46 一通の知らせ
「はいまた乱れた。もう一度」
「クソッ……」
ススムは両手を宙にある見えないボールでも掴むかの如く構えたままの姿勢で座り続け二時間。
再び意識を集中させススムの体内に微量しかないに魔力の流れを感じ取り手元へと集めていく。微かな魔力は微熱と共に心臓のあたりから肩、腕を通り手の平へ収束していく。
ススムのステータス、魔力5の力で集められた全魔力を手元に集めると……そこにはゴルフボール程の大きさしかなく儚く淡い発光をする魔力の玉が作られるだけだった。
「そうそう、その調子♪ そのまま二十分は継続してみようか」
「に、二十分?!」
「ほらほら無駄口叩かない。魔力が霧散してるよ」
二時間をかけてやっとのことで完成した魔力玉の持続時間の長さに驚いたススムだったがすぐに手元に集中を再開していた。
ここは貴族街に入った場所のとある一軒家の地下室。差し込む光は天井近くにある小さな小窓のみ。薄暗い室内を魔道具の照明で補う事で手元まではっきりと見る事ができる。ニアの魔法によって補強と防音が完璧になされたこの室内はススムも”全力”を出さないと破れないと思うほどの完璧さであった。
「それにしてもよくこんな一軒家を持ってますね」
手元に魔力を集めながらススムは口を開く。段々と魔力の流れを感じ取りそれを意識的ではなく感覚で行い始めている証拠でもある。
「だって私この王都で何百年働いてるのよ? 普通の仕事をしていてもこれぐらいの家を建てる資金ぐらい貯まるよ」
「……それもそうか」
「まぁ、貴族街に土地を持つ事は普通できないんだけどね……」
思わせぶりな台詞を出してニアが口を閉じる。内心続きが気になるススムであるが好奇心を持って話をふると関心と共に集中力も持って行かれそうな気がするため、二十分の課題を超える事を優先させススムも口を閉じる。
「それにしてもススム君は……本当にとんでもないね」
「?」
「まだ魔法の指導を始めて一か月。間に色々あって実質は一週間も指導の時間は取れてないのに君は……いえ、これ以上は言わない。多分アイツも同じ事を言ってるだろうから」
通常、魔法は生成、流動、集中、式の構成、発動。このプロセスが必要である。だがこれはステータスを通す事で生成のみを自らが行い後はステータスの力が代行する。
簡略化され便利になったプロセスを逆向し、アナログなやり方で魔法を得とくしようとする者など物好きしかいない。だが、ステータスの恩恵を全く受けられないススムにとっては唯一の魔法発動の手段であった。
ニアが驚愕しているのはその吸収の速さであった。
通常の人がこの方法で魔法を使用すると流動に一年、集中に半年、式の構築に一年と半年、十分な発動まで含めると合計で四年以上の修練は必要である……はずなのだがススムはここ一週間で既に流動を感じ取れるようになりつい先ほど成功した集中も既に無意識下で行いつつある。
成長の速さが”化け物”。よくススムが師であるアークに言われた言葉であった。今新しくススムの師に着いたニアも同様の感想を抱いたのだ。
「けどそもそも僕は魔力が5しかないんですよ、それでどうやって魔法を使うんですか?」
ススムの疑問ももっともである。王立騎士学校の図書館で見た魔法の書物にはあらゆる魔法の名と必要な魔力量も記載されていた。その中で自分が行使することが出来る魔法は存在しなかったはず。
「う~ん、それは考え方自体が違うかな。君は今、何を扱っているのか、それを理解することも魔法を行使する上で大切な事だし」
「考え方……」
あの『六天』の一人、フィルニア・エル・クラリスに教えてもらっている時点でそれは凄い事なのだが彼女はいままで一言もススムに『魔法は行使できない』などは言われなかった。なら弟子はただそれを信じ教えを乞うのみ。
「やっぱり君は覚えが良いね。これは教えがいがありそう♪ 今度はその魔力玉を両手に一つづつ作って。それからどんどん数を増やそうか」
「えっ!? ただこれを作ればいいんじゃ……」
「いくら覚えが早くてもちゃんと魔法を使えるようになるまでまだまだかかるよ。ほら集中! 集中!」
〇
頭上から外気温よりも低く冷たい水が浴びせられる事でおぼろげになりつつあった意識が引き戻される。今日の魔法の鍛練を終えたススムはニアの家の庭にて水浴びをしていた。
「ふ~、魔力を使うのがここまで精神的に疲労するなんて……」
「それはそうよ。魔力って言ってしまえば生命エネルギーなわけだから使い続けると体ではなく心や精神に負担がかかるの」
ススムの隣で煉瓦で作られた花壇の縁に腰を下ろしているニアは髪を風になびかせる。
「それにしても君は良い体してるね…」
「そうですか? 僕が泊まってる宿屋の娘にも同じ事を言われました。珍しいんですかね」
「君は……もしかして天然のたらし、かしら」
「?」
「まぁいいわ」とニアは話しを区切る。
ススム自身自覚は無いが『白銀』と二つ名が付けられ、王都での名声が上がっている。王都外の町々でも『白銀』の名は広がりつつある。
だがそんな事に興味も無いススムは先程までの話しに戻す。
「ニア姉さん、あとどれくらいで僕は魔法が使えると思います?」
「どうだろう……魔術式の構築は全工程の中でも最も難しい所だし、いくら君でもある程度時間がかかると思った方がいいと思う」
「結構今の段階でもいっぱいいっぱいなんですけどね……」
