32 誰が為の涙
太陽の日差しが降り注ぐ中、一人の村人が自分の畑を桑で耕す。新しく作物を育てる土壌を作るためにせっせと桑を振り下ろす。
そんな作業の手が止まった。
「ふ~これで今日の分の仕事はこんなもんかな」
タタカ村の傍にある畑に一人の農作業を終えようとしている村人は自分の家が耕した畑の手入れと作業を終え農具を担いで村の中へと歩みを進めていた。
「もうすぐ日が暮れちまうな」
そう呑気につぶやいた次の瞬間。
ズドォォン
今の今まで自分が耕していた畑に正体不明の爆音と共に土煙が舞い上がり爆散していた。
「うぉ な、なんだ」
ペタペタと柔らかい耕した土が地面へと叩きつけられ次第に土煙が晴れてくる。その中心には頭に白いドラゴンの子供を乗せた黒髪の男性、ススムが立っていた。
「ハァ、ハァ、ハァ」
全速力で駆けてきたススの肩は呼吸に合わせて上下していたがそれもすぐに治まり普段の呼吸リズムへと戻っている。
タタカ村はセントリア王国の西部に位置している。そのため王国の東の果てにあった『アビス』からは相当距離がある……はずなのだが馬車で移動しようものなら三週間はかかる道程をススムは半日で到達してみせた。
止まる事なく途中の町に立ち寄らず、魔物も無視し、一直線にタタカ村を目指したススムは瞬間移動を使ったかの如くの速度を叩き出していたのだ。
「お、お前誰だ!?」
いきなり土煙と共に現れたススムに震えながら農具の桑を向ける村人、そんな人にススムは見覚えがあった。
「……おじさん、おじさんじゃないですか! やっぱりここはタタカ村か」
「何なんだお前、タタカ村に何かしようなら俺が黙ってないぞ」
震えながら農具を向ける村人、昔ススムがよく手伝いをしていた近所のおじさんである。未だにススムだと気が付いていないようで桑を構え続けていた。
「落ち着いてください。僕です、ススムです」
「……へ? ススム?」
構えていた桑がゆっくりと下がっていく。
「お前ススムか! 確かにその黒髪、ススムの坊主に間違いねぇ!」
がっしりと抱擁されたススム。この人には年に合わない仕事を手伝わされていた事をススムは思い出す。
「ええ、村の柵の修理を手伝ったりウサギを5歳の時に狩りに行かされたススムですよ」
「おお! その丁寧な口調間違いなくススムだ! 大きくなったな」
なんとか抱擁を解きつつおじさんをなだめていく。
「フロスト様からお前が王都で行方不明になったって聞いた時はみんな心配したんだぞ……そうだ! フロスト様にはもう会ったか?お前が帰って来たって知ったら喜ばれるぞ」
涙ながらにそう語る。どうやら自分は行方不明扱いなっているのを知ったススムは王都を去った後の事を聞きたかったが今は優先するべき事がある。
「いえ、それよりも僕は……」
ススムの言わんとしている事が伝わったのかおじさんの表情が険しいものへと変わった。
「そうだ! ススム、早くマーサさんの所へ行け!」
「はい、向かいながらで構いませんので何があったのか教えてもらえますか?」
〇
早歩きで村の中を二人で進んで行く。
おじさんから聞いた話によるとススムが去って一年たったころからマーサさんの容態が悪くなり始め最近ではまともに立つことすらできなくなっていたらしい。マーサさんももうかなりの年齢、つまりこれは寿命。
医者の話しではいつ死んでもおかしくない状況なのだそうだがマーサさんはその状態でもう一か月は耐えているそうだった。「ススムにもう一度会うまでは」そう言って耐えていたのだとか……。
村に入って気が付いたのが人の気配が全くしなかった。だがその理由は直ぐに分かった。マーサさんの家の前の大勢の村人たちが押し寄せるように集まっていたのだ。そこへおじさんと駆けつける。
「みんな集まってどうしたんだ?」
おじさんが村人達に向けて問いかけると年配の男性が先頭に出てくる。確かマーサさんを除けば村の中でリーダー格の人だったはず。
「それが急にマーサさんの容態が悪化してな……」
「それでみんな集まってたのか……」
おそらく今日が峠とでも聞かされてこの場にみんな集まったのだろう。そこには村の全員と言える人が集まったいた。狩猟者のおじさん、お節介なおばさん、麦畑の夫婦、カッコつけたがりのお兄さんは既に髭を生やして大人びていた。その人達がマーサさんの為に駆けつけてくれたのだ。とても嬉しく思う。
