40 冒険者ガド―の初仕事。そして――
まだ誰も起きていない早朝。
朝日の光が王都を囲む壁から見えてくる頃、ある宿の裏庭にススムは居た。
『神断流』の型を確かめるように朝の鍛練をしているススムは拳の一振りごとに今までの事を振り返っている。
”滅び”の魔王復活を阻止する為に『勇者』のエリナの命を狙うリリス。リリスを阻止する事がアーク師匠の望みでもあり自分の願望でもある。
だが、ニア姉さんにも言われた。今のままでは前魔王の力と”神”の神核を取り込んだリリスには適わないと……そのためにも神断流をもっと極め、姉さんの元で魔法の指導を受けながらリリスがエリナを狙った企みを阻止していくのが今やるべき事。
エリナ、王都のに帰って来た日にちらっとだけその姿を見た。とても美しい女性になったエリナに危険が迫っている……
ブワッっと拳と共に砂煙が舞う。
「ふぅ……まだまだだな。集中が乱れた」
「ご、ごめんなさい! 邪魔するつもりは無かったの」
まだ起きている人が少ない早朝に聞こえるはずのない女の子の声が聞え、声の主の方を向くと一人の少女が裏庭の入り口からこちらをうかがっていた。確か宿屋の一人娘の――。
「ラナちゃんだっけ? あ、いや。君の事じゃないよ」
確か歳は二つしたなので12歳だったはず……。まだあどけなさが抜けきっていない感じのラナちゃんはこの歳でもう実家の宿屋の手伝いをしている。
気による探知は特に行っていなかったのでいつの間にかに朝の鍛練を見ていたようだ。
「もしかしてここ使っちゃまずかったかな? 終わったらそこの井戸で水浴びしようと思ってたんだけど……」
「い、いえ! 大丈夫だと思います!」
ラナちゃんは何故か顔が少し赤く高揚していた。それもそのはず、鍛練後直ぐに水浴びをするつもりであったススムは今上半身裸である。12歳の男を全く知らない女の子にとってはまだ刺激の強い。だがそんな女の子のデリケートな心情など知る由もないススムは服を着る事はない。
「ガ、ガドーさん昨日もそうやって朝にやってましたね」
「昨日のも見てたんだ…。師匠の教えでね。こうやって毎日しているのさ」
「す、凄い事だと思います。お師匠様の教えをちゃんと守っているなんて!」
ラナからしてもばススムは珍しい客人だった。歳も自分と近いのに一人で宿に泊まっている冒険者、それは好奇心旺盛な年ごろの娘からすると興味の対象になる。
宿の影から出てきたラナの手には木製のバスケットを持っていて中には朝食で出されるであろうパンが入っていた。
「あ、これですか?」
ススムは今は仮面をつけていないので視線に気が付いたのか見せる為にラナは近くへと寄る。
「もうすぐ朝食を作るので待っていてくださいね!」
「あぁ、ありがとうね。この宿のご飯はおいしいから楽しみだよ」
「わ、私もご飯作るの手伝ってます!」
「そうなんだ、それは楽しみが増えるよ」
そんなよくある世辞を言いながら互いに笑い合う。
するとラナちゃんの視線がススムの腹部に集まっている事に気がつく。今のススムは上半身が裸のためラナちゃんの目はススムの筋肉に注がれた。
「ガド―さんって……すごく締まった体してますよね…」
そうつぶやきながらラナちゃんはススムの体に触れ始める。
確かに魔物の肉の効果によって今のススムは細い体を維持しながら凄まじい身体能力を得ている。その体にある筋肉は全て大量の筋肉繊維が圧縮された物である為に誰が見ても”いい肉体”をしていた。
大抵の者はスキルによって剣を振るう力や腕力を得ているため肉体を鍛えている者は少ない。それに戦闘職でない者が力を得ようとすると必然的に筋肉は盛り上がっていくのでしなやかな体をしながらしっかりと割れた筋肉を持っている今のススムの肉体は異性に興味が出始めた女の子には興味の対象になっていた。
「凄い……」
一人ペタペタと夢中になって触り続けるラナ。
「あの……流石に恥ずかしい…かな?」
「え…っ?」
ラナが顔を上げると視線がススムとぶつかる。次第に自分がどれだけ大胆かつ恥ずかしい事をしているか理解したようで顔が真っ赤に染まっていく。
「えっ、いや、これは…そうじゃなくて。ご、ごめんなさ~い!!」
「……?」
ススム自身は気が付いていないがこの四年で成長した身長は既に一般的な成人男性に近くなり、引き締まった肉体と整った顔立ちを持ったススムは世に言う『カッコいい』部類の男に入っていたのだ。
「なんだろ……まぁいいか」
そんなことに興味すらないススムは再び鍛練を始める。
〇
日も上がった頃、ススムはギルドへと足を運んでいた。
受付の人にニア姉さんを呼んでもらうように伝えるとその人が裏へと下がっていく。昔と比べて活気がなくなったギルドの中にいると昨日の大会で聞いた事が思い出される。
第二王子がおいしい依頼を貴族用のギルドに持って行き今この平民用のギルドに回って来るのは皆が手を出さない危ない物ばかりだと。
今のギルドの現状を憂いていると一人の受付嬢と目が合った。確かあの人は――
「おお!お前はこの前のギャドーだにゃ!」
獣人の受付嬢が脱兎のごとく目の前にやって来た。
「ガドーですよ……にしてもよく俺だってわかりましたね」
初めて会った時は黒髪で仮面も付けていなかったはず。そして今は呪いの指輪で髪は白色に、仮面をつけているから同じ人だと見破られた事に驚く。
「獣人の鼻をなめるにゃよ? 髪を染めようと匂いが同じだからわかるにゃ!」
「匂いですか…」
四年半サバイバル生活をしてきたので匂いの判断には自信があったのだが自分から発せられる匂いは考えていなかった。
「でも少ししか会っていないのに…」
「お前からはいい匂いがするんだにゃ……強いオスが発する匂いがプンプンと…」
「……?」
強い者が発する匂いという物があるのだろうか?
