19 殺意のリンチ
「前世……?」
「これは僕の考え方の元となった僕じゃない他人の話です」
胸倉をつかんでいた腕は離されていた。それと同時にススムは体に治療術を発動し目に見える傷だけでも治していった。
「その人はずっと他人の為に行動をしてきました。身近な人間関係を守る、ただそれだけの為に自分の子供時代を全て使っていたんです」
前世の体験をこの世界に人にも伝わるように要点だけを話していく。
「そのためには何でもしていました。何でもです。初めはその試みは成功していました。けど
、その効果は長くは続かなかったんです。どんどん壊れていく関係を彼はずっと自分のせいだと思っていました……」
あの時自分がもっと上手くできていたら。あの時両親の気持ちを繋ぎとめていたら……。
「ついに関係は完全に壊れた時、彼の中には悲しみや苦労から解放された喜びも無かったんです。彼は何も……何も無かった。理由は簡単で彼は”自分の為”ではなかったからです」
人の喜びとは全て自らの欲求を満たすことで事ができるからだ。他人の為に自分がそうしたいから行動をする。けれどもススムはしたいから、ではなく、しなければならない、が行動原理だったのだ。
「でも今のあなただってエリナや私の為に―――」
「この”ススム”は違うんですよ。僕はエリナの為に本当にそう”したい”んですよ……彼女の、彼女の大切な物の為に動きたい。その心は本当です。」
リナリーにはススムの言っていることがわからなかった。それでも自分達を頼って欲しいのだ、だがススムの中に彼女たちに迷惑、心配、不利になる行動をするという考えは無かったのだ。
「だから、今回は……今回こそは僕、いや俺は『やりたい事をやりたいように』するんだ」
急にススムの喋り方が変わっていた。話し方だけでなく雰囲気や微笑み方も違う。そんなススムにリナリーは驚いている。
今、ススムはススムでなく 我道ススム として話している。
「俺はね、リナリー。今が本当に自分なために生きている気がするんだ……。エリナの為、それが俺のやりたい事なんだ」
「ス……スム?」
まるで年上の兄のようにリナリーの頭の髪をなでていた。いつもの自分についてきてくれるススムと全く違う様子にリナリーは反応ができない。ボォ~っと豹変したススムの顔を見つめる。今までこのように自分を扱った人物がいなかったこともあり恥ずかしさで頬が少し赤くなる。
「だから大丈夫だ。何が起きても諦めるつもりなんてないよ」
「……」
リナリーは混乱する。ススムがリンチに遭っていてそれを助けようとした魔法がススムに当たってしまって、でもススムは自分の心配をしていてススム自身の事を考えもしないことに怒ってしまって……それからそれから。
頭の中がこんがらがったリナリーはその場にただ茫然とする。
「俺……僕は行かなければならない所があるから先行きますね」
「え……あ、うん」
ススムはリナリーが混乱して動かないのをいい事にその場から去って行った。
〇
日が落ち、既に周りの光を出す魔具の街灯がついている。そんな中をとぼとぼと歩くススムの姿があった。今日は普段よりも早めに仕事を終えることになっていつもよりも早い時間に帰路についていた。
リナリーに見られてしまった……あれをもしエリナに話されたら彼女はきっとススムとずっと一緒にいると言い始めるかもしれない、今までなついているぐらいに思っていたがあそこまで依存をしているとは思っていなかった。彼女がちゃんとした人生を進んで行く上でススムに対しての依存はどうにかしなければいけない……。
いっそのこと……。
こんな事をずっと考えていたせいで仕事に身が入らず普段しない筈の簡単なミスを多くしてしまい、体調不良を心配した店長に早めに返されたのだ。
どうすればエリナは自分に頼らずに成長していくことができるだろうか……。
どうすればさらに自身の強化をすることができるだろうか……。
どうすれば……。
悩み続けるススムは気が付かない間に寮の前まで帰って来てしまっていた。本来、ギルドに顔を出して報酬と魔物の資料探しをするはずが寄らずに帰ってしまった。今から行ってもいいがどうも今日は早く部屋に帰りたい気分になった。
ライトと話せばこの気分を紛らわせる事ができるかと思ったので、彼の部屋の戸を叩いた。今の時間ならまだ起きているだろう。でが返事が返ってくることはなかった。どこかに出かけているのだろうか?こんな時間に?
ライトの事を諦め自分の部屋へと戻りとりあえずベットに腰掛けようとした時、トントンと戸を叩く音が聞えた。ライトだろうか? 本当は部屋にいたのか?
