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天上の世界の明日に向けて  作者: 奈宮伊呂波
クリオシタ編
4/50

第三話 不敵な男は無視したい

 まだ見つかってはいない。慎重に進んでいるからか、クリオシタはなかなか王城内へ侵入することが出来なかった。なんとか城下町までは進めたのだが、ここからは警備が本格的になる。

 木々の中では誰からも見えないよう、人の気配が全くないところでも過度に周りに注意し、数メートル進むにも苦労した。今は街の路地で一休みしている。

 同じチェントルの街と言えどもクリオシタのいる街から王城へ行くにはまだ少し距離がある。王城があれだけ慌ただしく動いている中、飛んでいけば目立ちまくる。クリオシタは歩いていくしかない。がしかし、歩いていくにしてもこの距離じゃ何時間かかるか分かったものではない。夜明けまでに済ましたいと考えているクリオシタからすると走って向かうことが最善に思えた。

 ――大丈夫、慎重にかつ全力で走ればなんとかなる。大丈夫、いざとなればフォルのキューブもあるんだから大丈夫。

 そう自分に言い聞かせるも、不安なものは不安なのだ。

 五分ほど自分を勇気づける作業を繰り返すと、クリオシタは再び進みだした。

 ここからは能力は使えない。


「お、っと危ない危ない」


 表通りを進んだだけでもう衛兵がうろついていた。しかもこんな端の街にもいるのだ。王城付近には何人いるのか想像したくない。こんなところで何してるんだと舌打ちをするが、自分の苛立ちを実感するだけで事態は好転しない。

 クリオシタは仕方なく裏路地から進むことにしたが、何分始めてくる街だ。出来れば表を通りたかったという気持ちはぬぐい切れない。


 迷いながら三十分ほど走り続けた結果、王城までの距離は半分にまで迫った。

 そのあたりからは衛兵を見ないことのほうが少なくなっていた。見回りの衛兵が増えるにつれクリオシタの進み方も雑なものになっていった。

 それには大きな原因がある。長い時間飛ぶために休憩を挟んだとはいえ、能力を使い続けた。また、誰もいないか確認しながら進んできた。それらに集中していたため疲れてきたのだ。


「下見でこんなだと本番どうするんだって話だよね」


 強がってみるも、クリオシタの言葉からは疲労がにじみ出ている。それでも足を緩めることはしない。それこそ自殺行為だ。警備網が敷かれているということは、国としては、侵入者は捕まえるという絶対的な意思があるのだろう。

 クリオシタはゆっくり慎重に行くよりもできるだけ見つからないように走って進むほうがいいと考えている。思考放棄にも近い危険な考え方だが、これはクリオシタの生まれ持っての性分なのだ。


「よっし、着いた」


 それからまた何事もなく三十分ほど進むと、いよいよ王城の前に着いた。小さくガッツポーズを掲げて自らの成績をたたえる。チェントルに着いてから、進み始めて一時間以上。いい区切り目だと、クリオシタは休憩をとることにした。

 その辺の往来で休憩していると見つかるだろう。やむを得ず静かに能力を使い、王城の目と鼻の先にある住居の屋根の上で休憩している。ここなら王城から光を当てられでもしない限り見つかりはしないだろう。

 休憩とは言ったもののできることは座って体力回復をすることしかない。体力には自信のあるクリオシタだが、これだけ走ればさすがに息が荒い。座るだけでも十分効果はあるだろう。心臓の鼓動を抑えるため深呼吸して、頬に流れた汗を袖で拭う。呼吸を整え、ようやく周りを見る余裕ができた。


