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天上の世界の明日に向けて  作者: 奈宮伊呂波
クリオシタ編
6/50

第五話 作戦成功

 フォルティモから貰ったキューブ。これがあればフォルティモの家まで行くことができる。それも瞬間的に。詳しくは知らないが他ならぬフォルティモが言っていたのだ。クリオシタが信用するには十分すぎる理由だった。


「おじさん、名前は?」


 改めて、いろいろお世話になった向かい側の住人に尋ねることにした。別れの挨拶だ。


「俺か、俺はジュスティスだ」


「ジュスティス、いい名前だね。私はクリオシタ。そのうち話題になる名前だから覚えておいて損はないよ」


 次に王城へ来るときは、来年の遠征の時だ。それまでの逃亡生活は辛くなりそうだけどなんとかなる。……なったらいいな。

 大げさだなとジュスティスは言うが、ソプラ国の外に行ったとなればしばらくこの話題で持ちきりになるだろう。


「じゃあまたね!」


 そう言って、ポケットから取り出したキューブを握りしめる――が、何も起こらない。

 またしてもクリオシタは忘れていた。この部屋は能力使用が制限されている。


「そうだった……」


 項垂れるクリオシタは向かい側のジュスティスが笑いをこらえていることを予期して耳をふさいで目を閉じている。

 その時だった。肩を叩かれた。奇妙なことだ、クリオシタ以外この小部屋にいることはあり得ない。入ることもあり得ないだろう。看守がクリオシタを外に出すために開けるとしても、今外に連れ出す理由がない。

 では、クリオシタの肩を叩くこの人物は誰だ。

 目を開くと、目にしたのはこちらを指差し、愕然としているジュスティス。そして――


「おい、ここはどこだよクリオシタ」


「フォル!?」


 クリオシタは驚いた、向かい側のジュスティスほどではないが、驚いた。


「反応がしたからテレポートしてみれば、なんだここ牢屋?」


 反応? クリオシタは首を傾げた。キューブを握れば、フォルティモの家に移動できる。クリオシタはそうフォルティモからそう聞いたはずだった。


「え、あれ? フォルなんでここに?」


「何でも何も、クリオシタが呼んだんだろ」


 クリオシタの理解が遅いのか、フォルティモの説明が悪いのか、どこか二人の言動にズレが生じている。先にそのズレを察したのはフォルティモのほうだった。


「クリオシタ、俺が説明したキューブの効果を言ってくれ」


 ゆっくり、クリオシタを落ち着かせるようにフォルティモは促した。


「えっと、キューブを握ったらフォルティモの家までひとっ飛び?」


 クリオシタは正しい説明をしたつもりだったが、フォルティモは大きなため息を吐いた。

 その大げさな行為にクリオシタは少し腹が立ったが、我慢して聞くことにした。


「そんなこと言ってねえ……。いいか、これは目印だ。それはわかるよな? よし、でも目印ってだけならクリオシタがいつ助けを求めているかわからないよな? それはクリオシタが握ることで、なんというか光るんだよ。時空間で。俺はそれを感じることができる。それでだな、時空間で光ったのが確認出来たら、クリオシタの下へ飛んで、その後クリオシタを連れて家の目印まで飛ぶってわけだ」


「あ、ああー。そうなのね」


 懇切丁寧に説明されてようやくクリオシタは理解した。つまり今までクリオシタが、このキューブは握りしめるだけで移動できるマジックアイテムのようなものだと思っていたのは間違いで、やはり目印は目印でしかなかったわけだ。


「まさかクリオシタ。これを握りしめるだけで俺の家まで飛べると思っていたんじゃ……」


「で、でもフォルもそんな説明してなかったじゃない!」


「そうだな。それは悪かった」


 素直に謝られては責めるに責められない。それにしっかり説明を聞かなかったクリオシタにも非はある。


「てか、クリオシタ結局捕まったんだな」


「仕方ないじゃん……。結構疲れてたんだよ」


「ふーん。まあいいや。じゃ戻るか」


「うん。ジュスティスさん。またね!」


 再び挨拶。クリオシタは頬擦りする勢いでフォルティモの腕にしがみつく。フォルティモは嫌がる素振りを見せるが振り払う様子はない。

 しかし、お気づきだろうか? クリオシタは二度経験したことだが、まだ頭に入っていないことがあると。


「クリオシタ」


「何? フォル?」


「能力使えないんだけど……」


 フォルティモの絶望した表情を見て、クリオシタは思いだした。

 そうここは能力の使用が出来なくなっている。フォルティモがこちらに飛ぶ分には問題なかったのだが、ここに来た時点で、フォルティモも能力制限の対象になったのだ。


「そういえば、ここ能力が使えないんだった……」


 それを聞いたフォルティモが激昂する。


「馬鹿! クリオシタもうほんと馬鹿! どうすんの! 俺このまま行ったら監獄に侵入した重罪人じゃん!」



 ◇ ◇ ◇



「ごめんってフォル。許してよ」


 部屋の片隅で膝を三角にしてうずくまるフォルティモに謝り続けたが、こちらを向こうとしないフォルティモにクリオシタは悩んでいた。こうなってしまったら暫くは話しもしてくれないだろう。


