21 決断そして別れ
ふらふらとススムは意識が朦朧としながら歩いていた。
(ダメだ……出血しすぎて……)
歩きながら治療術で太い血管だけでも治していく。酷い流血は止まったがまだ傷口は開いたままで血は完全には止められてはいない。
ふと気が付くと寮の前まで来ていた。グレイ達はあのまま去って行ったのか途中で誰とも会わなかった。朦朧とする意識の中でススムは自分の部屋へと足を進めた。
自室の扉を開いた時、自分の領域に戻って来たという安心感からか力が抜けて壁にもたれかかる。その時体に付いていた血が壁に塗られた。これは自分の血だろうかそれともブラックウルフの物だろうか……。
そのまま壁伝いに倒れる。何かを巻き込んだのか部屋に置かれていた本や備品類などが散乱したがそれに気を裂く程の余裕がススムには無い。
左腕は折れて動かず、体中の傷口はふさがってない。流血によって意識が薄れる。
だんだんと眠気さがススムを襲い始める。
(これは……本格的にヤバイかもな……また俺は死ぬのかな……)
でも……。
「死んで……たまるか……」
薄れる意識を振り絞る。考えろ、考えるんだ。今すべき事とこれから取るべき行動を。
ふと頭によぎる、はたして本当に危機は去ったのだろうか?
あの時グレイは本気で殺す気で今回の事件を起こした。でもたかが平民一人殺すのにここまでするだろうか? 本当に自分の命が狙いだったら普通に暗殺や裏から手を回して合法的に死刑にすることだってできるはず。ならなぜ?
答えは簡単。狙いはススムの命ではない。
その答えはこの腰の短剣にある。グレイはあの時この剣の事を気にしていた。フォード家の印が刻まれたこの剣を欲する理由……おそらくこの剣を使って何かしらの事件を起こすことが目的だったのではないだろうか。もしこの剣で殺人事件でも起きれば真っ先に疑われるのはフォード家。
つまりグレイ、いやレイガスト家の狙いはフォード家の失墜もしくはそれによって生まれる利益をレイガストにもたらす事。
つまりこれは貴族同士の工作活動。ススムを訓練用に捕らえていた魔物の脱走による事故っで殺し剣を奪いその後事件を起こすことが目的だと……考えられた。
だとしたらその企みは失敗したのか……? そんなはずはない、王国三番の貴族に弓を引いたのだ、絶対に次の二手三手を用意しているに違いない。
たかが10歳のグレイがここまでの事を考えて行動しているわけがない、なら裏で行動を指示した人物がいるはず、だったらここも安全ではないだろう。俺が相手の立場だったら別動隊を用意して失敗した時に直接殺す者達を用意しておく……グレイがその者に接触していたらすぐにあの現場に訪れてススムの死体が無い事にすぐに気が付く。なら次に探すのはこの寮の部屋のはずだ。
「ハハ……こりゃ酷いな……」
だとしたらどこに逃げる? 真っ先に思い浮かぶフォード邸はどうだろうか……
いや、そこが絶対に危険だろうな。向こうにとって一番防ぎたい事態はフォード邸に逃げ込まれて事態が露見しレイガストがフォードを陥れようよしたことがばれる事。ならフォード邸周りには敵側の人間が潜伏しススムを待ち伏せしているはず。
「なら何処に―――」
そこで自分の前に転がっている一冊の本に気が付いた。それを見た時ある一つの考えが浮かぶ。
王都から出る。
追手から逃れるにはそれが一番だ。もし自分が死んでしまったらこの剣を奪われフォード家がまずい立場になってしまう、生きていても追われ続ける、なら消息不明になるしかない……と。
それにここにいても自分の成長にはもうあまり意味が無い。一日のほとんどを学園と仕事で奪われている今の日常ではすぐに周りの同年代に追い越される。圧倒的に自身の強化に使う時間が足りないのだ。
自分が強くなるにはもっと強化に使う時間を増やさなければ……。
それに先ほどの事で自分がいかに弱いかを思い知知らされた。『勇者』のエリナならあんな魔物、スキルとステータスで簡単に倒せただろう。それに比べて自分は死にかけてようやく……この差はこれからもっと広がる、エリナの手助けをするのだったらここにいては一生不可能だろう。
それにこれが今のススムにとってのやりたい事でもあった。
