53 もう一人の”六人”
一人の老人の獣人の男性が王のが居るにも関わらず周りの取り巻きなどはなから存在しないかのようにジリア王の前へと歩み寄る。
この老獣人は一体何者なのか、彼が現れてから文句を垂れ流していた周りの取り巻きから、威圧的なジリア王まで一切口を開かなくなった。
「大おじ様!! なぜこのような場所に」
「いやなに、妙な物を感じ取ったのでな。この場所はワシの家に近いと言ってもよい、退屈しのぎがてら見に来たのじゃ」
ジリア王におじさまと呼ばれた老獣人はゆっくりと視線を横へとずらす。
「お師匠様、お久しぶりです」
王女であるララスもその老人に向けて深々と頭を下げる。そして彼の事を師と呼んだ。ススムの一撃を耐えたララス、そんな彼女の師であるからには相当な実力者、または実力者だったと考えるべきだろう。
「やめいララス。今はお前の師ではなくおじ様と呼んで欲しいの」
「は、はい。おじ様」
ジリア王、その娘、共におじと呼ばれたその男は確かに年老いてはいるものの体形はススムよりも大きく背も曲がっていない。しっかりとした自力で地面に立っている。
「大おじ様、実力を試してみろ…そうおっしゃいましたか?」
「ああ、確かにそういった。実力も知れない男に娘の捜索は任せられないのだろう? なら試せばよい」
「試せばよい、と言われましても…ただ実力があるだけでは……」
本当にこの老人は何者なのだろう。先ほどまで高圧的だったジリア王が今ではろうばいしている。ついには取り巻きなど先ほどから下を向いたまま顔を上げようとしない。
「おい、そこの小僧」
「へ? 俺ですか?」
もっと話し合うと思っていたので急に話しかけられ変な声を出してしまう。
「そこの小僧、ガドーと言ったな。ついて来い」
「お、お待ちください。大おじ様!」
ジリア王が制止するが老人は止まる気配すらない。
ススムは選択を迫られる。このままジリア王の元に残り大使としての話し合いを続けるか、それとも突然現れた老人に付いて行き、『試す』と言われている事に挑戦するか。
正直今のススムにとってどっちも遠慮したい選択だ。今のススムに思いつくカードが無い現状、交渉が上手くいく見込みは皆無。かと言って内容が全く不明の『試し』とやらに挑戦することも憚られる。もし戦闘系以外の試みだった場合、その成功確率は格段に下がるに違いない。
だがどう見てもあの老人、ジリア王の発言を無視できるほどの権力の持ち主である事は間違いない。ジリア王の祖父、またはそれに近い人物か……。どっちにしろ現状打開策を思いつかない交渉よりも、可能性がある『試し』だろう。
老人の後を少し遅れてススムも付いてゆく。
〇
少し歩くと随分と長い階段を上っていた。どうやら先ほどの場所は地下にあったようで今は地上への道にいるらしい。それにしても驚くのは前方で会談を上る老人だ。先ほどから全くペースが落ちていない。あの外見は虚構な物で中身は若い獣人でも詰まっているのかと思うほど軽やかにあの足を進める。
しばらくして会談が終わり踊り出たのは見た事のあるような光景だった。
円形に広い場、その周りを囲むように反り断つ壁、壁の向こうは中央を囲む席がズラリと、似ているのだ…少し前にススムが出場した冒険者の大会、その会場となった闘技場に。
「うむ、やはりここかの」
闘技場の真ん中へ進んだ老人はこちらへと振り返りその目にススムを捉える。
「ふむ……なるほど」
品定めするかの様にススムの足先から頭のてっぺんまでを眺める。
「おい、ワシの秘蔵の装備。あれを燃料としてこの闘技場の障壁、強化魔法、全てを限界まで強化せい」
「な、なにをおっしゃっているんですか! あれは国宝級の物です。こんな事に使っていいわけが……」