「ところでそちらの黒髪の男性は?」
「あ、あぁ、聞いて驚くぜ!?」
ススムは一歩前へと出る。
「皆さんお久ぶりです。ススムです」
「な、ホントにあのススムか?」
黒髪の男性がススムだと知った瞬間皆に囲まれて感激の言葉を送られた。
「お前、心配したんだからな!」
「よく戻って来たな!」
「今までどこで何してたんだよ」
そのような迎えてくれる言葉は嬉しいが――
「すいません今は……」
ススムの意図を理解した村人達は黙って離れる。
「そうだススム。一刻も早くマーサさんと会ってやってくれ……おそらく今夜が……」
「はい、おじさんから聞きました」
「このタイミングで君が来るなんて……まるで神の思し召しのようだな」
人の集まりが割れ、我が家の扉に手を賭けながらススムは答える。
「そうですね、神……の思し召しでなんでしょうね」
扉を開けるとそこには六歳の頃と全く変わらない部屋があった。毎日朝食や本を読んだテーブル、マーサさんの作りかけの編み物、少し雑に積み上がった食器類、それらはあの時と何も変わってはいなかった。
ススムはマーサさんの寝室の方から人の気配を感じそちらに歩みを進める。
あまり入る事のなかった扉を開けるとそこには年配から若い女性達が集まっていた。その隙間からマーサさんの寝床が見え人がいるのが確認できる。
「あんた誰だい?」
6人ほどの女性が怪訝にこちらを見ていた。無理もない、いくら黒髪といっても最後にこの村に居たのは6歳の頃、今のススムは14歳でもうすぐ15となりこの世界での成人を迎える。第二次性徴の真っただ中で昔の面影は少ない。
「皆さんお久しぶりです。ススムです」
そう静かに頭を下げるススム。同時に頭上のシロがずり落ちそうになったので頭から離し抱きかえる。
「え! 本当にあのススム君なの?」
女性方の驚きはベットに横たわっていた人にも伝わったようで――
「……ススムなのかい?」
弱く、か細い声が聞こえてきた。
ススムは女性達の間を通るように近づいていく。ベットと同じ高さまで膝をついて腰を下ろしたことで互いに顔が認識できた。
「ただいま、マーサさん」
「あぁ、その顔、その髪……大きくなったねススム」
ニッコリと微笑んだマーサ、だがススムは微笑むことなどできはしない。やせ細った肩、骨と皮しかないと思えるほどの腕、生気が感じられない肌。
(なんか……マーサさんが小さくなった……)
自分の成長、マーサの老化。その二つはマーサには成長の喜びを、ススムには老化の実感を感じさせた。
「すまないが……ススムと二人きりにしてくれないかい?」
マーサさんの願いに従って黙って部屋を後にしていく女性達。ススムもシロを年配の女性に預ける。
「シロ、いい子で待ってろよ」
「キュイ……」
そのつぶらな瞳からは心配していることが伝わって来る。「大丈夫だから」と頭を撫でてやると大人しく腕に抱かれて部屋から去っていった。
これによって本当の意味で二人きりの再開となった。
「マーサさん……僕は――」
「いいんだよ」
ススムがきりだした話を遮る。
「いいんだよ。あたしゃあんたが死んだなんてこれっぽっちも思っちゃいなかったさ。だから何をしてただの何をするだの言わなくていい。こうやってあたしの死に目に帰って来てくれた……それだけで十分なのさ」
「マーサさん……」
ススムはマーサの手を握る。その手は軽く、かつてつないだ手とは思えない程の脆さだった。
「だから今はあんたの”過去”について聞かせてくれないかい?」
「っ!」
「記憶喪失……なんて嘘だったんだろ? 最後ぐらい聞かせておくれよ……」
マーサさんは最初から気が付いていた……ススムが記憶喪失ではない事を、それを感づいたうえで何も聞かずにいてくれたのだ。
「ええ、いいですよ……これは僕の前世の話です」
〇
ススムが語る前世での出来事をマーサは何も質問する事なくただ聞いていた。
「……そうかい。あんたはそんな過去があった”人”だったのかい」
『神』やアークの事については話さなかった。それを抜いた我道 ススムの過去を聞いて欲しかったのである。
「はい……18歳までの記憶があったのにそれを隠していた僕を軽蔑しますか?」
ススムはこの人に否定されるのが怖かった。エリナでも、リナリー様にも否定されようがそれは当然の事だと耐える事はできる。だが前世でも、今世でも自分が唯一心の底から『家族』と感じたマーサに否定される事だけは恐ろしく感じていた。
