第三十七話 最後の戦いの始まり
大気が静まっていた。
余裕のあった連中の笑みは失せ、代わりにステラを凝視している。
多くの目がステラに集中していたが、彼は怯まなかった。一歩、一歩と距離を詰めるが連中もそれに合わせて距離をとる。
「お前らビビってんの?」
ステラが飛び込んだ。
数にしておよそ五十対一。数の暴力という言葉があるぐらいだ。本来なら勝てるはずのない状況。ステラはそんなこと意に介さなかった。
正面に突っ立っていた男の腹を勢いのままに蹴り飛ばした。
蹴られた男は吹き飛び、回転しながら連中のうちの数人に身体をぶつけていった。
ステラの一連の動作を眼で捕捉した人間はそこにはいなかった。連中はオネスタのことを知っている。
オネスタは何故自分ことを知られているが知らないが、それは騎士に変装したバーギアと能力で監視していたシュタインによるものだ。
だからステラのことも知っていた。それなのにその場にいた連中は誰一人として身動き出来なかった。
「くそっ……」
連中の一人が呟いた。
こんなはずではなかったという表情だ。彼らの見積もりは甘くステラの力が大きすぎたのだ。
彼らは以前にバーギアから「ステラは百人は相手ができる」と聞いていた。だが彼らは恐れなかった。自分たちはそこらの集団よりも個々の力もチームのしても優れているという自信があったからだ。
「今から全員叩き潰すが、逃げるなよ」
ドスの効いたステラの言葉で連中は動いた。最初に動いたのは若い連中のうちの男五人だった。ステラに自分達を逃がすことがないと判断し覚悟を決めたのだ。
雄叫び上げ、それぞれ剣や斧等を構え取り囲むようにステラに向かった。
五方向からの攻撃をステラはまず正面から捌いた。目にも止まらぬ速さで男の懐に潜り、剣を持っている男の手首を片手で捻って潰した。そのまま膝を鳩尾にくらわせると男は地面に伏せた。
それを見た他の四人が一瞬たじろいだが止まりはしない。低めの姿勢で突撃してきた男の一人にステラは向かった。既のところで剣を躱して男の顔面に握り拳を叩き込んだ。腕に鼻が折れた感触が伝わってきたがステラは気にしない。
一撃で気絶した男から剣を奪い、立て続けに他の三人を斬殺した。
「あいつらに続け!」
誰かがそう叫んだ。全員がステラに攻撃の準備を始めた。子供や老人は弓矢を構え、若い男女は近接用の武器を持った。
もはや逃げる気配はないようだ。ステラも情けをかけるつもりもなく、容赦するつもりもない。全力を持って制裁を加えるのみだ。
「放て!!」
一斉に矢が放たれた。一つの弓は数本纏めて放つことの出来る弓だった。それが十五丁で計四十五本の矢の雨がステラに注ぐ。矢が地面に落ちるタイミングで残りの若い衆が同時にステラを狙う。
それらを見てなお、ステラは動じなかった。まるで地を這う小虫を見る時のような顔でステラは襲いかかる矢と人を眺めた。
それからの光景が圧倒的だったとオネスタは感じた。
まずステラは、倒壊した建物の瓦礫の中から石の壁を手に取った。形は歪な四角形。大きさは畳二つほど。
かなり重たいはずだが能力を使用しているステラなら簡単なことだった。
ステラは石の壁を扇のように振りかざし巨大な風を作った。風の勢いは強烈で矢の雨を跳ね返した。
ステラの攻撃は終わらない。
石の壁を両手で投擲した。それで十人ほどの体がズタズタに引き裂かれた。中には頭を粉砕された者もいるだろう。
連中の連携は崩れた。それからは何の作戦もない。秘密兵器がある訳でもない。
後は容易に遂行できる作業だけだ。
ステラは一人一人を叩き潰していく。
「うおおおおお!!!」
それでも連中は止まらない。諦めることは生きることを辞めることと同義だ。立ち向かう以外の選択肢はない。
その彼らをステラは当たり前のように潰していく。
「もういいよ……」
気づいたら口が動いていた。
オネスタは優しかったステラがそんなことをするところを見るのは初めてだった。
正義はこちらにある。カントネの人が何人も犠牲になった。これを悪行と言うなら、彼らはを裁くステラは正義と呼ばれるはずだ。
それと同時に、やりすぎではないのか、という気持ちが生まれてきた。
鬼神のごとく敵を倒して、いや、殺していた。圧倒的で、もはや連中は為す術もない。これではただの残虐行為だ。連中とやっていることは変わらない。
こんなことをオネスタは望んだ訳じゃない。
「もうやめて! 逃げよう、ステラ!」
やがてオネスタは立ち上がって叫んでいた。小さなクリオシタにその光景を見せないように顔を隠し、必死にステラに声を届けていた。
「お願い、ステラ!!!!」
残り数人となった所で、ステラは突然止まった。
オネスタの声が届いたからでは無い。全身を岩石で封じられたからだ。
「めちゃくちゃしてくれてるなあ」
声がしたのは頭上だった。浮遊している砂の上に少年と女は立っていた。
「殺すしかないね」
仲間が殺されていた現場を見て、なお二人は笑っていた。気にも留めていないのだ。
残っていた連中も「やっと来たか」と呆れるような動作を一様に見せる。
ガギン! と音が鳴った。ステラが全身の石を強引に割砕いた音だ。
ステラは空中の二人を睨んだ。
「お前らがボスだな?」
「その通り」
「そうか。じゃあな」
そして、最後の激突が始まった。