろしくお願いします……ララス様…」
「ララスで構わない、ガドー」
「決まりじゃな」
ここに妙なパーティが結成された。
白髪のガドーと獣人のララス、そしてドラゴン一匹。そんなヘンテコパーティ発足である。
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