「ンガハハ……たかが18歳が子供を演じようがあたしにとってはどっちも餓鬼さね、大差ないよ」
昔みたく力はないがそう笑い飛ばしたマーサ、そんな彼女だからこそススムは心を開く事ができたのだ。他人の枠組みではなく『家族』としての枠組みに……。
「ススム……庭に連れてってくれないかい?」
「庭にですか? でも今動くのは……」
「……頼むよ」
弱々しい力で握られた手。少しでも安静にしている事よりも少しでもマーサのやりたい事をしてあげたいとススムは思う。
ベットから抱っこするようにマーサを持ち上げるススム、強靭な肉体を手に入れているススムには重さなどほとんど感じないが……。
「……軽い」
そうマーサに聞こえない程の声でボソっとつぶやく。
マーサを抱きかかえたまま裏庭への扉を開く。近くにある腰掛けにマーサを抱きかかえたまま座り彼女に庭が見渡せるようにしてあげた。
「……やっぱり咲いてないね、花。まだ咲く季節には早いかね……」
残念そうにマーサがつぶやく。
ススムはマーサがこの裏庭に咲く花が大好きなのを知っていた。だが同時にススム自身好きにはなれなかった……なにせこの庭に来ると決まってマーサは言うのだ。
「……死ぬならこの庭に咲く花を見ながら死にたかったんだけどね」
「……」
年寄が言う自身の死に方。本人は冗談や軽い気持ちで言うがそれを聞く人は本気で返すわけにも冗談で返すわけにもいかないのだ。
「……そうだね。なら今度はあたしの話しをしようかね」
「マーサさんの過去ですか?」
マーサさんについての過去はススムも聞いた事は無かった。そういった深い所まで聞くのはススムにとって初めての『家族』のマーサに対して関係の悪化の恐怖があった。
「……といっても何も無い人生だったよ。あんたぐらいの歳に結婚してね、この村で生活し始めたんだよ。けどなかなか子宝には恵まれなくて……夫も若くして死んじまってね。そっから一人で暮らしてたらいつの間にかに婆さんになっちまってたよ」
「……」
「けどね。最後の方は良い事あった。ススムあんたさ」
「僕ですか?」
「あんたとの生活はまるで息子との生活であり孫との生活でもあった。こんなあたしだけど後世に何か残せた気にさせてくれたさ……」
子、孫。
マーサの心情を始めて知ったススムは彼女が自分と同じ心境であったと知る。
「あたしはあんたの事を息子と呼んでもいいかい?」
「はい……マーサさん貴方は僕にとって唯一の『家族』です」
「唯一……ススムあんたが思ってるそれはきっとエリナ様も……」
「エリナも?」
「いや、これは自分で気づく事だね」
何かを使えたかったのか理解できなかったススム。
話疲れたのかマーサさんは再び庭へと顔を向ける。
「昔は旦那と二人でこの庭を見ながら一生過ごそうだなんて言って…たん…だけどね」
気を操るススムだからこそ感じていた。マーサの生命力と呼べるエネルギその物がどんどん薄れて行っている事に。
そんなマーサの為に何が自分にできるか、そう考えた時ススムは『ある』技を発動させた。
すると地面のあちこちから草木が驚きの速さで成長しその背を伸ばしていく。多種多様な草木が生える中、様々な色の花が一面に広がっていく。
それは直ぐに庭全体に広がり綺麗な花畑となる。
「これ……ススムがやったのかい?」
「ええ、そうです」
魔法でも植物を操るものは存在する。だが植物のような生命を成長させるような魔法はない。そもそもススムは魔法などまともに扱うことすらできないのだ。
今ススムが行った技、『仙術』は生命のエネルギ―そのものに働きかける禁術であった。この技を使えば自らの生命を増大させ不老の力を得る事もできるし攻撃に使おうものなら命そのもののエネルギ―を奪う事だってできる。まさに奇跡のような力であった。
だがこの技はできれば使わない方がいい……。アークがダンジョンボスになったのは400年前、この世界に来たのは500年前なのにあのように若々しい肉体を保っていた原因でもある。
『仙術』は使えば使う程本来の生命とは違う命に変わっていく、最終的には自ら自然のエネルギ―そのものになって虚数の存在に変わるのだ。
アークのたどった道を間近で見た者としては不老不死はできるだけ避けたい……。
