31 宣戦布告
幻影であるから直接こちらに危害を加える事は出来ないと思うが相手は『神』の神核を奪い通常では考えられない力を行使できる能力を持っているはず……。
「幻影をこの場に投影しているってことは話し合いに応じる用意があると捉えてもいいんですか?」
アークの意志を継ぎ、『神』の願いを知ったススムは実質目の前のリリスにはこの世界で数少ない敵であることは間違いないだろう。なら不穏分子は早めに摘み取るのが定石、この場でススムの命を狙うのが向こうにとっては最善手だろうに……。
話し合いをしてくれる人なのか、それとも殺せない理由があるのか……。
「そうですね。あの『神』の力を久しぶりに感じたので来てみたらあなたがいるとは思いませんでしたし、アークや『神』みたく分からず屋ではなさそうですし。私としてはもしあなたがこっち側に付いてくれればと思っています」
「それはまたいい評価を受けているようで……」
「そうでしょう。私の操る運命を二度も乗り越えた貴方にはそれなりの評価をしますよ」
あっさりとススムの命を狙った事をリリスは認めた。
「やはり『神』みたく運命を操る事ができるんですね」
「完全にではないですけどね、あなたが生きているのがその証拠です」
確かに……この世界を創った存在の力を手に入れているなら自分が今生きている筈がない。もし相手が皆が想像するような全知全能の存在ならまずススムがこの世界に召喚されることもなく、その後の不安要素を取り除けないのもありえない。
つまりリリスは『神』の力を全て使えるわけではないのでは……?
「命を狙った私を貴方は許しませんか?」
「許すも何も一度目は記憶はありませんし、王都での事は恨んでも憎んでもいません」
ススムは自分を殺そうとした存在が目の前にいると知っても特に何も感じなかった。
(別に彼女に害を与えたわけじゃないし……)
「……まあとりあえず貴方の話しを聞きましょうか」
アークや『神』の意見は分かった。それでもリリスが絶対に間違っているとは限らない。敵対するかは彼女の動機を聞いてからでも遅くないだろう。
「私の言葉を聞いてくれる貴方なら理解できるはずです。私が神核を奪ってまで行いたかったのは”滅び”の停止です」
その言葉を聞いた瞬間にススムはリリスの動機について理解できた気がした。
「”滅び”である魔王はこの世に500年の周期で現れます。その”滅び”のたびにアークのような召喚者を呼びそれを倒しますが、被害が無いわけではありません。召喚者が強くなるまでの時間、魔王を倒すまでの期間、その間魔王は際限なくこの世の生物に”滅び”をもたらしていきます」
「つまり俺のような人間には生まれた時がたまたま魔王が現れた運が悪い時期、だが妖精族のような長命、永遠に近い命を持っている種族では命の危険はその”滅び”ぐらいってことですか」
リリスの先読みをしたようなススムの答えに彼女の表情が少しだけ変化したのが見えた。その口角が上がるように見える。
「そうです。そもそもなぜ私達は”滅び”なんて理不尽な死に相対しなければならないのか、この世界を創った『神』なら”滅び”を停止する事だってできたはずです」
「……それもそうかもしれませんね。なにせ『神』ですからね」
「つまりあの『神』は”滅び”による死を容認してこの世界を創っているのです。私はこの世界の全ての生命が”滅び”に直面しないようにあの『神』に代わって”滅び”の停止をするのです」
その言葉にリリスの覚悟が見えた。自分の利益の為でなく、欲望でもなく、全ての生命のために『神』に歯向かった。その覚悟は果たして『悪』と言えるのだろうか……。
だが根本的な部分の事を聞かなければならない。
「そもそも”滅び”、魔王の出現の停止は本当に行って良いのですかね?」
「……」
『神』は”滅び”はどの世界にもある物だと言った。元の世界だと災だと、地震や台風、豪雨の氾濫などがそれにあたり元の世界でもその”滅び”が止まるのだとしたらそれによって死ぬ全人類の生命は無くなるだろう。
それはきっと喜ばしい事だ、人間という枠組みの中では……だ。
地震はプレートの動きによっておこる現象、つまり星の生きている生命活動の証拠。豪雨も川の氾濫による死の水だが大昔のナイル川では同時に命の水を届ける災でもあった。
魔王がそれと同じようにメリットあるとは限らないが、元の世界でもこちらの世界でも”滅び”はある。もしかしたらそれはあるべきシステムなのかもしれないのだ。
「それはわかりません……ですが本当に良いかもしれないじゃないですか」
「どうなるか分からないけど”滅び”を止めると?」
「……はい。ですが貴方もあの魔王に相対すれば理解します。あれはこの世に存在してはいけない者です! あんな存在はもうこの世に顕現させない!」