「――広い、それに明るい」


 この国の中心となる都市だ。今まで見てきた村とは違い、石でできた大小様々な大きさの建築物が所狭しと並んでいる。

 街の光源は王城だけではない。さすがにソプラ国の中心地となれば深夜帯でも街頭が点いている。


「初めて見るけど、王城ってでかいんだなあ」


 城、というよりその見た目は宮殿に近い。高くそびえる城壁の中からいくつもの建物が頭を覗かせている。城壁は見えなくなっても横に広がっているせいで全体像を把握できない。これでは中央にあるらしい大穴の場所が掴めない。もう少し離れたところにいる時に、もっとよく見ておくべきだったと、クリオシタは少し後悔した。


「今何時だろう……あ、時計を持ってたの忘れてた――うわっ!」


 現在時刻は朝の三時を示している。健康的な十六歳のクリオシタに睡魔が襲ってくる時間だ。いつもならとっくに寝ている時間だが今日ばかりは睡魔に打ち勝たなければならない。ソプラ国の外に行けなくなる。

 後、二時間もすれば日が昇ってくるころだ。クリオシタはそれまでに下見を終わらせたい。


「そろそろ行こう――どっから?」


 最終ラウンドに進もうと思ったのはいいものの入る場所に困った。

 ――正面から入る。うーんなし。じゃあ窓から? まあ、結局はそこだよね。

 裏口を探すことも考えたが探している間に見つかってしまう。窓から入るのがベストだ。


「最初からそうしておけばよかった……いや、飛んでたらここまで来れてない、か」


 クリオシタはよしと勢いよく立ち上がり王城を観察し始めた。どこが一番暗いか見ているのだ。極力、人を避けるには暗い場所のほうがいい。クリオシタの見たところ、王城は五階か六階建てといったところだ。石造りで窓にガラスは着いていない。下の階は城壁が邪魔でよくわからないが、そこは中に入ってから確認しよう。目的の大穴は一階にあるはずだ。

 観察した結果一番暗そうな場所は一番上の窓となった。そこから下っていくことも難しいかもしれないが、とりあえずは見つからないだろう。


「明日も窓から入ることにしようかな。んーでも、明日のことは明日の私に任せよう。とりあえず――」


 ジャンプ。住居の屋根の上で激しい風が吹いたが、衛兵は気づかなかった。


「窓まで突進!!!! おりゃあああああ!!!!」


 止まれる程度に抑えた全力で能力を使い、最上階の窓にめがけて突っ込む。

 数秒飛び続けると窓は目前まで迫る。思ったよりも速い自分のスピードに慌てて能力を使いブレーキをかける。


 ビュン! ガチャガチャ、ガシャン!  


「やっばい……」


 激しい音が鳴り響き、目の前の悲惨な光景にクリオシタは思わず呟いた。

 最上階は物置部屋となっていた。ブレーキの余波は大きく、そこにあった物という物を掻きまわした。幸いそこには誰もいなかったが今の音で様子を見に来るかもしれない。ここも急いで離れたほうがいいだろう。

 下に向かう階段を見つけ、他の人の足音がないことを確認し、下に降りる。この規模の建物だ。その階段でさえ、普通のそれの大きさとは比べ物にならない。最上階に位置するこの部屋はただの物置部屋だというのに、階段の幅は、大体十メートルはあるだろう。


「というか。さっきなんとなく叫んじゃった。大丈夫かな……」


 自分のあまりの無計画さに落胆しつつ、一つ下の階に着いたがそこにも人はいないようだ。


「もう一階下に行くか」


 中に入って分かったがこの王城の階段は一つにつながっていなかった。一つ階を移るのにもいちいち別の階段まで歩かなくてはならない仕組みになっている。十分ほど階段を探し、誰もいないことを確認する。この調子でどんどん進もうと意気揚々と階段を下りていくと、