下ろそうとしていた腰を上げて扉を開く。そこにいたのはライト――――ではなかった。
「おいお前、グレイ様がお呼びだ」
「さっさと来るんだな!」
そこにいたのはグレイ・レイガストの取り巻きであった。だがこんな時間に、しかも一日のうちに二回もあんな事をするつもりなのか。
何か嫌な予感がする……。
「申し訳ありませんが今日はもう勘弁してくれませんか」
「ふん! グレイ様からの命令を拒むのか!? そんな事をすれば―――」
目の前の男の顔がニヤリと笑う。
「お前の友人が無事でいられると思うなよ」
ススムは目の前の二人を押しのいてライトの部屋の扉を力強く叩いた。
「ライト! ライト! 居ないのかライト!?」
だが返事が来る事は無い。
「お前ら……ライトに何かしやがったら……」
「ハッ、それはお前しだいだな。それでどうなんだ? 来るのか?」
「行く……行けばいいんだろ! その代わりライトには手を出すなよ!」
ススムは二人の後ろに付いて行った。だがその行き先はいつもの校舎裏ではない、校舎の裏の雑木林の中へと入っていった。一瞬、雑木林の中には図書館しかないのでそこが目的地かと思ったが舗装されていない土の上を歩いているのでそこではないのだろう。
進むと木が開けた場所にたどり着く。その場所は地面が少し低くなっていて人の手が入っているのがわかる。
「連れてきました」
ススムを連れてきた取り巻きの男が大きな声で報告すると木々の中からグレイが顔を見せる。
「来たみたいだな、それと―――」
グレイがススムの顔から下の、腰のあたりに視線を向けた。
「ちゃんと持っているようだな」
持っている? 今持っている物なんて腰の短剣ぐらいしかない。つまりこいつらの目的はこれなのか? でもその疑問を解決する前に聞かなければいけないことがる。
「ライトは……ライトは無事なんだろうな!?」
「あぁ、あいつか。おい、連れてこい」
グレイの傍からライトと取り巻きが顔を見せる。周りを見渡すとちらほらと人影がある。どうやら先ほど集まっていた奴らがいるみたいだ。
「ごめんススム君。僕のせいでこんなことに……」
「いや、ライト。これは僕のせいだ。ライトを巻き込んでしまってすまない……。おい!もうライトはいいだろう離してやれよ」
「ダメだ、逃げられてはいけないからな。それな……お前はここで死ぬんだよ!」
月の明かりが周りを照らしたことでススムは前方にあった物の存在に気付く。黒く照らし出されるそれは鋼鉄の檻。段々と明かりが当たる事で中ある物の正体が判明していく。
赤く光る眼球、ちらりと光った物は牙、漆黒の毛で覆われた体は一メートルほどだろうか……狼のような容貌をした生物は一目で通常の生き物でないことが分かった。
「ブラックウルフ……!」
ニアに見せてもらった資料を思い出していた。群れで行動し広範囲に地域に移動しながら生息するためどこにでもいる『魔物』である。一体一体の強さはなく、平均的な非戦闘職の大人のレベル10~20の人間だったら倒すことは難しくない。ただ俊敏さや群れで行動するため駆け出しの冒険者の天敵となっている。
「グルルルル」
ススムと目があったブラックウルフが威嚇の唸り声を上げる。檻は二つあり全部で四体が中に入っていた。片方に一体、もう片方に三体が閉じ込められていた。
「この魔物は高等部の訓練で使用されるために昨日この場運び込まれて置かれているそうなんだよ、それでな―――」
グレイが手を上げ合図を送ると横の取り巻きが魔法を起動させた。起動した魔法陣を見る限り土魔法である事が分かった……だがその手はススムには向けられていなかった。
「たまたま逃げ出したブラックウルフが生徒を襲ったってシナリオだぜ!」
打ち出された土魔法が一匹の方の檻に当たった。鉄がひしゃぐ音が聞え土煙が舞う。すると中にいたブラックウルフが恐る恐る外へと出てきた。
すると一番近くにいたススムと目があった。お互いににらみ合いが始まる。
「これはいい見世物だな! お前が俺様に歯向かい続けるからこうなったんだぞ! いいか、逃げようとしたらこいつが次はこいつが魔物の餌食になるからな」
そう言ったグレイはライトを、次の犠牲者に指し示す。
「お前ら……どこまでクソ野郎なんだ!」
あまりに非道なグレイの物言いにススムが激怒する。
だがそれがいけなかった。
目をそらした瞬間ブラックウルフが距離を詰める。
「ススム君! 逃げて!」
ライトが叫ぶことで迫る奇異に気づきススムは距離と取る為に横へと駆ける。ステータスによる強化は無いが肉体を成人男性並みに強くしているススムは大人と体重が違うためその余剰分体を素早く動ける、ススムとウルフの速さは同じぐらいで追いつかれはしなかった。
