42 奪われた”者”
静かな平原、魔物も動物も人の流れもない王都から少し離れた南西の地。何も無いはずの平原を一つの影が豪速で飛んでいく。誰の目もない平原だからこそ気にすることなく走る事ができる。もっともススムの速度ではたとえ魔物だろうと人間だろうと捉える事はできない。
全力とまではいかないが疲れない程度の速さでススムは目的地の村へと向かう。
「……まさかこんなに早く会う事になるなんて」
先程、逃げるように出てきたギルドでの邂逅を思いかえす。
やはりエリナ達は自分の事を探していた。その事実は正直な話嬉しくはある。あの時仮面と指輪を外していれば……、あの時本当の事を言っていれば……。
そんな後悔とも言えない『もしも』を考えてしまうが、それは自分の…我道 ススムの心の脆弱さに等しい。一人で立つ為の力を手に入れた筈なのに彼女を、エリナ・フォードを頼る自分がいる。頼ったところで彼女に何ができると言うのか……リリスと戦う手助けをしてくれとでも言うつもりなのか。
あの『六天』の一人、アーク師匠さえも倒した者と直接相対しろと言うのか。そんな事言えるはずがないし、言いたくない。
やりたいようにやる。それが――
「俺の進む道だ」
〇
本来であれば馬車で一日かかるであろう道程、それを一時間もかからずに自らの足だけで走破した頃、目的の村が見えてくる。村の外観を見ると自分の出身の『タタカ村』を思い出す部分があった。周りに田畑、ただの木でできた柵、のどかな広がりがあの村を思い返す。
「キュイ~……」
頭上のシロはまだ走る速度に慣れていないようでぐったりとし、いつもなら上げている首を落としていた。
「シロ、疲れたならフードの中に入るか?」
「キュイ!」
ススムの提案に首を横に振って拒否を示す。是が非でも頭上に乗っていたいようで羽と足、尻尾まで使ってがっしりと頭にしがみつく。
「まっ、シロがそれでいいならいいんだが」
正直、フードの中に入って欲しかったが……。
王都の外にいる人間は基本的に魔物を恐れている。それは王都のような安全な防壁と強人に守られた場所と違い日々常に危険にさらされている村はどんな小さな魔物であろうと警戒を怠ることは無い。タタカ村では正体を晒して入っていた。知らない他人ではなく、元村の住人が連れていたからドラゴンであるシロは拒否される事も無かったのだろう。
だがこれから入る村は知人は誰も居ない。冒険者としての名だってまだこの村には届いているはずがないわけだから警戒をさせたくなかったのだが致し方ない。多少警戒されるだろうがそのまま村へと入る。
中へと入る、誰か依頼の話しを聞ける人物がいないかと探す……が人一人見つける事は出来なかった。
誰も外に出ていないのだ。
『気』の感知によって家の中には人の気配はする。だが――
「なんだ……この気配」
危険とも言えないが今までに感じたことのない種類の気によって何かが引っかかっていた。あえていうならそう、気持が悪い…だろうか
村の中央に到着した時、他の住宅より少し大きめの建物から一人の老婆がちょうど顔を出しこちらを窺っている。ススムは老婆に声をかけようと手を振り上げた。
「あの~すいません。ギルドで依頼を受けてきたのですが…その依頼主の村長さんはいらっしゃいませんか?」
「……依頼。あんた、冒険者かい?」
「はい、ガドーと申します」
老婆の視線が頭上のシロに向いている事に気が付く。やはりシロを警戒しているようだ。
「このドラゴンはテイムしてあるので襲う事はありませんよ」
「ほ、本当かい?」
警戒するのは仕方ないがどうもその警戒のレベルがおかしい。
五感が優れているススムにははっきりとわかる。体の半分を扉から見せている老婆、その体は小刻みに震え、そしてかすかに錆びた金属と血や生ものの匂いが老婆から漂っている。おそらくこれは日々肉などを切っている金属の匂いだろう。
おそらくあの反対の手には包丁を持っているはずだ。
村を訪ねて来た客人に対してする対応としてはいささか以上の警戒だ。
「安心してください。不安でしたらこのドラゴンは村の外に待機させておきますが」
「……わかったよ」
ギィと扉が開かれる。さっと後ろに隠したがやはり包丁を持っていた。
「とりあえず家に入っておくれ」
まだ警戒はされているが受け入れてもらえたススムは老婆の家へと入る。どことなくその家はマーサと暮らしたあの家と似ておりふと思い出が蘇りそうになるのを頭から振り払う。
「とりあえずここに座って待っていておくれ。今主人を連れてくるから」
「は、はい」
亭主を連れてくると言った老婆は家の外へと出て行く。どうやら今、家に居ないらしく外に出て行った老婆の足音が離れて行った。
一人と一匹となった空間にふと手編みの途中の服を見かけた、それはまるでマーサさんとの生活に戻ったかのように錯覚するがそれはもう戻れない『過去』である。マーサさん……我が母はもうこの世に居ないのだから。
昔の事を思い返していると何分程立ったころだろうか、先ほど老婆が出て行った扉が叩かれる。
「すまないね。来てくれないかい」
呼ばれたススムが外に出る。するとそこには何十人もの人が家の前に集まっていた。年寄りから子供まで老若男女が集まっている。全員の視線がススムへと向けられる。その視線は敵意とまでいかないが怪訝な視線である事には違いない。
代表とみられる老婆と同じほどの年齢の男性が一人歩み寄る。
「初めまして、私がこの村の村長をさせていただいております」
村の村長を名乗った老人の隣に先ほどの老婆が歩み寄り共に深くお辞儀をしていた。どうやらこの方が呼びにいった亭主はこの村の村長だったのだ。どうりでこの家は他に比べて少し大きいわけだ。
決して客人を迎えるのに適した豪華な造りをしているわけではないが、この村の中では地位的に上の者いが住む家であろう。
(だとするとこの家、このご夫婦が住むにはいささか大きすぎやしないか?)
