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天上の世界の明日に向けて  作者: 奈宮伊呂波
オネスタ編
48/50

第四十話 決戦までの経緯 その3

 家を出た途端に馬鹿正直に大声を出す目の前の婦人にステラは驚きを隠せなかった。

 当然近くにいた男たちは異変を察知するが、まだ目視にまでは至っていないようだった。


「失礼します!」


 一言断りを入れてステラはクリオシタの母親の体を抱きしめた。驚いたのか少し反発があったが無理やり沈ませた。男たちがこちらを見ていないのを能力を使って確認し、すぐさまその場所を離れた。


「無闇に叫んでも仕方ないって何度も言いましたよね?」


「私のことよりどうしたらあの子が見つかるか考えてくれない?」


 ここまで自分を貫かれるとステラはもう何も言えない。

人影の薄いところまで移動すると、能力で聴覚を強化した。周囲の状況を確かめるにはこの方法が一番手っ取り早いのだ。

 聴力を何倍にも増幅させ、根を張るようにカントネの街の中の音と言う音を全て拾い上げる。遠くにいる人の声も、普段なら聞こえるが今は雑音が混じってうまく聞き取れない。わかったのは二か所で大きな音が聞こえたと言う事だ。中央にある広場か、さらに向こうの住宅地か、このどちらかにオネスタはいるだろう。

 悔しいがいくら集中してもどちらかは判別できない。音が多いのは中央広場の方だ。人が多いとすればこちらになるだろう。

時間もあまりない中、ステラは、


「中央広場に向かいましょう」


「そこにクリオシタは居るの?」


「わかりません。もう一つ、大きな音が聞こえます。そっちにいるのかもしれないですけど、中央広場の方がここから近いです」


 少しずれるが方角的にどちらもステラの家から南にある。オネスタの書き残したメモは南に行くとあった。どちらかは彼らにはわからない。


「なら、私はその中央広場ってとこに行く」


「別々に行くんですか」


「その方が効率的でしょう?」


「危険です。僕と一緒にいるべきだって言いましたよね?」


「今危険なのはあの子よ」


 どうやら説得される気はないらしい。もう何度と言いあってきてステラはようやく理解した。

 この人はクリオシタのこと以外考えていない。彼女さえ無事なら他はどうなっていいのだろう。おそらくその他の中には「自分」も含まれている。

 これ以上言っても聞く気がないのなら時間の無駄だ。ステラはそう思った。

 だが、一人で行かせることだけは許さない。勝手に死なれてはこちらの後味が悪い。


「どちらにせよ。僕が行ったほうが早いのは絶対です。僕があなたを抱えてどちらも回った方があなたも納得するのではないですか?」


 そう言うと数秒思案し彼女は言った。


「……そうね。そうしましょう」


 ステラはクリオシタの母親を背負い、中央広場へと走り出した。空を行くか、地を走るか迷ったが走ることにした。空を飛ぶとどうしても音が目立つし、何よりも走った方が早い。今の状況では能力の事がばれる可能性があるだとか気にしてはいられない。時間がないのだ。



 ◆ ◆ ◆



 ステラの家では少年が一人だけ取り残されていた。彼の名はフォルティモ。

 彼はテーブルのメモを掴みながら葛藤していた。


「クリオシタちゃん……」


 その名を口にすれば勇気が出る気がした。自分のやるべきことが鮮明になっていく。

 彼だってクリオシタを心配している。仲のいい友達に会って安心したい。それを許されたのは彼女の母親だけでなぜ自分は駄目なのか、彼には理解できない。こんなところで燻るために彼はここに来たわけではない。クリオシタを探すために来た。

 彼は納得していない。クリオシタの母親は彼を信用していたみたいだが、フォルティモはまだ不信感をぬぐい切れなかった。

 いきなり現れて、クリオシタの居場所を知っていると言う男のどこに信用の値があるのか。彼は不思議でならかった。


「やっぱり、僕も行こう」


 彼は自分が幼く力がないことを知っている。だがそんなことは関係ない。

 そうして、少年は扉を開いた。



 ◆ ◆ ◆


(酷いもんだな)


 大通りの裏道を進むステラは胸を痛めた。中央に近づけばそれだけ建物はより破壊されていた。やはり人が多く住んでいる場所が狙われていたようだ。


 やがて、中央広場に着いた。そのころには能力を使わずともはっきりと戦っている音が聞こえた。

クリオシタの母親を背中から降ろし、入り口から少しだけ顔を出して広場の中の様子を観察した。


「クリオシタはいないみたいね」


 ステラの横からのぞき込んでいたクリオシタの母親が呟く。

 彼女の言う通り広場の中には見たところオネスタもクリオシタもいない。十数人の騎士たちがその倍の数はいるだろう賊たちと激戦を繰り広げていた。その中にはカヴァールもいた。彼は長剣を操り三人を相手取っていた。圧倒的な数的不利をものともしていないのは、さすがである。