一段上がった土壁に近づいた時、ススムの目の前に魔法が撃ち込まれる。
「そう簡単に逃げれると思うなよ! お前にはもっと苦しんでもらうからな!」
くそっ……つまりこの場は公開処刑するためのリングなのだ。
後ろからウルフが近づいてきてるの分かる、ススムはすぐに方今転換して走り出す。魔物から逃げながらススムはこの状況を打破するための方法を思考した。
全力で突破すればこの囲いを抜けることができるだろう、でもそうすればライトが魔物の餌食にされる。もちろんそれは論外だ。
今の強化されたススムだったらこのウルフ一匹なら倒せる可能性はある、でもその場合グレイ達が直接殺しに来るだろう、その場合この人数差、それに戦闘職が多人数いるからには絶対に適わない。
(逃げてもダメ、戦ってもダメ……だったら。)
ススムはもう一つの檻、三匹のウルフが捕らわれている方へ走った。少しでも時間を稼ぐために全身の力を足の集中させ一歩一歩を力強く踏みつける。それは一瞬の事だったが足をつくたびに加速するススムの姿はレベルが0の人間の速さではなかった。
脱兎のごとく駈けるススムは腰からフレイドから貰った短剣を引き抜く、檻の間前にたどり着くと地面を踏みつけそこから伝わる力の流動を腰、腕と伝え檻のカギに向け剣を振り下ろす。
「おらぁぁぁぁぁ!」
ススムの今できる全力を使って振り下ろされた短剣は使い古された鍵を粉々に砕いた。
「このっ……やめろ!」
ススムの暴挙を止めようとした取り巻きの声が今頃聞こえてくる。それと同時に打ち出されたススムに向かってきた。だがそれを間一髪避ける、ススムは檻の前にいるので当たらなかった魔法は当然檻へと当たった。檻の入り口を止める鍵が壊された状態で魔法が当たったため扉がはじき飛んで行った。
「バカ! これじゃ魔物が―――」
グレイが予想した通り捕らわれていた三体のブラックウルフが檻から飛び出した。
これはススムにとって大きな賭けだった。最悪四体のブラックウルフに襲われることになるがこの場から脱出するにはこの布陣を混乱させるしか方法がない。
自由になったウルフ達は幸運な事に檻の上に乗っていたススムには気が付く事なく取り巻き、グレイへと襲い掛かる。
「う、うわぁぁぁ!」
「に、逃げろ!」
「く、来るな来るな!」
ススムを取り囲んでいた者たちが塵尻に木々の中へと逃げて行った。
「くそっ、くそっ! なんでお前はいつもいつも俺の言うとおりにならないんだ!」
憎しみと殺意を向けたグレイと目が合う。
「その剣をこっちによこせ! 平民っ!」
(剣? グレイは俺が持っているこの短剣を奪おうとしているのか?)
「グレイ様、一体こっちに来ます! 早く逃げないと」
「チッ……覚悟しておけよ。絶対に殺すからな!」
迫って来るウルフに怖気づいた取り巻きに言われたグレイも木々の中へと逃げていく。
やはりススムの読み通りだった。おそらくこの場にいた全員がかかればブラックウルフ四体は討伐できるだろう、だがそれは戦うことに慣れた人間ならの話だ。つい最近やっと冒険者となったばかりの餓鬼どもには初めて自分を殺すことができる相手との邂逅、いくら優秀な戦闘職でも心が成長に追いついていないのだ。
「ススム君! 君も早く!」
ライトは逃げ出さずにススムを待っていた。だが、ススムはその場を動くことができない。最初に襲ってきたブラックウルフは変わらずススムの事を睨み続け狙う。
「構うなっ、いいから行け! ライト!」
「でも! でも!」
「君が逃げれたら僕も逃げれる、だからあいつらが居ない今のうちに!」
「っ……わかったよ。助けを呼んで来るから!」
悔しそうに口を噛みしめながらライトもその場を去って行く。
今逃げるわけにはいかない。俺一人ならこの場から逃げる事ができるかもしれないが非戦闘職のライトの足では簡単にブラックウルフに追いつかれてしまう。だからここで目の前のブラックウルフを食い止める必要がある。
ススムは檻から降りて剣を構えなおす。
それはススムの人生でも、我道 ススムの人生でも初めての体験。殺し合いが始まった。
ごめんなさい、少し間が空いてしまいました……。
ついに戦いを始める事ができる!
グレイはクソ野郎ですが、平民に自分が好意を向けている相手と一緒にいて、何をいても反抗し続けるので取り巻き達に貴族としてのメンツを保つために見せしめで今回の事件を起こしました。個人的にぼっこぼこにしたいのですがそれはまだ先になりそうです……。今のススムと『騎士』のグレイは実力的に同じぐらいです。
よければブクマと評価よろしくお願いします!




