36 八年前の約束
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「それでこれから何するとか予定はあるの?」
応接室を出ながらニアと今後の予定を話し合う。
「とりあえず今日はこれからしなくていけない約束があるので…その…デートは明日でいいですか?」
「私は別に良いけど、約束っていつの?」
「そうですね……8年前の約束です」
ニアには分からない話である。ギルドの広場まで戻った二人は再び受付嬢と冒険者という立場へと戻った。カウンター越しにニアが体を乗り出しススムの耳元で囁いた。
「それじゃ、明日中央広場で待ってるからね。来なかったら……」
「来なかったら?」
ニッコリと営業スマイルのニア。だがうっすらと開いた眼光はススムに突き刺さっていた。「来なかったら許さい」だろうな……。
「わ、分かってますよ」
ニアに別れを告げてギルドから出ようとした時に獣人族の新人受付のジジがいつの間にかに背後に立っていた。
「にゃんですか! にゃんですか! そういう関係ですかにゃ!?」
「ジジ。お客様に失礼ですよ」
首根っこを掴まれ受付の奥へと引きずりこまれていく。
「アッハハハ」
ススムは久しぶりに偽りなく笑っていた。
〇
ギルドから出てススムはフードを脱ぎ取る。指輪に追加の能力を付与してくれたおかげでもう髪は白色なので隠す必要のない、そのため堂々と道を歩く事ができるのだった。
バシィ
思いっきり頬を両手で叩いたススムはそれによって気合を入れなおす。
「よし! 行くか!」
そのまま貴族街の方へと歩みを進めて行く。
目的の場まで道のりでは走馬灯のようにかつてこの道を傷だらけで歩きながら逃げて行った時の自分がうっすらと見える。折れた腕、えぐられた肉、その痛みの中でこの道を一人暗闇の王都から逃げ延びた小さい体の少年。
ふと傷だらけの体を休めるため体をよりかけた街灯の魔具が目に入った。自分が肩を付けて休んでいたところには自分の手配書が張られている。
この貴族街はススムを陥れた社会体系その物が具現化したようにも思えた。でもそんな理不尽に負けないように自分は力を付けたのだ。ここで怯えていては師匠に笑われてしまう。
歩みを止めることなくススムは目的の館の前に到着していた。
「……フォード邸」
ススムがかつて数日だけ止まった事のある館。エリナとリナリーは王城へ呼ばれている筈なので今しかチャンスはないと思いやって来た。
〇
「これが良いだろうか……いや舞踏会にはこっちの方が……」
フォード邸の一室にて主は衣装合わせに困っているようだった。娘達が王都外の魔物討伐に成功し凱旋して王城の舞踏会へと招かれた、それではフォード家当主が参加しないわけにはいかないので急きょ衣装を選んでいるのであった。
「どうだ!? これなどが良いだろうか」
赤をベースとした紳士服に身を包んだフレイドは御付きの初老の執事に意見を問う。
「はい。そちらでしたらご主人様の髪の色と会っていてよろしいかと」
「うむ。ならばこれにしよう」
王城に向かうまでに幾分か時間がある為簡単な執務でも片付けてしまおうかとした時、部屋のドアがノックされる。執事がドアの前まで赴きノックの相手と会話を交わす。
「ご主人様、少し問題が起きたので失礼しても」
「構わん」
深々とお辞儀をすると執事はドアから出てゆく。
ドアの前を小走りで移動している事からそれなりに大きな出来事だろうとフレイドは推測できた。だが初老の執事が主人に問題の内容を伝えなかったのはおそらくフレイド自身が抱えている心配事を考えての事である。
先日、タタカ村の弟フロストから手紙ではなく緊急用の魔道通信にて衝撃の連絡が飛んできたのだ。
ススム君が生きていた、と。
タタカ村に現れた彼は保護者のマーサさんを看取ると直ぐにどこかへ行ってしまったそうだが問題はそこである。
この事を娘達に伝えて良いものか迷っていたのだ。もし伝えれば生きている事には歓喜するだろうが彼の消息がつかめない事にまた消沈してしまうだろう。ならばここはある程度自分で調べてから彼女達に伝えるべきなのではないかと考えていたのだ。
「どうしたものか……」
椅子に深く腰掛けススムの情報を伝えるかどうか悩んでいた時――
「ご、ご主人様! あ、あのですね…」
慌てた様子で執事がドアの向こうから語り掛ける。
「どうした、そんなに大きな問題か?」
「いいえ、問題というか……と、とにかくお連れしました」
