プロローグ オネスタについて
久しぶりの投稿になります。随分遅くなって申し訳ありません。前章のオネスタ編より話は長くなっています。しかし、内容は面白いです。どうかお付き合い下さい。
3日間隔で夕方6時に更新していきます。
プロローグは地の文がメインとなっていますが次話からは会話もあります。話の雰囲気も変わりますのでよろしくお願いします。
一年が1752回目経った年に起こった大事件、さらにその三十年前。一人の少女が生まれた。
名をオネスタという。両親がどうしてその名をつけたのか、今となっては確かなことはわからない。
ソプラ国の西側、小さな村の中で父、イディオットと母、シューモの間に、オネスタは生まれた。オネスタが生まれたとき、なかなか泣きださないオネスタに両親は懸命に働く女医の目の前で、見るも無様に狼狽していた。オネスタが泣き出すと同時、同じように両親も泣きじゃくった。
そんな優しい両親の下で、オネスタは健康に、元気に育っていた。これからもずっと元気に育っていく、幸せな人生を歩む。誰もがそう疑わなかった。
オネスタが五歳の誕生日を迎える前のこと、悲劇は起きた。いや、それは始まりに過ぎなかったのかもしれない。
オネスタの母親――シューモが死んだ。病死だ。突然の病に床に伏せた。病状はよくなることはなく、イディオットの看病も虚しく、たった一週間で、シューモは死んだ。原因は不明。中央都市、チェントルの医療なら救えるかもしれなかった。だが不幸にも、そのお金をオネスタの両親は持っていなかった。
幼いオネスタには母の死がどういうものか理解できず。泣きじゃくる父を茫然と眺めているだけだった。絶望に打ちひしがれるオネスタの父親は、それでも生きることを諦めようとはしなかった。
オネスタが、自分の娘がいたからだ。イディオットは働いた。働いて働いて、たまにはオネスタと二人で出かけたりもした。
イディオットの頑張りのおかげで、オネスタは十歳になった。裕福とは言えないが、オネスタは父親のことが大好きだった。
そして、転機が訪れた。
ある日、イディオットに縁談の申し込みが来た。相手はソプラ国の西側では少し名の知れた富豪の娘だった。イディオットの優しさと、懸命な生き様に娘は惚れたのだという。
娘の父親は心根の優しい人で、平民のイディオットとの縁談を認めていた。富豪の申し出にイディオットの反応はいいものだった。何度も顔を合わせ、お互いのことを知っていった。イディオットから見ても、娘は魅力的で、娘の父親は尊敬に値する素晴らしい人物だった。なにより、オネスタのためになる。今よりも裕福な暮らしを娘にさせてやりたかった。だが、イディオットはシューモのことを忘れたわけではい。
そう思い始め、ついにイディオットは正式に申し出を受け入れることを伝えに行こうと決めた。
その前日、同じ村の一人からこんなことを言われた。
「お前さんと好意にしている富豪の娘さんだが……言いにくいのだが子持ちを嫌うらしいが、大丈夫なのかい」
だが、イディオットはその噂話にも等しい村人の言葉にあまり関心を持っていなかった。あの女性がそんなことを思っているはずがないと。実はこのとき、まだイディオットは娘――オネスタの存在を富豪の親子に伝えていなかった。言う機会がなかっただけのことだ、まずいことなんて何もないとイディオットは深く考えることを避けていた。
そして次の日、富豪の屋敷を訪れ、結婚を受け入れることを伝えた。
不幸な、予想外なことがいや、予想通りの一つの質問が来た。
「イディオットさんは今まで結婚の経験はあるんですか?」
娘に悪意はなかった。今までその質問をしなかったのはイディオットと同じで、単に機会がなかったからだ。もっと以前に、出会ったときにでもその問いをしていればもしくは、イディオットがオネスタの存在を明かしていれば。誰も傷つかなかったのかもしれない。
イディオットは馬鹿な男だった。目前まで迫った結婚を前に、真実を話すことが出来なかったのだ。
後ろめたい気持ちを抱えながら、二人の新婚生活が始まった。
イディオットはそこでようやく、オネスタの存在を話すことに決めた。初めて二人で新居に入ろうとした日にオネスタを連れて行った。
その結果。イディオットは死んだ。オネスタには唐突すぎた死だ。
富豪の娘は、嘘をつき自分を騙したイディオットを許しはしなかったのだ。自らの手を直接下すことはなかったが、イディオットは闇に葬られた。イディオットの最後の言葉は「娘は見逃してくれ」だった。
両親のいなくなったオネスタは、書類上の母親である富豪の家に引き取られることとなった。拒否することは出来なかった。オネスタには両親以外に身寄りがなかったのだ。それからオネスタは過酷な日々を過ごした。
周りから見れば、富豪の家族は身寄りのいない少女を引き取った優しい家族に見えただろう。しかし実際は違う。
富豪一家はオネスタを快く思っていなかった。いや、むしろ疎んでいた。当たり前だ。娘からすると自分を欺き、子供の存在を隠してまで自分と結婚しようとした男の子供なのだ。そう簡単に受け入れられるはずがない。
富豪一家はオネスタに辛く当たった。最低限の食事しか与えず、服も適当なものしか与えない。さらには洗濯、掃除、を毎日やらせた。食事を作らせなかったのはオネスタが勝手に食べると考えたからだ。初めのうちはオネスタもめげずに富豪一家と親密になろうと、話しかけたりもしていた。だが誰と話しても、よくて生返事、無視されることが当たり前になっていた。不幸中の幸いというべきか、オネスタは富豪一家に暴力を振るわれることはなかった。
そこで暮らしているうちにオネスタの心は擦り切れ、いつしか話すこともなくなっていった。
そして破滅した日常を過ごしながら、オネスタは十八歳まで育った。