魔王の話しになると今まで穏やかな口調だったリリスの話し方興奮気味な物になっていた。これに関しては実際に接触した『六天』にしか分からない感情なのだろう。
「貴方はそんな私を止めますか?」
「……いや、どうなるか分からないですが別に俺はどっちでもいいです」
これがススムの本音だった。”滅び”を止めたことでこの世界に何かが生じたとしても異世界から来た自分が関わる事ではない。それはこの世界の人物が導いた結果なのだ、それがこの世界の結末なのかもしれない。
アークの意志に逆らう事は心苦しいがススムにとっての重要な事は別にあるのだ。
「ならあなたは私の行いを容認すると?」
「ええ、俺としてはエリナが無事でいてくれさえすればいいんですよ。話を聞く限りエリナには危害を加えないみたいですし」
初めて幸せの実感をくれたエリナ、彼女が無事に大人になり幸せな人生を送れればススムにとっての幸せに繋がる。たとえ傍に自分が居なくても、彼女がススムを拒絶しても別にいい。
「エリナ……勇者のエリナですか……」
「?」
リリスは言葉に詰まっているようだった。
「そうですよ? 『勇者』のエリナ……が……」
そこでススムは何かに気が付いたように目が見開かれていた。
(そうだ……魔王を倒す存在を『勇者』と呼ばれるはず。なら『魔王』と『勇者』は……)
「まさか……『勇者』は魔王と呼応する存在なのか……?」
「……そうです。かつての『六天』の一人も『勇者』です。魔王が顕現する前後に勇者は現れます。つまり――」
魔王が勇者を呼ぶのなら……勇者も魔王を……。
「今は私が”滅び”を止めていますが完全ではありません。ですので勇者が魔王を呼ぶ存在なら――」
「私は『勇者』エリナを殺さなければいけないのです」
エリナを殺す。その言葉を聞いた瞬間ススムの表情が暗くなり目は対話をする者の眼光ではなくなる。
「ススムさん、考え直しなさい。一人の犠牲を容認することで皆の危険が減るのですよ? 愛するのなら別の人間もいるでしょう、あなたにはこちら側について欲しいのです。理性的に思考できる貴方なら――」
「うるせぇ……黙れよクソ虫が……」
ススムは前世でも感じたことのない感情に支配されていた。それは間違いなく殺意そのもの。頭上のシロがバッっと飛び退き離れる、それもそのはずで今現在体からは凄まじい波動が放たれていた。周りの木々はなびき、地面は割れる。
「ススムさん! 彼女を諦めさえすれば世界の安定が――」
「もういい、俺の方針は決まったよ。”滅び”だとか『神』だとかどうだっていい。彼女に危害を加える奴を俺は絶対に認めない」
踵を返すようにリリスから離れ始めるススム。
「彼女を狙うなら俺は本気でお前を 殺す からな」
「……なぜ女一人の為に。やめておきなさい、『六天』の一人でかつ『神』の力を手に入れた私に勝てるとでもお思いですか?」
振り返ったススムはリリスの方を向く。その眼差しにはもう相手を敬う気持ちや、相手の考えを聞く気持ちもない。
「ハッ、貴方は俺がアーク師匠から『あれ』を教わっているかどうかが気になっているんだろ? 宣戦布告として言っといてやるよ、俺も使えるぞ『あれ』」
リリスの表情も睨む物に変わる。
「そうですか……私を殺すことができる存在はアークぐらいだったんですが貴方も彼と同じ道をたどるつもりなんですね。さすが師弟ですね、同じ目に合わせてあげます」
「交渉は決裂だなリリス」
「そうですね。やはり下等な人間には理解不能な話でしたか」
どうやらリリスの本性が出てきたようだった。
「下等ね……やっぱり種族による差別があるあんたは『神』にはならない方が良いぜ」
「私のように高貴な魂の妖精と下劣な人間を同列に扱えと? 無理ですね」
やっぱりそうだった。ススムには人の本性を見抜くのには自信があった。それは親の機嫌を取るために身に付いた技能だが親以外の人でも使える物であったため信用できる人かどうかをそれで決めていたのだ。
先程の挨拶の時点でリリスに裏がある事は感じていた。それが種の差別とは思っていなかったが。
「フゥ~」
呼吸によって興奮を抑えたススムは放っていた波動は収めていた。
「いくぞシロ」
「キュイ!」
これ以上エリナの命を狙う存在と話していたくなかったススムはその場から離れる用意を始めた。
再び頭にしがみついたシロはリリスに向かって警戒の威嚇を放つ。
「忌々しい魔物ですね……私の運命の力はいつでも貴方達を狙いますよ?」
「忠告どうも、でも俺はエリナを守り続けます。そして貴方も倒してみせる、彼女の平和の為にね」
落ち着きを取り戻したススムはいつもの敬語口調に戻る。
「もう貴方と話す事も無いでしょう」