家の中の様子を思い出す。食器の枚数、椅子の数、その他諸々の家具が二人で使用するには数が多い。ススムは最初、最低でも4人で住んでいると思っていたが……。
とりあえずの疑問は頭から拭い去る。
「どうも、依頼を受けて来たガドーと申します」
「失礼ですがガドー様はランクはいくつでいらっしゃいますか?」
「……Fランクです」
正直にススムが自分のランクを伝えたところざわざわと「Fランクだって」、「そんな駆け出しが勝てるわけが…」、「でも選り好みする状況では…」、と言った声が聞えて来た。
「お前達、この方は依頼にもなっていないのに来てくださったのだ。それなのにその態度は失礼だろう。」
村長の一喝によって村人達のざわつきも直ぐに治まる。Fランクでこの反応、おそらく簡単な仕事ではなさそうだ。
「申し訳ありませんガドー様……ギルドに依頼した際には依頼するにはお金が足りないと言われたのに…よろしいのですか?」
「え、まぁ構いません。そういう目的ではないので」
神による『運命』の力を感じたこの依頼は金銭面はもう関係なくなった。あの嫌な感じの真相を知る、その重要性がススムにはある。
「それよりも依頼内容を聞かせて頂けませんか? 私は悪魔型の魔物の退治、としか伺っておりませんが…」
「は、はい。実はその悪魔を討伐してほしいのです」
「それはどういった魔物なのですか?」
ススムも『アビス』の中で数種類の悪魔の魔物とは戦っていた。特徴などがあればある程度の種の絞り込みができるはず。
「……ガドー様、こちらに付いてきていただけますか?」
「? はい、わかりました」
いきなり案内が始まり村長に連れられ歩いてゆく。するとその場に居た村人全員がそのままススムの後ろに付いて来て結局全員での移動となっていた。
村長に案内されてある民家の前にやって来る。その民家の前に来ると焼け焦げた匂いがする。それもそのはず、家は半分が焼け崩れていた。
「これは……」
「この家は悪魔に破壊された物です」
悪魔の魔物に破壊された民家、だが不思議な点がある。この家の周りにも家はあるのに何故かこの家だけが破壊されていた。単純に村人を襲うならこのあたりがもっと悲惨な結果になっているはず。まるでこの家の住人を狙っているかのような――
「三日ほど前からこの村に悪魔はやって来るようになりました。その悪魔なんですが実は……人を…攫うんです」
「人攫いですか」
確かに人や買狩った獲物を自らの巣に連れて帰る魔物はいる。多少の知性があるオークやゴブリンと言った種などがそれに当たるが、悪魔型の魔物が人さらいをするとは昔見た魔物の本や師匠の話しでも聞いた事が無い。
「はい、一日に二、三人ほどを連れていくことを”要求”してくるんです」
「……”要求”?」
まるで魔物が会話をする程の知性を持っているかのような――
「その悪魔は……喋るのです」
「喋る……なるほど」
村長の真剣そうな声色から嘘を言っているとは思えない。そもそも足りない金額で依頼を出してまで嘘を付く必要なんてないだろう。それに討伐内容が”喋る魔物”なんて事信じてもらえるはずがない。内容が不明確だったのも説明できるだろう。
「その魔物の要求を拒むと……」
「このように村を破壊されると」
目の前にある焼けた家はその被害に遭ったという事なのだろう。
焼けた民家をよく見ると焼けた、というよりも溶けた状態に近いのかもしれない。木材は焼け落ちているが岩の壁が丸く穴が開き溶けている。
「今まで何人程が連れ去られていますか?」
「信じて頂けるのですか!? 昨日ギルドに依頼した時には門前払いをされたというのに……」
きっと”貴族用”のギルドに行ってしまったのだろう。あっちではこのような聞いたことのない依頼、しかも報酬の額も用意できない依頼など取り合ってすらくれない。でも”平民用”のギルドでは一応の形で受理はしてくれていたのか……。
「この惨状を見れば信じますよ。それで?」
「あ、はい! 最初に二人、二日目にも二人、昨日は三人でしたので七人です」