「強くなりたい……」
誰の助けも借りないで自分一人で立てる力が欲しい。
強敵を打ち倒す強力な力が欲しい。
自分の願望を実現させるだけの力が欲しい。
なら切り捨てろ、普通の人生を送っていてはそんな事は夢でしかない。ススムにとって大切だった時間を切り捨てろ。そう語り掛ける自分がいた。
目の前の本、図書館の司書さんから貰い受けた『六天の歴』をつかみ取ると再びススムは立ち上がった。部屋にあった備品類を袋に詰め込み机に置いてある鍵のかかった箱を開け中の袋を取りだした。学園から、王都から離れると決めたからにはもうこの進級の為に貯めていた金は別の用途に使う。
中には銀貨と銅貨が多量にあるが合わせると大体金貨十枚ほどある。
ボロボロになった制服を脱ぎ捨てて着替えるとススムは部屋の扉を開けまだおぼつかない足取りで出ていく―――――。
だが少し、少しだけ躊躇する気持ちもある。中等部に進級できなかった時はフレイド様に頼んで仕事を斡旋してもらうか、フォード家に雇ってもらうのもいいかもしれない。そうすればずっとエリナの傍にいられるだろう。
きっと楽しい日々を過ごせるだろう……フォード家の執事にでもなった日々を想像する。
ただそれは勇者として過ごすエリナの手助けを諦める事を意味する。傷ついて帰って来るエリナを待っている事しかできない。そんな状態は想像するだけで心が擦り切れる思いになる……。
それにもしかしたら彼女は勇者としての道を捨てかねない……今のススムに依存をしているエリナならその道を選びかねない。その選択はススムとしては嬉しい、でもそれはエリナ自身の選択を最初から奪っているに等しい。
エリナの為を思うなら、エリナの依存を断ち切らなければならない。エリナにはもっと選択の幅を広げて大きな視野で世界を見てほしいのだ。
ススムは自らつらい道を選んだ、つらく、いつ死ぬかもわからない道。でもそうでもしなければ自分のやりたい事は出来ない。決心をしたススムは部屋の扉を閉める。
ゆっくりと歩みを進め彼は振り返る事なく学園の門をくぐった。
そして深夜の王都の街並みにススムは消える。この日を境に王都に現れる黒髪の少年は目撃される事は無かった。
〇
「ちょっとリナリー! 遅れちゃうよ!?」
「う、うん」
いつもの家からの通学路をエリナとリナリーは速足で駆けていた。リナリーは昨晩眠れなかったらしく珍しく寝坊をしていた。
「急いでリナリー」
リナリーが寝坊した原因はもちろん昨日のススムの出来事。ススムが酷いイジメを受けていてそれだけでも衝撃だったが、その後彼がまるで別人になったかの様な口調に変わった事にも驚いたのだ。それに本人に口止めをされていたがその事を父やエリナに話すべきか迷っていたらいつの間にか時間は深夜になっていた。
でも今日ちゃんと会ってススムに問いただせばいい。そうリナリーは気持ちを切り替える。
一方エリナはススムに誤りたくて仕方がなかった。「なんでそんな神託だった」、彼にそんな事を言ってしまったのをひどく後悔したエリナは少しでも早くススムに合って昨日の謝罪をするため足は速くなる。
彼に嫌われる。そう考えるだけでひどく恐ろしく感じた。
二人は急ぎ足で学院の門をくぐった。
校舎に入る時、リナリーは学園に見慣れない人が多い事に気が付く。よく見ると衛兵や騎士までちらほらとあわただしく走り回っている。
「ねぇエリナ、あれなんだろう」
「さぁ? なんか寮の方に沢山向かっているみたいだけど……」
だが二人にとって今重要な事は遅刻しないように早く教室に行くことである。
遅刻を覚悟して教室の扉を開く、が珍しくまだ教師は来てはいない。もう一ついつもと違う違和感、あるべき、居るべき人がいつも座っているはずの机に……ススムの姿は無い。
「あれ? ススム君まだ来てないのかな」
「ススムだけじゃなくてライト君まで居ないみたいね」
普段なら楽し気に会話をしている筈の姿が二人とも無いので不思議に思う。
今にも教師がやって来るかもしれない、その焦りもあって彼女達は自分の席に着く。
でも今まで遅刻などしたこともないススムが今日に限って遅れるのはエリナにとって少し不安がよぎった。
(ススム君体調でも悪いのかな?)