そう言ったリリスの幻影は段々と薄くなっていく。影の投影をやめるつもりなのだろう。
「そうだ、最後に一つだけ」
消える寸前に思い出すようにリリスは話し始めた。
「なんですか?」
「貴方が近くに居たせいで最近まで感知しずらかったのですがどうやら貴方の恩人の命の灯が消えかけているようですよ?」
「……? 誰の事ですか?」
「フフフ、間に合えばいいですね……」
嘲笑うかのように消えていくリリス。その場にはリリスが残した言葉に棒立ちしているススムとシロだけが残されていた。
「誰の事だ……」
真っ先に思いつくのはエリナの事だ。だがわざわざリリスがエリナの危機を教える理由がない。
だとすると別の人物だ。この世界に来てから世話になった人、それに恩人と言える人で命の灯が消える? ……寿命の事を言っているのだろうか。
だがススムにはもう一人いたのだ。世話になった人が。恩人が。
この世界に来たばかりの頃に自分の面倒を見てくれ、世話をし、人生において初めて『親』と呼べる人がいたのだ。
「マーサ……さん」
窮地にある人物がマーサなのではないかと分かった瞬間――
「シロ! しっかり掴まってろ!!」
「キュ、キュイ!」
シロはがっしりと後頭部にしがみつきススムの言葉に答えた。
左手のはめられている呪いの指輪を外すと全身に本来の力が漲っていくのが分かる。近くにある木に近づいたススムはその怪力で根っこごと引き抜いた。
「おりゃぁぁ!」
引き抜いた木を思いっきり上空へと投げ飛ばした。高く上昇していく木は止まることなく高度が上がっていく。
力一杯地面にふんじばったススム、その場は彼の脚力によって凹みひび割れる。その反動で全力で跳躍し先ほど投げ上げた木と同じ高度まで”ジャンプ”した。
事態は一刻を争う物かもしれない、だがこの密林は普通に歩いては三日はかかる。隆起の激しい地形や生い茂る木々がどうしても移動速度を下げてしまうからだ。だがそれは地面の話しであって木々が届かな空は関係ない。
投げ上げた木に足をついたススムはそれを足場にするように体制を整え体の向きを遥か彼方に見える密林の境界線に向けていた。
(『雷虎』!)
少しでも飛距離を稼ぐため瞬間的に『雷虎』を発動させ爆発的に身体能力を底上げした。
ススムが剛脚によって空中から掻き消えるように水平に跳躍する。その反作用で反対側に吹き飛ばされた木はその速度に耐えられず空中で分解を始めた。
豪速で跳躍したススムはかつて三日かかった道程を何百倍もの速度で戻っていく。
「シロ、しっかり掴まってるか!?」
「キュウウウウイイイイイイイ」
後頭部に全力でシロがしがみついているのが伝わる。軽く音速を超えた動きはその慣性と風の抵抗だけでも凄まじいものである。そう言った物に対しての加護や魔法を使えないので本来なら配慮しながら移動するべきなのだろうが。
「すまないシロ! 耐えてくれ」
一刻を争うかもしれないマーサの容体。リリスの話が嘘なのかもしれない、そもそもマーサではないかもしれない。だがそんな懸念はススムの中には無かった。この感情には覚えがある。初めてアークに出会った時に何故か彼を信じた事、彼が本物のアークだと根拠も無く信じられた事。あの時に似たものがあった。
(もしかしたらこれが『運命』の力なのかもしれない)
『神』の仕業かリリスの仕業か、でもそのどちらでもマーサの命が消えそうなのは変わらない。
重量に引っ張られたススムの体は三十秒程で地面に向かっていた。だが着地の瞬間と同時に密林の終りに到達した。
落下の勢いと水平方向への勢いを足で受けながらススムは地面を削りながら着地する。
いくら密林によって移動速度が遅かったとはいえ三日かかった道程をたった一跳躍で渡りきった事に自身の得た身体能力の凄まじさを実感した。だがそれを喜んでいる暇はない。
すぐに走り出すススム。だがその足取りはおぼつかない物で先程までの速さが嘘の様であった。
それもそのはず、全速力での疾走はこれが初めてだった。『アビス』の中では全速になる前に壁にすぐぶつかるので全力での走りはしなかった。指輪を付けた状態なら普通に走る形を保てていたが全力状態の今はあまりに脚の力が強すぎて体が浮いてしまい上手く力が地面に伝わらないのだ。
(くそっ、もっとこの走り方に慣れるんだ!)
体を段々と下へ傾け普通なら倒れるところまで頭を地面に近づけて走る。足を上に持ち上げるのではなく斜めに、進行方向に持ち上げる事で体が浮いてしまう事を防ぐ。
段々とその走りに慣れると走る速度は一段と加速した。
「待っていてくれ……マーサさん!」
結構いろいろと悩みました……。
次回、帰郷。
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