(連れてきた? 来客の予定など無かったはずだが……)
扉が開かれると一人の男が入室してきた。
その姿にフレイドは息をすることも忘れてしまっていた。”黒い”髪をした14歳ほどの青年。その人は深々とお辞儀をすると――
「お久しぶりです。フレイド様」
「ス、ススム……なのか?」
「はい」
すっかり成長していたがススムには昔の面影が残っていた。椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上げるとススムに駆け寄り力一杯抱擁をする。
「よく……よく生きていてくれた! 言いたい事は沢山あるがとにかくよく生きていてくれた!!」
ボロボロと男泣きをしながら抱擁を続けている。
「と、とにかくエリナとリナリーを呼んで知らせなければ!」
意気揚々と誰かにこの事を伝えて二人を王城から呼ぼうとした時、ガシッっとススムはフレイドの腕を掴んでいた。
「フレイド様、本日は約束を果たしに来ました」
「や、約束?」
せっかくの帰還だというのに少しも笑っていないススムの顔を見てフレイドも段々と事の重さに気が付いていく。腰のベルトから一つの皮でくるまれた物を取り出す。皮からは一本棒のようなものが飛び出ていてまるで剣の握りのように……。
「これを返しに参りました」
片膝をついてススムはかつてフレイドから借り受けたフォード家の短剣を掲げ上げる。その短剣を受け取ることでその異様さにフレイドも気が付いた。
持ち手の部分は乾いた血のりで真っ赤に変わり、刃はあらゆる部分が刃こぼれし曲がっている部分もあった。その様子からこの短剣を酷使したことが伝わって来たのだ……。
「こ、これは……」
「かつてフレイド様は私におっしゃいました。成人となった時にこの剣を返しに来るようにと」
ススムにとってこれは、これだけは自分の、黒髪の姿で行わなければならない約束だった。姿を見せずに剣だけ返す事もできる。白い髪の冒険者ガドーとしてススムの代理として会う事だってできた。だとしてもこの約束はススム本人として行わなければならない事だとススムは考えていた。
「フォード家の教えのとうり僕は一人で立つだけの力を手に入れました。もう僕はこの剣の力を借りる事なくこれからの道を進んで行きます」
「つまり君はフォード家との…関係を断つと言いたいのか?」
「いえ、私はあなた方と共に居たいと思う気持ちはあります。ですがそうするわけにはいかない理由があるのです」
「理由……」
フレイドが真っ先に思う付いていたのは王都中に張られている手配書、あれだけの枚数を張られていたらススムの目に入っていないはずがない。レイガスト家の対立にフォードを巻き込まないようにするススムの判断だとフレイドは思った。
だが実際は別の理由が大きいのだ。リリスとの対立は影からエリナを守る方が動きやすいと考えた結果結果だった。どうせススムが生きている事はタタカ村で知られている。ならフレイド様の前にでようと特に問題は無い。
「どうかお二人に『勇者』と『魔導士』としての成長を応援しているとお伝えください」
立ち上がり踵を返すように部屋から退出しようとドアに手をかける。
「娘達にはもう会わないつもりなのか」
「……必要であれば……」
「ススム……君は本当に一人で生きていくのか?」
取っ手にかけた手が止まる。
「いつか……いつかはフォードの元へと戻ってきますので心配しないでください! ”大丈夫”です」
〇
ススムはフォード邸を後にして路地裏に入っていた。すると上空からシロがススムの頭の上にパタパタと舞い降りてくる。
「待たせたなシロ。用事は済んだよ」
「キュイ?」
こちらを心配するように声を上げるシロ。やはりシロはススムの感情の変化に敏感である。
正直なところあそこで何もかも話してフォード家の庇護下に入りエリナとリナリーに正面から会いたいという気持ちが湧いて来た。でもそれは四年半前の自分と何も変わらない……何の為に王都を出たのか、何の為にアークに弟子入りをしたのか、それは自分自身の力でこの世界で生きていく為である。
「もう後戻りできないんだ! 今日から新しい人生を歩まなきゃな! ……でどこか従魔も泊まれる宿を探さないと……」
「キュイ!」
呪いの指輪を装着したことで白髪へと変わり、一人と一匹は共に館から離れていく。
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