もう一度耳に集中してみるともう一つの音がさっきよりも南に移動していた。おそらく、こっちにオネスタがいるのだろう。


「ここから南の方にオネスタとクリオシタちゃんがいるみたいです。あなたはそっちへ行ってください」


「ステラ君はどうするの?」


「僕はあれを終わらせてきます。すぐに済むので早く行ってください」


「わかった」


 そう言うと彼女はすぐに走っていった。

 一人にさせることはステラの望むところではない。だが目の前で戦っている騎士たちを見なかったことにするのは彼には不可能だ。

 彼女が道に迷わないことを祈り、ステラは広場の中へと足を踏み入れた。


 カヴァールは疲弊していた。彼だけではない他の騎士団員たちもそうだ。

突然街に現れた連中は彼らの力では抑えきれないほどの勢いだった。全身全霊で鎮圧に立ち向かった。連戦に次ぐ連戦。

元々彼らはこんな事態など想定していなかった。そのせいで連携は取れず完全に個の戦いとなった。人数の差もあり、あっという間に街は崩壊を迎えた。逃げられた住民は全体の七割ほどだ。騎士は半分以上が殺された。逃げ延びた住民についても、この街から出た後の事は一切把握できていない。最悪の事態もありえる。

最後まで残った彼らはこの中央広場で時間稼ぎをしていた。後どれぐらい住民が残っているか調べる人にも時間にも余裕がなかった。終わらない時間稼ぎ。奪われ続ける体力を振り絞り気力だけで彼らは立っていた。


「ぐあああっ!!」


 また一人同胞が倒れた。


「一丁上がりぃ」


「残党はもうわずかだぜお前ら!」


 ふざけるな人を賊の生き残りみたいに言うなそれはお前らだろうが。干上がった喉は言葉を出してはくれなかった。


「カヴァールさん!!」


 味方の騎士が叫んだ。彼が注視していたのはカヴァールの後方だった。

 カヴァールが気づいたとき、すでに手遅れだった。いつもなら反応できていたはずだと後悔してももう遅い。

 槌矛が彼の頭部を狙っていた。

頭では理解できてるのに、目の前にいる下劣な笑みを浮かべた男にカヴァールの体は反応してくれなかった。他の騎士も目の前の敵の相手で手いっぱいだ。

 カヴァールは思わず目を瞑った。


「諦めんな!!!!」


 どこからか怒号が飛んできた。目を開くとカヴァールが知っている人物が彼の目の前の敵を粉砕していた。

 胴体辺りを殴られたのか、男は意識の限界を迎えその場に倒れた。


「ステラか! どうしてここにいる!」


 擦れた声でカヴァールは強引に叫ぶ。


「この戦いを終わらせるためだよ!」


「くそっ。仕方ない手伝ってもらうぞ」


「おう」


 ステラは倒した男の槌矛を拾った。

人数は三十ほどいるだろう。この数の人を相手にするのはこれが初めてだった。勝てるかわからない。だから、彼は全力を出す。

近くにいた騎士と戦っていた女の後ろをとった。ステラには気づいていない。無防備な背中を見せる女の横腹をステラは容赦なく叩いた。いくつか骨が折れる感触が手に伝わった。不気味な感触に吐き気を催すが何とか堪えた。

ステラはもう慣れた。


「おらよ」


 軽い言葉で騎士を倒した男がいた。


「かかって来いよ」


 余裕な表情を浮かべた男がいた。


「あっはははは」


 奇妙な笑い声を上げながら交戦する女がいた。

 それを全部をステラは一撃で屠っていった。

 何度も何度も繰り返しているうちに広場で立っている者は五人の騎士とステラだけになった。


「助かったステラ」


「ああ」


「行かなくていいのか?」


 カヴァールはステラの目的が自分ではないことはわかっている。


「いや行くさ」


「そうか。俺たちは他の住民を見て回る。そっちは頼んだ」


 ええーと他の騎士が異議を唱えるが「うるさい」とカヴァールは一蹴した。


「わかった。そっちは頼む」


 ステラはそう言い残しその場を去った。


「よしお前ら最後の仕事だ! 行くぞ!」


「わかりましたよ……」


 誰も動きたくはない。だが、震えるカヴァールの足を見てしまえばそういうわけにもいかなかった。彼が戦っているのに自分たちだけが楽をしていいわけがない。


 聴力を集中させた。

 もう一つの大きな音はまだ聞こえている。場所は街の南東の方角だ。ステラはそっちの方向に向かっている。

クリオシタの母親はクリオシタと無事に会えたのだろうか。

 わからないがステラもそこへ向かうしかない。


「うわっ!」


 まっすぐ音の方に向かっていると、足が何かに引っかかった。曲がり角にあったので気づくことが出来なかったのだ。何だろうと一目それを見てステラは後悔した。死体が三つあった。

 知り合いかどうか確かめるために顔を見てみるが、全て見知らぬ男のものだった。

 ステラは安堵し、また南へ向かった。

 音は南の検問所の方に動いている。限界まで走力を上げ、南の検問所につながる大通りにステラは走った。


 人だかりが見えた、検問所のすぐそばだ。

 能力を聴力から視力に集中させる。

 人だかりに向かい合っているのは、オネスタだった。近くにクリオシタもいるようだ。それだけでステラの血管は千切れるかと思った。

さらに注視すると、男が一人オネスタに剣を向けていた。オネスタは逃げない。いや、逃げる力が残っていないのだろう。

ステラの中から怒りがこみ上げ、全身の筋肉が強引に暴れだし、一歩進む度に整備された道路に裂け目が生まれた。一層速度を上げ、ステラは叫んだ。


「オネスタああああああ!!!!!」


 ステラの全速力のエネルギーが上乗せされた全力の拳が、剣を持つ男の頬を捉えた。


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