いつの間にか観客席に来ていたジリア王が驚愕の声を上げる。おそらくエレベーターか何かしらの方法で先程の地下からこの地上の観客席まで来たのだろう。王の隣にララスも居るが取り巻き達の姿が見当たらなかった。つまりこの場には観客席のシリア王とララス、闘技場のススムと老獣人、その四人しかいないのだ。
「いいから、早くせい」
「……わかりました」
やはりあのジリア王もこの老人には逆らえないようで王自らが観客舞台から降りる。しばらくすると闘技場を囲む魔法壁が徐々に上昇を始める。魔法については詳しくわからないススムだがあたりを囲む魔素が明らかに濃い。
「これで準備は完了かの」
「えっと……これから何をするのでしょうか?」
「おや? ここまでお膳立てしてわからないか。 手合わせじゃよ、小僧とワシで」
「「なっ!!」」
観客席から王とララスの驚く声が聞こえる。それも尋常が無いほどの驚きであった。
「はい? 手合わせはわかりますが流石にあなたのようなご老体には……」
「まだ目が覚めんか…なら」
老人がニヤリと不敵な笑みを浮かべる。その瞬間…ススムの全身に今までにないほどの寒気が走った。強制的に筋肉は硬直し、汗が噴き出す。ススムの全神経が最大限で警鐘を鳴らしたのだ。
この”男”はヤバイ、と
ススムはいきなり『神断流』の構えを取るが…時すでに遅し。
遥か前方にいた筈の老人は目の前へと踊り出ていた。
「『戦士』としての貴様を叩き起こそうか!!」
その場で回転した男は上からススムに向けて足を振り下ろす。普通の攻撃程度では今のススムにとっては赤子の手をひねるのと同じ、それも老体から繰り出される攻撃など取るに足らない筈……の筈なのだ。
(速い!!)
ススムが目視で捉える事ができたのはかろうじて足を振り下ろそうとしている事だけ、それほどの速さで踵落としが繰り出されたのだ。
(ダメだ、これは『花』が間に合わない…なら、止める!!)
真正面から受け止める決断をしたススム、それは正しい判断である。一見、強力な攻撃の踵落としだが明確な弱点がある。
それは攻撃後の隙。完全な無防備状態を作る踵落としは止められると少しの間無防備な状態ができるのだ。それが更に空中に浮きながらの物だとしたら更に隙が大きくなる。
だがそんなススムの目録は大きく外れることとなった。
ミシミシと骨身が軋む音が聞こえ、足回りの地面が大きく一段くぼみクロスし防御した腕が徐々に胴体の方へと押し下げられる。
そうススムが”力負け”しているのである。
そんな攻撃も直ぐに次へとシフトする。わずかに地面に落下するその間、その瞬間に更に空中で体を回転させ今度はススムのがら空きとなった胴体に回し蹴りが直撃した。
「ゴハッ!!」
メリメリとススムの肉体にめり込んだ脚の勢いは伝達され蹴り出される形ではじけ飛ぶ。
闘技場の上空に張られた魔法壁にめり込む事になったススムは自らの口から血が出ている事に気が付く。それは師であるアークとの最後の試験以来初めての傷であった。
「よく飛ぶの~、軽い軽い」
そんな軽口を言いながら男は自らの体の調子を確かめるように体の動きを確認していく。
めり込んだ魔法壁が自ら修復されそれに押し出されるようにススムは地面へと落下、吹き飛んだダメージの割にはしっかりとその足を地面に付ける。
「あんた…まさか」
口から滴り落ちる血を拭い去りながら睨み付ける。
「確かめるか……」
今度はススムが攻撃を仕掛けた。老人と同じように足を振り上げる、やられた事をやり返すこの攻撃に老人は先程のススムと同じように腕をクロスして防御した。
「はぁぁぁぁぁぁ!!」
振り下ろされる一撃は周りの地面ごと老人を下へとめり込める。だが先ほどと決定的に違う事がある。全く男の体制はぶれていない、防御した腕は堅くその場にあり続ける。
自分の攻撃が防がれた事実に一瞬、そう一瞬だけススムは息をのむ。その瞬間を相手は見逃しはしなかった。