「ジジ、お客様に迷惑をかけてはいませんよ」
ふと声が聞こえておくからニアが出てくるが、ジジと呼ばれた獣人の子がススムにすり寄っている現状に不満があるのか威圧の波動が伝わって来る。だがそれを感じ取っているのはススムだけのようでジジは変わらず明るく場を茶化す。
「ニア先輩! この男はニア先輩の燕かにゃ!? にゃっにゃっにゃっ」
「……」
楽しそうに茶化しているジジだがニア姉さんの表情は笑っているが目が全く笑っていない。
「ジジ、報告書の書類整理を一人でやっといてくださいね」
「にゃはは……。嘘でしょ? え、嘘でしょ!?」
しょんぼりとうなだれたジジが山のように積まれた書類のもとへと向かっていった。
「こんにちわガドーさん」
「こ、こんにちわ」
その背筋が凍る視線にニアがススムを自分の好む男にするため、つまり自身の男にするつもりでいることを思い出す。
「それで何の用かしら?」
「いえ……冒険者らしい事をしようかなと思いまして」
昨日の大会で得た賞金はもれなくニアとのデート代へと消えて行ったのだ。前世の日本でも見たことないような豪華な店に連れていかれた時は肝が冷えた。
そのせいで王都で生活していくための生活費用を工面する必要がある。
「あれ?君魔石とか持ってなかったっけ?」
「ええ、一応『アビス』で採れた魔石は持ってますけど、あれは緊急用に取っておきたいんです。もしもの時の為に」
「そうね、それが良いかも。あの魔石だと多分このギルドに置いてある換金用の金貨をごっそり持って行かれるから私達としてもそうしてもらいたいわ」
「……ちなみにあの魔石だとどれぐらいの値段になるんですか?」
参考程度に聞いておく。
「あれだと多分最低でも金貨1000枚かな」
「せっ……! あの袋全部の魔石でですか?」
「いえ、魔石”1個”で1000よ」
ススムは自分の懐に括り付けてあるアイテムボックスの袋の口を開き中を確認する。そこにいは4年半で集めた魔石がわんさかと詰まっていた。
「……普通に仕事をしたいと思います……」
「そうね、それでお願い。それで今の君に頼める仕事なんだけどね……」
手元のカウンターにいくつか書類が並べられる。その内容に目を通していくがそこに書いてある事に違和感を覚えた。
「これ、まともな依頼が無いですね……」
「そうね、特に今は初心者用の依頼はほぼほぼ”こっち”のギルドには回ってきてないかな」
”こっち”のギルドという事は”あちら”のギルドにはその手の依頼はあるのだろう。
「これじゃぁいくら頑張っても日銭を稼ぐのが精一杯じゃないか……」
昔ススムが受けていた店の手伝いといった冒険者らしくない依頼しかない。
「……実は少しマシな依頼があるんだけど……見てみる?」
随分と含んだ言い方をするニア。カウンターの下から1枚の書類をススムに見せる。
その瞬間ススムの背筋に悪寒が走る。どうやら上にいるシロを同じように何かを感じ取ったようにススムの頭をぺシぺシと叩く。
(これは……『運命』の力か……)
シロと会ってからリリスか『神』が行った『運命』の操作を感じ取れるようになっていた為この書類はススムにとっては大きな意味を持っていることになる。
「村に出没する悪魔対峙ですか」
「うん、どんな悪魔型の魔物か判明してないし村が用意した報酬も最低額にも達していない。依頼として張り出すわけにもいかなかったんだけど……どう? 受けてみる?」
「受けます」
ニアの提案にススムは即答だった。たとえこれがリリスの罠だとしても企みである事には違いない。自分の動向が相手に知られていない今、彼女の思惑を知るいい機会である。もし『神』の力だとするとシロがここまで警戒する事は無いだろう。つまりこれは―~
「本来、依頼にできない仕事は冒険者を向かわせられないんだけど君だったら大丈夫だよね。私からギルド長に言っておいてあげるよ」
「ありがとうございます。じゃさっそくこの村に――」
その時、静かな室内にざわめきが生まれる。周りを見るとギルドにいる冒険者の皆が入り口の方を向いている。自分に相対しているニアの顔に驚愕も見られた。恐る恐るススムは後ろを振り返る。
皆が驚くのも当然である。
視線を集めるのも必然である。
だがこの場にいる誰よりもススムは驚き、体が硬直した。
意図せず自然と彼女の名を呟く――
「……エリナ」
突如ギルドに現れたエリナ、再開する二人、これが書きたかった……
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