被害者の数を述べたところ後ろに付いて来た村人の中からすすり泣く音が聞こえる。連れ去られた者の形見を抱きしめる女性、母が居ないのかおじいさんに連れられる少年。彼らの親しい人を奪われた悲しみはススムは想像できるはずがない。
「私達の息子夫婦も……」
老婆はその先の言葉を続けることはできなかった。このご夫婦があの家に二人でいるわけが分かったようだ。口から洩れるように流れ出る嗚咽を老婆は手で押さえ悲しみとも一緒に抑え込もうとその場にうずくまる。旦那の村長は毅然としてススムに向き合っているように見えるが杖を掴む手、わずかな呼吸の乱れと動機の変化。
(この人も本当は泣き崩れたいのだろう)
もし自分の大切な人……エリナの命が失われたら、そんな事想像すらできない。
連れ去られた人達はどこへ行ったのか、その魔物はどれほどの強さか、そういった情報が欠如している今、首を縦に振る事は本来するべきではないのだろうが……。
「わかりました。今日はまだ魔物は来ていないのですね、なら私がその魔物を迎え撃ちましょう」
「ほ、本当ですか!?」
反抗的な態度をとると今この目の前にあるような民家の惨劇が起きるのは村人達の不安そうな顔を見ると伝わって来る。反抗さえしなければ今すぐに殺される事は無い…でもいつかは自分達の番が来るのが分かっているのだろう。そこにはかすかな希望に縋りつく希望の眼差しが有った。
「えぇ、実力だけは自身が有りますので」
〇
村人全員を外に避難させススムはただ一人悪魔を村のド真ん中に立ち待つ。
この場にいるのはススムと頭上のシロのみ。気による感知を続けてながらススムはこれまでの情報を整理していく。
まず、この依頼はどちらかの『神』の力、『運命』を操作する力の影響があるとみて間違いはないだろう。そしてあの嫌な感じ、明らかな人間への敵対行為から考えてまずリリスの仕業と考えて間違いはない。何より先ほどからシロが殺気立っている。
「シロ、落ち着け」
「グルルルル」
今まで可愛い声しか出さなかったシロから威嚇の音が発せられる。
次に考える点は連れ去られた村人の行栄だ。だがこれはこれからくる喋れる悪魔とやらに直接聞いた方が早そうだ。
すると気の探知に一つの反応が引っかかりどんどんとこちらに近づいてくる。上空から迫って来るその反応は明らかに人間の物とは別種であった。
「あれが……喋る悪魔」
ズドン
かなりの高さから目の前に降り立ったその魔物は人型はしているが身長が二メートルを超えており背中から蝙蝠の羽が生えていて頭部から横に伸びている角は禍々しさを増長させている。悪魔の鋭い赤い目がギロリと光るとシロが更に威嚇を放つ。
「オ前、ココノ人間デハ、ナイナ」
「っ……!」
本当に喋った。その事実にススムは驚きを隠せなかった。喋るという事は知性の証明に他ならない。つまり魔物には知性があって、自分はその肉を喰らっていたのかと……。
だがその考察を確定させるには早すぎる。
「村ノ人間ハ何処ダ、何処ニ隠シタ」
「いきなり質問か、ならこちらからも。連れて行った人達はどこだ」
互いに質問を投げつけ合いそのまま沈黙が流れる。
悪魔がニヤリと笑みを浮かべると口を開く。
「知リタイカ、ナラオ前ハ直グニ知ルゾ」
「はぁ? 何を言って――っ!!」
ススムは気による感知が目の前の魔物一体だけではない事に気が付く。それは一体、また一体と増えてゆき――
ススムを囲むように新たに”7体”の悪魔が飛んできたのだ。
だが驚くべき事はそこではない。知っている匂いがその悪魔からするのだ。つい先ほど嗅いだその匂い、あの家の中にあった、あのご夫婦に付いていた、そして連れ去られたはずの息子さんご夫婦の匂いが二体の悪魔から漂っている。
「こ、こんな事が……ありえるはずが…」
「オ前ノゴ所望ノ村人ダゾ」
きっとその時、喋る悪魔は満面の笑みで笑い。ススムは久々の殺意を出していた。
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