足を掴み取られたススムはこん棒でも振り下ろすかのように叩きつけられる。その寸前、拘束を外す為に瞬間的な『雷虎』を発動し振りほどく事には成功していた。
腕の力で地面を押し、その場から取り合え離脱を図る。身構えた次の攻撃につなげられなかった時点でススムの負け、である。
「なんなんだ…あなたからは強者が放つはずの『気』を感じ取れない。どうやって攻撃を……」
「ほう、やはり気を感じ取れるのか。答えは簡単じゃよ、気を感じ取れないなら、気を抑えてるに決まっておろうが」
「気を抑える…つまり貴方は…」
ススムと同じ力を持っているのだ。気によって発頸を鍛えれば限界以上の力を出す事もできる。それを行っているならば先ほどの怪力も理解はできるが……。
「はぁ、まだ小僧ではなく餓鬼だったか? 気が読めるなら魂の大きさぐらい感知してみせい」
「魂の…感知?」
「それでもアークの弟子か」
「っ!!」
ススムの拳が更に強く握られる。自身があのアークの弟子、と伝えた事があるのはニア姉さんとセントリアの王族しかいないはずである。王族からその話が広がる事はあるかもしれないがいくら何でも隣国まで伝わっているわけがない。
いや、もう一人いる。リリスだ。
「あなた…まさかリリスの仲間か」
「はぁ……?」
今までにやけ、こちらを嘲笑するかのように話してきた男が初めて怒りの言葉を口にした。その声はススムですら全身の毛が逆立ち緊張が走る。
「あんな羽虫と仲間じゃと? 冗談でもそんな事は二度と咆えるな」
羽虫、つまりリリスが妖精族である事を知っており、まるで『親の仇』かのように憎む。そんな人物”あの6人”の中にしかいない。
「まさか貴方は”六天”の一人…ですか?」
「ようやく気がついたかアークの弟子よ。ワシは初代ジリア連合獣国国王にして”六天”に一員。名をベギルと言う」
「ベギル……」
その名は英雄アークの本には嫌というほどに登場してくる名だ。アークのライバルとしてその実力を互いに切磋琢磨した間柄である。だが――
「ありえない。ニア姉さんやアーク師匠、リリスが500年生き延びているのはわかる。長命のエルフに不老の妖精族、『仙術』の代償による延命。それらで生き伸びるのはわかるけど……まさかベギル…さん、貴方も『仙術』を使えるんですか!?」
「『仙術』? あんな技覚えても使うわけなかろうが。ワシのは気による老化の抑止、つまりただの長生きのじじいじゃ」
「それになぜ私がアーク師匠の弟子だとお分かりに?」
「そんなの、あやつの匂いを付けていればそうとしか考えられんじゃろ」
実際この方が言っている事は筋は通っている。気には生命の生きようとする力、生命力を増加させる事もできる。それによって老化を遅らせる事はできるが……まさか500年も生きることが出来るなんて、いったいどれだけの気を操ればそんな事ができるのだろう。
「まったく、久しぶりに領域内に生きの良い者が来たと思ったらアークの匂いを付け、それに微かにあの万年処女エルフの匂いまでする。そんな人間、血沸き肉躍って試してみたくなるだろうが」
ニヤリとベギルは笑う。
(あぁ……この人”六天”だわ。笑い方が師匠とニア姉さんと一緒だ…悪だくみの方の)
だがこれで互いに正体が判明したはずだ。それに実力なら先ほどの攻防で――
「おっと、口を開きすぎたの。続きをしようか」
「えっ!? もう正体もわかったから戦いはいいんじゃ……」
「そんなつまらんこと言うでないよ。こんな上物の相手、逃がすわけが無かろうが」
更に楽しそうにベギルは笑う。
その笑みは修行といって下層へと突き落としたアーク、面倒だからと王族に売ったニア、その両名にそっくりであった。
ベギル登場!!
またやっちまった…六天メンバーがどんどん狂人が増えていく…。
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