「ジュスティスさん。ここって王城のどの辺りなの?」


 フォルティモのことは今は諦めて、ジュスティスに話しかけることにした。苦し紛れの現実逃避だ。


「それより、クリオシタちゃんよ。二回も今生の別れをしたわけだが恥ずかしくはないのか?」


 痛いところを突いてきた。恥ずかしいに決まっている。もういっぱいいっぱい失敗ばかりで恥じらいを感じることもする余裕がないだけだ。


「恥ずかしいに決まってるよ……」


「そうかい。そんな間抜けなクリオシタちゃんにここがどこだか教えてやる。ここは、王城の、というより城壁内の一番北にある監獄だ」


 それを聞いてクリオシタは一つの案を考え出した。ジュスティスが言うにはここはまだ王城に近い位置にある。南に行けば大穴だってあるだろう。それにさっきの看守は十二時が過ぎたあたりでまたここに来ると言っていた。それに、と三角に形どった膝を抱えてぶつぶつ言いだしたフォルティモを見る。


 ――それはちょっと怖いな、フォル。


 とにかく、これだけあれば、まだ大穴まで行ける望みはある。



 ◇ ◇ ◇



 十二時になった。もうすぐ目標の人物が来る。

 クリオシタはこれまでの苦労に思いを馳せる。

 長時間の飛行、周りに注意しながら走り続けた。城内ではおかしな男と戦った。そのせいで兵に見つかった。自分の犯したミスのせいで捕まった。

 そして、フォルティモの説得に二時間かかった。これが一番大変だった。

 ジュスティスをはじめ、周りの囚人にも今から起こることに対する許可を取った。むしろ反対するものは誰もいなかった。


 数分待つと目標の人物――朝会った看守の足音が鳴り響いた。

 その音を耳にするとクリオシタは格子の出入り口付近で横たわった。倒れたふりだ。クリオシタの仕事はそれのみ。大変なのはフォルティモのほうだ。

 看守がクリオシタの牢屋の前に立つや否や、最大級に警戒した様子で声を荒立てた。


「お前! 何者だ! なぜここにいる、どうやって入った!」


 ここから、フォルティモの一世一代の演技が始まった。


 クリオシタがフォルティモ、そして他の囚人たちに伝えた内容はこうだった。


「俺が誰かって? そんなことは問題ではない。今貴様が気にすべきことは、俺がこの建物全てに爆薬を仕掛けたということだけだ!」


 フォルティモはキメ顔でそう言った。

 クリオシタの作戦、それはここを危険だと思わせ、看守が囚人を外に出しそれに乗じて、二人も外に出るということだ。ただ、クリオシタは大穴を目指すことはフォルティモには秘密にしていた。

 もちろんフォルティモの言ったことは全くの大嘘である。倒れたふりをしているクリオシタはこの嘘がばれるか気が気でない一方、笑いをこらえるのに必死である。


「なんだと、それは――」


 倒れているだけのクリオシタでさえ不安なのだ、フォルティモ本人はキメ顔こそなんとか保っているものの、緊張に、不安を重ね、声と足の震えを抑えるのに全神経を注ぎ込んでいる。

 クリオシタから見てフォルティモがノリノリに見えたのは気のせいかそうでないのかクリオシタには判別できない。

 次の看守の言葉でこれからの二人の運命を変える。そして、看守の発したことは、


「よくもやってくれたな、どうやったのかは知らんが緊急事態だ。そこのお前! 今すぐ全看守に伝えろ。この監獄には爆薬が仕掛けられている。囚人を全て外に出し安全を確保しろ!」


 そう言って看守はこのフロアの牢屋の鍵を次々と開放していった。相当動揺しているのか、爆薬を仕掛けた犯人がいるクリオシタの部屋の鍵でさえ開けてしまった。

 看守が牢屋を開放している間、囚人達は悠長に待っているだけではない。引き留める看守の声も虚しく、囚人達は我先にと下への階段を目指す。

 怖いぐらいにうまくいったがそれに紛れ、二人は脱出する。


 上のフロア、下のフロアから次々と囚人たちは外を目指す。他の看守が動いているのだろう。

 クリオシタは脱走した囚人達が民間人を危険にさらす危険も考えたがそれはあまり気にしていない。遠征のために多くの兵が集まっているし、この国の兵士は子供とはいえ、能力者である自分を捕まえたのだ。ただの人ぐらい捕まえられるだろうと。適当に考えていた。

 クリオシタは無責任な女だった。


「これからどうすんの!」


「南に向かう! 南に出口があるってジュスティスさんが言ってた!」


「わかった!」


 クリオシタは結果的に、フォルティモを連れて大穴を目指すこととなった。

 クリオシタは卑怯な女だった。


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