あの魔力玉の形成、二つまでは特に苦労する事なくできていたが三つ以上が鬼門であった。手の平から魔力を放出する事で魔力玉の形成はなされるがもちろん人の腕は二本しかない。ニア姉さんには存在しない腕を通して魔力を集めるイメージを言われたがこれは時間がかかりそうだ。
「ところでススム君、気づいた?」
「もちろん。てっきりそれを伝える為に水浴びを勧めてくれたんだと思ってました」
この家の敷地の外、石造りの道路を挟んだ向こう側の建物の路地。そこに何者かがこちらを窺っている。通行人にしては随分とニアとススムに向けられる視線。明らかにそれは”監視”と呼ばれる人だ。
「ニア姉さん何かしたんですか?」
「そんな事無いよ! ここ数百年は比較的おとなしく暮してたんだからね! ススム君はどうなのさ」
「僕は……王都に来てから色々としましたが監視を付けられる事程では……」
ススムは気による感知を始めて相手の情報を探り始める。
監視者の力量はほぼ無いに等しい、殺意も敵意も持っていないようでただこちらを見ている。
「敵意は無い……みたいですね。ただこちらを見ているだけ」
「もしかしてフォードの監視かな……」
「フォード…もしかしてエリナ達が僕の正体に気がついたとか……」
「それは無いんじゃないかな。冒険者ガドーの正体がススム君だってわかったらお嬢様達は直接やって来るわよ」
確かに。あのリナリー様がそこまで回りくどい手を使うとは思えない。
「多分私の事を監視していればススム君が現れるんじゃないかって思っているんじゃない? ほら、ススム君の現状を知ってるみたいな事を言っちゃたし」
「なるほど。それで監視ですか」
ススムは今仮面は外しているが右手の指輪は外していないので髪は変わらず白色のまま。この距離ならばはっきりと顔を見られる事もないだろうし、写真などの技術はまだこの世界には存在しない。
「面倒なら私が跡形も無く消し去るけど?」
「やめてください! やめてください! きっとフォードの関係者なんですから攻撃しないでくださいよ。ニア姉さんってたまに怖い事を言いますよね……」
「あら、これでも私は恋する乙女なんだから♪ ススム君の為に働いちゃうぞ!」
「ハイハイ、ありがとうございます……」
ススムとの将来を(強制的に)約束されているニアは楽しそうに笑っていた。それには一切の偽がない本当の感情からの笑顔であった。
するとススムはニアが一枚の封筒を手に持っているのに気がつく。
「あっこれ?」
ススムの視線に気がついたようでニアはその開封された封筒を持ち上げた。
「これねさっき届いていたんだけど、結構面倒な内容でね……」
「面倒ですか……僕も手伝いましょうか?」
ニアには日頃から世話になっている。それの少しでも恩返しとなるならとの思いで出た言葉だった。
「いいえ、これは普通の人には関われない案件で……」
そこでニアの口がとまり何かを思い出したかのように考えこむ。
「そうか、ススム君は私の弟子みたいな者だし……何より”アイツ”の弟子なんだから……」
考えがまとまったのか顔を上げたニアとススムの目が合う。
その時ススムに悪寒が走った。今しているニアの表情、その『面白い物』を見るような笑顔はかつて師であるアークに笑いながら『アビス』の階層を10階層程落とされた時とそっくりであった。
(あ……これはまずい)
「僕用事を思い出したんで今日は失礼しま~す」
「待って」
ニアの手がススムの腕を掴み逃げる事を許さない。
「ススム君…師匠からの頼み事、聞いてくれないかしら?」
「頼み事…ですか」
その声と目では命令にしか聞こえない、とススムは心の中で叫ぶ。
「実は私ね、この王都で住む代わりにある”契約”を昔のセントリア王国の王と交わしたの。でね、これが面倒で面倒で」
「王とですか」
何か話が嫌な方向へ行き始めススムが珍しく冷や汗をかく。
「この封筒がその”契約”を使って今の王様が私に王城まで来てくれって」
「な、なるほど……」
「それでなんだけど……君も一緒に来ない?」
「遠慮します!!」
内容も、何をするかもわからないがこれだけは言える、絶対に大変な目に遭うと。
「え~、エリナ様とリナリー様に毎日のように君の事聞かれて~。何も答えないのも心苦しいのにな~」
「うっ……」
正直ニア姉さんには申し訳ないとは思っている。自分の正体を隠す為に彼女達に対してまるで悪者のような振る舞いをさせてしまっている事に。
「お姉さんつらいよ~シクシク」
昔からニア姉さんに対してはどうしても強気に出ることが出来ない。彼女は人の良心に訴えかけるのが上手いのだ。
「わ、わかりました……王城に付いて行くだけでいいんですよね? それ以外は何もしなくてもいいんですよね?」
「うん! もちろん!」
(絶対に何かをさせるつもりだ……)
だが了解してしまった以上断るつもりは無い。なるべく権力が集まる場所には行きたくなかったのだが……。
「それで、どういった内容なんですか?」
「さぁ?」
「さぁって、知らないのに行くんですか!?」
「だって王様の召喚だもの。でも私がただのギルドの受付、ニアではなく『六天』フィルニア・エル・クラリスと知ってる数少ない人物だもの。つまりこれは――」
ニアは振り返り軽い言葉の如く言い放った。
「王国滅亡級の事態なんじゃない?」
実は46話から新しい章です。ネタバレ防止の為に次かその次で章を作りたいと思っています。
よろしければブクマと評価をお願いします!




