20 やりたい事
右手に短剣を持った状態でブラックウルフとのにらみ合いが続いていた。
ススムはこの瞬間に打破の方法を考える。
自分は肉体能力の筋力だけは成人男性並みのものがある、成人男性であれば一体であれば殺しきることが可能だろう。だがそれは戦い方を知っている人の話で、前世でもこの世界でも戦闘の技術は全く関わってはこなかった。
まともな戦闘は無理……となると次は逃亡の可能性を考える。
ブラックウルフと自分の走りの速度はほぼ同じ、でもそれは直線上での事。今ここの広場ならある程度逃げ回ることはできるが森の中に入ったらそうはいかない。木や坂などの障害物がある中では確実に速度は出ない、この場合四足歩行で小回りが利く相手の方に分がある。
逃げる事も実質不可能……なら時間を稼ぐか?
この広場の中なら逃げ回る事は可能、ならライトが助けを呼ぶまで時間を稼げば……。いや、最悪ブラックウルフを倒したグレイ達が戻って来る可能性がある。その時こそ確実にあいつらは直接殺しに来る。だったらまだブラックウルフ一体の方が勝機が見込める。
ススムの中で方法が決まる、目の前のブラックウルフを殺す方法を。
「グルルルル……グァァァ!」
「来い!」
にらみ合いに痺れを切らしたブラックウルフが唸ると同時に襲い掛かる。
逃げる事は出来ない、戦う技術も無い、時間も無い。一番大事なのは命がある事。生きて帰る事。
だったらそれ以外を切り捨てる、今の力不足のススムにはこの方法しか思いつかない。
体が無事に生き残る事を切り捨てるのだ。
ブラックウルフがススムを噛み殺そうと飛びかかる。だが、ススムは避ける事もせずに正面から受けてたった。開らかれた口に白く光る牙がギラリと光る、その中にススムは腕を突っ込みウルフの突進を受け止めた。ウルフの衝撃を押し殺したススムだったが当然突っ込まれた腕に牙が突き刺さる。
「痛っ!……」
皮膚を貫抜き、肉をえぐる牙の痛みはススムの顔を歪める。だが苦痛を感じている暇は無い。
左腕を犠牲にしてウルフの動きを止めもう片方を自由にした。自由になった右手の短剣をブラックウルフの喉元に向けて突き刺す。さすがはフレイド様から借り受けた剣、剣の教えの受けていないススムでも魔物の毛皮を貫いた。
だが、ウルフの噛みつく力は弱まることなく更に腕をかみ砕いていく。互いに刃と牙を突き刺した状態になっていた。
「ガッ……ならこれでどうだ!」
引き抜いた短剣を再び突き刺す、今度はウルフの頭に横から刺ささった。
顔を横から刺したおかげか噛む力が緩む、多分顎の筋肉を切り裂けたのだろう。腕を引き剥き後方へと下がる。
ブラックウルフの口は左側が下がっていて喉から大量の血が流れ出ていた。大きな血管を切ったのか止まることなくビチャビチャと地面に流れている、これならすぐに失血死するはず。
「はは……どうだ……」
自分も左腕から血が流れ出る。でもこれなら最小限の被害で済ませることができたと言えるだろう。動作確認するように左腕を動かす。腕にはっきりと牙の穴が開いており左腕全体にずきずきと痛みが走る、だがまだ先ほどの殺し合いの興奮が収まらなくアドレナリンの分泌によってそれほど激痛とはなっていない。
「まだ動く……か」
ウルフはよろよろ体から力が抜けているようだった。だが急速に死に向かっているはずがブラックウルフの瞳はずっとススムを睨み続ける。すると―――。
「ワ”オォォォォォォン!」
死を覚悟したのか最後の力をふしりぼって力一杯咆哮を叫ぶ。何かの魔法か攻撃かと思ったススムはとっさに剣を構えるが……何も起きない。叫び終えたブラックウルフの体が力なく地面へと倒れた。やっと失血の効果が出てきたのだろう。
「いったい……何を……」
「「「 ワ”オォォォォォォン!」」」
先ほどの咆哮に答えるかのように三つの呼び声が聞えてきた。声が反響してどちらから聞こえたのかわからないが三つ聞こえたのは間違いない!