そう彼の心配をした時、教室の扉が開かれる。生徒たちは教師が来たと思い、背を正して扉の方に視線を向ける…がそうではなくそこに立っていたのは……ライトだった。
だが、ライトの様子がおかしい。目にくまができていて足取りもおぼつかない。
エリナとリナリーがライトへと近づいた。
「だ、大丈夫ライト君!?」
心配してエリナが話しかけるがライトはへなへなと俯き床に座り込んでしまう。
「ス、スム君が……ススム君が……」
ススム君が、そうライトは繰り返しつぶやいていた。
そこでリナリーはライトが異常な状態にある事に気が付く。
ゾクリとリナリーに嫌な予感がした。
教室を見わたす、すると予感が的中したように共通する事がある。部屋に居ないのはススムだけではない、昨日ススムに攻撃を仕掛けていた生徒やグレイの姿が無かったのだ。これは昨日の事に関係がないわけがない。
そして口調からススムが尋常ではない事態にある事が分かる。
リナリーは立ち上がりライトへと近寄ると彼の胸倉を掴み上げた。
「答えなさい! ススムがどうしたの! どこにいるの!」
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
ぶつぶつとつぶやくライト、その姿にエリナも事の異常性に気が付いた。
「ラ、ライト君。ススム君……は?」
「ススム君が……寮で……」
その言葉を聞いた時エリナは駆けだした。
「エリナ!!」
リナリーの呼び声にも答えず外へと走った。『勇者』によって底上げされた速度で目的の寮へと駆けて行く。
寮には先ほどの衛兵たちが出入りしている。中に入ろうとすると入り口を見ている衛兵が両手を広げエリナの前へ立ち道を塞ぐ。
「君、ここから先は今は封鎖だ。早く授業に戻りなさい」
「いいから通して!」
全身にスキル『身体強化』をかけて見張りの衛兵の横を通り抜ける。
「き、君、待ちなさい!」
衛兵の言葉をエリナには聞こえない。中には何人もの衛兵と騎士が調べものをするようにあちらこちらにいる。そんな光景が更にエリナを不安にさせた。
(大丈夫……きっとススム君は部屋にいるはず!)
そう自分に言い聞かせススムの部屋へと走る。
この人達が何をしているかは知らないが今はとにかくススムの部屋へ、と騎士達の横を通り過ぎる。
たどり着いた扉を勢いよく開いた。
「ススム君!!」
だが、扉を開いた光景にエリナは息が止まる。
赤。
赤い染みの床、その染みは壁にもべっとり付いていたてちょうどススムぐらいの多さの手形の物まであった。荒らされたように物が散乱し、ベットから机、椅子にいたるまで壊されている。
その異様な光景にエリナは何も考えられなかった。ここはススムの部屋ではない、っとそうとしか思えない光景だった。
ドアの取っ手の部分に違和感を感じる。手を放して恐る恐る手を開く。
そこには赤色の血がべっとりと付いていた。
「い、や……」
思わず後方へ一歩下がるが足がもつれてしりもちをついてしまう。
ようやくそこで気が付いたのだ。部屋から血痕が廊下へと伸びている事に……。
衛兵たちはその血痕を調べていたらしく、点々と血の跡が続いていた。
「いや……い、いや……ススム……君……」
「エリナ……っ! 何なのこの血は……」
今しがた追いついたリナリーがあたりに広がる血痕に驚愕するがエリナにはそんな光景ももう見えてはいなかった。
「そこのあなた! これはどういう事なのか説明しなさい!」
リナリーが近くにいた衛兵に説明するように命令する。普段ならもっと丁寧な口調を使うリナリーだがこの惨状に取り繕っている暇はなかった。
「君は誰かね? すまないが部外者に教えるわけに―――」
「私はリナリー・フォード! フレイド・フォードの娘にしてこの部屋のススムは我が家の一員のような存在で、私の学友です! フォードの名においてもう一度命じます。この状況を教えなさい!」
フォードの名を聞いた衛兵の顔つきが変わる。
「も、申し訳ありませ――――」
「私は謝罪を聞きたいのではありません! 三度私に同じことを言わせるつもりですか!」
「は、はっ! これは今回学園で起きた殺人事件についての調査を行っております」
”殺人”、その言葉を聞いた時、エリナとリナリーの血の気が引く。まさかこの血痕は―――。
「被害者の友人であるライトという少年が昨晩夜遅くに衛兵の詰め所に駆け込みまして今回の事件が発覚しました。詳しい事は現在調査中ですが――――」
衛兵は証拠の品が入った袋から一枚の学生服を取り出た。それは無残に切り裂かれべっとりと血がしみ込んでいる。
「被害者の生徒ススム、彼は重度の傷を負った状態で寮に戻ってきています。リナリー・フォード様のご学友という事で申し上げにくいのですが―――」
「彼の安否は不明です」
ススム君、めっちゃ出血させてしかも重体の状態で蒸発……。体は10歳、心は実質24歳。彼の考え方はぶっ飛んでますよね~。
さてと、ようやく成長期も終りに近づいていました。
早く青年期やりたい……。
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