たかが花程度を咲かせる事、それをしたところで何を得るわけでもないがススムはこの場でこそ使う力だと思ったのだ。
「……綺麗だ」
夕日に照らされた花々はその咲いたばかりの花びらを必死に開き命を灯す。気と仙術で無理やり成長させたから数分しか持たないがそのせいだろうか……儚い命は美しく見える。
ゆっくりと目を閉じたマーサさん、その体からはどんどん命が失われて行く。
「あぁ、あたしゃ”幸せ”だったよ。旦那がいて……息子ができて……それだけあれば私の人生は……」
もう既に意識が朦朧としている様子のマーサさんだったがその手だけはススムの手から離れはしない。
「ススム、あの時の言葉……守るんだよ」
「……はい」
それが何を示しているのかススムには直ぐに分かった。8年前別れる前に交わした約束、立派な男になるそして……
「エリナは僕が……いや俺が守ります」
「そうかい……それを聞いて安心したよ」
握られている力がどんどんと弱くなりかろうじてススムの手にかかっている。
「……ススム、あたしは…もう…眠いから……少し眠るね……」
「……そうですね。もうすぐ日が暮れます。寝るには少し早いですけど……おやすみなさい」
力なくマーサの手が離れた。
「……ありがとう……ございました」
ススムの目にはかつて二人で庭の手入れをする二人の光景を思い出し映っていた。黙々と作業するススムとそれをほほえましそうに見つめるマーサ。その光景はただの少年と老婆の庭作業だ。でもそれはススムにとってもマーサにとってもかけがいのない時間であった。
この時、ススムの目尻から涙が零れ落ちる。
ススムが、我道 ススムが人生で初めて他者の為に自分の為に涙した瞬間であった。
〇
マーサの体をベットにそっと置きススムは家の扉を開けた。
「ススム君!」
自分の名を呼んだ人物を見る。その人は忘れるはずもない。
「フロストさん……」
きっと村人の誰かが呼びに行ったのだろう、マーサ宅の前でエリナの親であるフロストさんとアイシャさんが待っていた。それを囲むように村人達も一人も去る事なく前で待ち続けていたのだ。
「マーサさんは……」
「……安らかに行きました」
その言葉を聞いた村人達から涙ぐんだ声が聞えてくる。マーサさんは泣いてもらえる人に囲まれながら人生を過ごしたのだ、きっとそれは普通の事。でもススムにとってとても”美しい”事に思えた。
「そうか……っ、いや!」
フロストさんは意気消沈しそうな自分を奮い立たせススムの前に一歩出る。
「ススム君、君に王都で何が遭ったかは兄から聞いた。それでだ、我が家に雇われる気はないかい?」
「ええ、夫とも話し合ったのだけれどススム君が来たらそうしようって決めていたの」
王都に行き正体が知れればススムはレイガストに命を狙われる、ならば王都の外のフォード領で匿って平穏な生活をさせるのがせめてもの償いだとフォード家兄弟は考えていた。いつも会えるわけではないが両親である二人の傍に居ればエリナと会える機会もあるだろうと……。
「僕がフォード家で……」
自分がフォード家で雇われている姿を想像する。それは悪くない夢だった。けれど――
「ごめんなさい、お二人の提案は魅力的ですが僕にはやらなければならない事があるんです」
エリナを守る、そしてその原因の排除。
この世界の真実をしるススムがこの場で立ち止まるわけにはいかない。
「おいでシロ」
「キュイ!」
待っていたと言わんばかりに勢いよく女性の腕から飛び出たシロはいつもの定位置に乗っかる。
「待ってくれススム君! 君がフォードを恨んでいるのはわかる、だがエリナだけは――」
「? 別にフォード家の方を恨んでなんかいませんよ? むしろ感謝しています」
「ならなぜ……」
去って行こうとするのか、と聞きたいのだろう。
ススムは満面の笑みで答えた。
「これは師との約束であり、恩人との約束であり……僕の……いえ、俺のやりたい事なんですよ」
今まであまり表情を表に出さなかったススムが満面の笑みでそう言った。
その光景に誰も何も言いだす事は出来なかった。
「では皆さんまた戻って来るんで!」
そう言ってススムは村の出口へと歩みを進めた。
その背にもう一つ思い”約束”を乗せて……。
さぁ解き放たれたススム……ここからだぜぇ…。
よろしければブクマと評価をよろしくお願いします!