「これは……まさか……こいつ、仲間を呼んだのか!!」
ススムはブラックウルフが群れで行動することを思い出していた。群れという事は群れのリーダーがいるという事。素人目ではどの個体がボスなのかわらないがなぜ檻が一体と三体という不自然な分け方をされていたのか……
つまり、最初に檻から出された個体は群れのボス……。そしてそいつが他の三体を呼んだ。
ススムは失血を待っていた事を後悔した。
あの時もっと怪我を負うことを覚悟して攻撃していれば……。いや、後悔している暇なんてない! 他の個体が来るまでに逃げるか?
だが、そんな時間はススムには与えられなかった。
横の藪から一体のブラックウルフが飛び出し、ススムに向かってきていた。
「くそ!」
今視界に見えるのは一体のみ、もし三体そろったらそれは本当に絶体絶命を意味する。ならば次の奴が来る前にこいつを倒さなければいけない……。
「いいさ……何度だってやってやる!」
先ほどと同じように左腕を犠牲にすべく前方へと突き出す……が、二匹目のブラックウルフが喰らいつく瞬間先ほど噛まれた際の痛覚がフラッシュバックするように脳裏に走った、それは本来ウルフの突進を受け止めるはずの腕を縮こませる事になりその役目を果たすことができなかった。
のしかかるウルフを受け止めきれずススムに覆いかぶさるように倒れた。倒れると同時に爪がススムの方にくい込むように刺さり地面へと固定される。左腕は噛みつかれ再び鮮血が流れ出ていた。
「くそ……離せ!」
短剣をのど元に刺そうとするがウルフの左手がススムの体をひっかくように切り裂き続けるため切先が届かない、ならばと今度は腹部に刃を差し込んだ。一瞬ウルフの悲鳴が聞こえたが変わらず腕をかみ砕こうと頭を振り回す。
それを押さえつけるように左腕に力を籠め、右の短剣を引き剥き何度も突き刺していった。
ブラックウルフの肋骨の骨に当たる感触や切り裂いた切り口からは内臓が出かかっている。だが前のように口の拘束を緩める事は無くついにススムの腕からバキッという嫌な音が聞えた。
「く……っそぉぉぉぉぉ!」
骨折の痛みの激痛の中、ススムは更に強く刃を体内に差し込んだ。それが最後の抵抗だったのかウルフから全身の力が抜かれススムの上に倒れた。
「ど……け!」
血まみれのウルフを蹴とばすように足で退かす。すぐに立ち上がり続く追撃に備えるべく自らの状態を確認しようとした……がそんな暇すら与えられない。
暗いはずの森が明るく照らし出され発生光源の方を向くとそこには口から火炎を吹き出すウルフとその前方で後ろの個体を守るように布陣している二体が既にそこにいた。
最悪の状況だった。一体でもきつい魔物相手なのにそれが二体同時……。
後方のウルフが口を大きく開いたかと思ったらそこに火炎の塊が生成され始める。魔法だ……。ブラックウルフには稀に魔法を行使することのできる個体がいる事を今更思い出す。
火炎の魔法だろうか? 口から放出された火弾は真っすぐススムに迫る。それを横に飛ぶことで避ける。だが一発で終わるはずもなく連撃で放たれる火を避け続けた。
この構図は最悪だった。
前衛のウルフは攻撃を仕掛けて来ずに砲撃担当の個体を防衛する如くススムと後方の間に立ち続けている。先ほどまでの相手の失血を誘うような倒し方では確実に魔法をくらってしまう……かといって後方の個体に攻撃を仕掛けても二体同時に噛みつかれることになる。
しかも今現在左腕はもう使い物にならない。かろうじて痛覚や指先がまだ動くことから神経はまだつながっているが肉をえぐられ筋肉はボロボロ、骨も砕かれている。今この戦闘では左は使えない……。
「ハッ……ハハハ……」
この最悪な状況にススムは笑っていた。この生きるか死ぬかの状況がひどく輝いて思えたからだ。
生まれたこの方味わったことのない体験、勝てば生き負ければ死。この状況は初めての自分の、自分による、自分の為だけの行動だった。今感じているこの気持ちは『死にたくない』という生存本能による物。でもそれは自らの内からでた”欲求”には変わりない。そんな自分の為の行動、殺し合いにススムは初めて――――。
「やりたい事をするって……こういう気分なのか! アッハッハッハ!! いいぞいいぞ! そうだ、俺の今”やりたい事” は『生き抜く事』、お前らを殺すことだ!」