「ん? ここで何をしているんだ、あんた」


 人がいた。人――男が、いた。階段の下に、いた。お互いにばっちり目が合った。言い訳のしようがなく顔を見られた。非常事態だ。

 排除。昼間の衛兵と同じように吹き飛ばす。クリオシタはすぐに行動に出た。

 腕を振るい、風を起こす。突然の暴風に男は呆気にとられた。あの時のようにすぐに無力化できると、クリオシタは思った。男を睨みつけ、風をぶつけた。


 次の瞬間、クリオシタは驚愕した。

 呆然としていたはずの男が勢いよく地を蹴り、横に避けた。


「嘘――」


 そもそもクリオシタの放った攻撃は風だ。空気の流れを押し付けるだけの攻撃が人に見切れるはずがない。事実、クリオシタは自身に同様の攻撃をされても避けられる自信がない。

 だというのに目の前にいるこの男は、避けてみせた。

 今度は逆にクリオシタが呆気にとられた。それがいけなかった。男に避けられた瞬間、クリオシタは理解できなかった。何が起こったのか理解できずに次の行動に移せなかった。

 それは一瞬だったが、勝敗が決するには十分な時間だった。


「はいストップ」


 我に返り、再び無力化を図ったクリオシタが腕を振るうが眼前にはさっきまでいた男がいない。

 右、左と男を探すが、いつの間に回り込んだのか、後ろから振り上げた腕を握りしめられていた。能力が使えないわけではないが、このまま能力を使うと自分も引っ張られてしまう。振りほどこうと乱暴に抵抗するが、腕は固められたように離れない。


「暴れんな。俺はお前を捕まえたいわけじゃねえよ」


「嘘つかないで」


「嘘じゃねえよ。ほれ、俺の服見てみろ」


 余程、余裕があるのか男はクリオシタから手を離し、自分が敵じゃないと見せつける。

 クリオシタは男を見る。全身を見る。

 確かに男は兵士の服装はしていない。ではこの男は何なのだ。クリオシタと同じようなこの王城に無断で入ってきているのか。それとも貴族や王族の一人か、いやそれにしては随分と見た目が適当すぎる。髪はぼさぼさで、質素な服はところどころ土色に汚れているし、この一枚しか持っていないのかとさえ思わせる。

 そのくせ顔立ちはなかなかに整っていて、口調には似つかない優しさが滲み出ている(実際はわからないが)。


「……じゃあ、あんた誰よ」


「そう警戒するなって。俺はプレンタだ。十八歳」


「そんなこと訊いてない。どこの誰で、何が目的なの」


「それこそ聞いていないねえ。ちゃんと文にして質問しろよな」


「もういい」


 埒が明かない。この男と話している時間は無駄だ。無視して先へ行こうとすると、男――プレンタが前に回り込んだ。


「ちょっと待てよ。お前は?」


 無理やり進もうとするが、身体能力が負けている。認めたくない事実だが、先の過程でそれは思い知らされている。切り抜けられない。無視できないと思ったクリオシタは話しを済ませるしかないと考えた。


「クリオシタ。十六歳」


「十六歳? 能力持ちか?」


「そう。風」


 小さな風を起こした。男は興味深そうに眺めているがそれもすぐに終わった。


「へえ。あ、俺十八歳だぜ」


 二度目の年齢紹介。

 だけでなく質問してほしそうにくいくいと手を捻っている。そこまでアピールされればめんどくさいが訊いてやることにした。


「はあ、能力は?」


「俺の能力は――」


 実は多少プレンタの能力が何なのか気になっていたクリオシタだが、その正体を聞くことは叶わなかった。プレンタが話す前に威嚇するような大声でかき消されたからだ。


「貴様ら! そこで何している!?」


 階段を降り切ったところにいた。衛兵だ。なぜここにいるのかはわからないが見つかってしまった。それもこれも結局正体がわからなかったままのこの男が悪いと、非難の目を浴びせるが、プレンタはクリオシタが衛兵に注視している間にすでに上の階へ逃走していた。


「お互い無事でいよう!」


「ふざけんなー!」


「侵入者だ! 侵入者が出たぞ!」


 プレンタより一足遅れてクリオシタも上の階へ走り出す。

 そして、真夜中の鬼ごっこが始まった。


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