生まれて初めての高揚を抑えきれないススムは帰ってくるはずのない問答を魔物相手に話し始めた。大怪我によるアドレナリンの過剰分泌と死の実感によってススムの精神状態は明らかにおかしくなっていたが今のススムにはそれを異常ととらえる事はできない。
突然大声で話し始めたススムを警戒してかブラックウルフ達の動きは止まっていた。
「そうか……そういうことか! 俺が力を求めたのはこの為だったのかもしれないな! だったら……その肉を俺によこせ! その魂を喰らって俺は更に上を目指してやるよ!」
ススムの中で生き残りたい感情が”相手を殺したい”という感情に変わって行った。もう既にグレイに殺されかけた事など頭に無かった。初めて持った衝動、生存と殺意。これにススムは支配されていった。
その顔はかつて神託を受けた日の表情、目的の為なら何でもすると決めた顔だった。
ススムは先程倒した足元倒れているブラックウルフの亡骸を踏みつけた。ススムの力で踏まれた亡骸は肋骨が折れ、空いている傷口から鮮血が飛び散った。
その光景を見ていた前方のウルフの目が変わる。後衛を守る役割を捨て、勢いよくススムに飛びかかって行く。
その行動を待っていたと言わんばかりにススムは一気に詰め寄る、我を忘れて飛びかかったウルフの体は宙に浮いておりその下を潜るように駆けた。それに合わせウルフの方に短剣が切り込まれていき体を縦に切り裂いていく。
「うぉぉぉぉぉぉぉ!」
短剣を振りぬかれたウルフは即死だったのかそのままぐしゃりと地面に倒れた。
魔法砲撃をしていた個体は何が起こったのかまだ理解できていないようで動きが止まっている。
思った通りだった。
まるで人間のように布陣を作ってじわじわと追い詰めたり、群れを作る知性。それはある程度の頭脳がある証拠だ。ならば目の前で仲間の死体が更に傷つけられれば何かしらの報復をするのではないかと思ったのだ。
結果、隙が大きい飛びつきをした前衛のウルフは一瞬にして体を切り裂かれた。
本来こんな命を愚弄するような事はススムはしない。だが異常な精神状態と初めての体験にススムは変わってしまっていた。
「ほら、あとはお前だけだぜ!?」
ついに一体一となったが相変わらず危険なのは変わらない。警戒してか魔法を撃つのを止めて近接戦に移行したようだった。
ジリジリと距離を詰めてくるが、ススムは短剣を口でくわえた。つまりまともに武器を装備しない状態に自らなる。
そのススムの行動を理解してか一気にブラックウルフが襲い掛かる。
その時、ウルフに何かが投げつけられる。それは土、だがただの土ではなく湿り気を持った水分を含んでいた。
ススムは切り裂いた時に出た血液がしみ込んだ地面の土をすくい投げつけていたのだ。
べっとりと顔面に張り付き視界を奪われたウルフの動きが止まった瞬間横からススムの短剣が突き刺さる。ブラックウルフの体を押し倒すように地面に押さえつける。
「くっそ……さっさと死ねぇぇぇぇ!」
三体分血のりと体を切り裂き刃こぼれまでした刃は最初の時ほど体内に入って行かない。
「ギャウ! ガァァァァ!!」
噛みつかれないために左肩で首元を押さえつける。ブラックウルフも抵抗としてススムの背中やわき腹を爪でえぐっていく。
「うぉぉぉぉぉぉぉ!」
ジリジリと刃が中へと入っていきそして刀身すべてが刺し込まれた。どの内臓を切りつけたのかわからないがウルフが口から血を吐き悶絶していく。全力で暴れるウルフの体をススムは押さえつけた。
どれぐらいたっただろうか……。
いつの間にかブラックウルフは動かない骸と化していた。血も出なくなった刺し口から刃を引き抜く。
なわなわと力なくその場に座り込む。周りをみると骸となった魔物の死体が四つある。この全部を自分が殺したのだが、未だにその実感が持てないでいる。次に自分の状態を確認した。
未だに血が流れ出続け折られた左腕、切り裂かれた肩や腹部、背中。血のりか付き刃こぼれしたフレイド様から借り受けた短剣。それを見ると改めてよく自分が生きているなと思う。
だが、このままここに居続けることはできない。治療術を発動させ止血を始める。
ススムは動かない左腕を庇いながら立ち上がり一歩、また一歩と歩き始めた。
ススム君が少し壊れはじめました!
さぁ! 始まりますよ!! これからが本格的な”努力”の始まりですよ!
よろしければブクマと評価よろしくお願いします!




