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天上の世界の明日に向けて  作者: 奈宮伊呂波
オネスタ編
32/50

第二十四話 謎の少女を助けたい

 家路に着いた二人の目の前には女の子が倒れていた。小さな女の子だ。見た目では四歳か五歳ほどに見える。

 飴細工のように綺麗な金髪は泥水で汚れてしまっている。

 二人はこの少女に見覚えがない。全く知らない女の子だ。だが、オネスタの決断は早かった。自分の体調の事も忘れ持っていた傘を投げ捨てた。女の子の元まで駆け寄り、膝を地につけて呼吸の有無を確認した。女の子の口元まで自分の顔を近づけると、頼りない呼吸音がオネスタの耳を吹いた。


「この子息してるよ!」


 近くに来てわかったことだが女の子は苦しそうな表情をしていた。体も小刻みに震えている。明らかに体に異常をきたしていた。

 オネスタは慌てて女の子を背負い始めた。何か重い病気を患っているのかもしれない。それが原因でずっとここで動けなくなっていたのかもしれない。そんな予感が頭を過り、いてもたってもいられなかった。


「待て待て」


 カントネまで戻ろうと歩き出したオネスタの肩をステラが引き留めた。


「俺が運ぶから下ろしてくれ」


「いいの?」


「当たり前だ。俺なら二人纏めて運べる」


「わかった。でも空は駄目だから。丁寧にお願い」


「了解。じゃあ行くぞ」


 ステラの背中に乗っかかり、女の子はステラが前で抱え込んでる。その手には二人が獲得した獲物の網は握られていなかった。

 二人の体勢を確認した後のステラは早かった。軽く二、三度跳んで調子を確かめるとそのまま走り出した。長い間近辺に住んでいるステラは真っ直ぐ迷うことなく、女の子に刺激が行かないように猛ダッシュした。

 今までため込んだ分を放出すると言わんばかりの雨の勢いは増すばかりで、オネスタは目を開けていることさえ辛くなってきた。バタバタと雨と木がぶつかる音とステラが風を切る音がオネスタの耳を刺激する。普段はただの森でしかないが今は薄暗く、そのせいで不気味な合唱にも聞こえた。

 ぐんぐんと移り変わる景色を細目に見ているとステラと出会った時のことを思い出す。初めて高い空に到達したときも今みたいな速度だった気がする。状況はまったく違うが。


 振り落とされないように背中にしがみついているとやがて森を抜けカントネの街が眼前に迫った。

 騎士団長が殺害されて以来、街の四方に簡易の検問所が作られた。カントネに用がある者が来た場合は一度そこに来てもらい話を伺う。それから許可された者だけが街の中に入ることができる。以前より防犯に厳しくなったものの街を囲う壁も何もないのでやはりざらであることに変わりはない。

 その検問所にかまっている余裕が今のステラにはなかった。気にせず突っ切るが在中している二人の騎士は何も言わずにステラを通した。カントネの住人であっても配られた印章を確認する手はずになっているが、顔見知りであることを考慮してくれたようだ。

 後で謝りに行こうとステラは思いつつ家の方に向かった。後ろの検問所の方が少し慌ただしくなったようだが彼らの耳には入らなかった。


 街の中は驚くほどに人が見当たらなかった。

 昼間と言う事に加え、雨が降っているからだろう。当然彼らが危機に瀕していることに気づく人間はいない。いるはずがない。


「降ろすぞ、オネスタ!」


 泥まみれのままステラは家の中に入った。玄関やフローリングがべちゃべちゃと音を立てて水を吸収して黒く染まる。オネスタはその上に足を下ろした。


「さっきの子は? 何ともない!?」


「わかんねえよ。だから、医者呼んでくるからこの子ベッドに寝かしてくれ」


「わかった」


 オネスタは診療所がどこにあるのかを知らない。だから快諾した。

 女の子をステラから預かると、ステラはすぐに家を飛び出していった。外はまだ土砂降りだった。


「とりあえず―――」


 ステラの背中を見届けると、オネスタは女の子に向き直す。医者が来るまでの時間に応急処置をしようと考えたが、彼女の動きは止まった。

 その原因はすぐに自覚した。眼前に病気か怪我で苦しんでいる小さな女の子を前にして、何をすればいいのかわからない。何をしたら正解なのか全く想像できない。

 致命的な経験不足がオネスタの思考を停止させた。

 自分が風呂で気を失ったことを思い出す。その時は体に付いた水滴を拭き取るために服を脱がされていた。なら女の子も脱がせばいいんだろうか。見てみると酷くずぶ濡れで体が震えている。体が冷えていることが見て取れる。


「毛布だよね」


 暖かくすると言う指針を持ったオネスタは女の子をベッドに預け、すぐにクローゼットからありったけの毛布を取り出した。次に濡れている服を脱がした。意識は無いはずなのに女の子はやたらと力を入れていて時間がかかった。


「私の時もこんなだったのかな」


 呟いて、熱い場合は違うかと薄く笑った。

 服を適当に投げ捨て、今度は体を拭き始める。本人は寒くてたまらないはずだがオネスタの手にはタオル越しにでも幼子の温もりが伝わってきた。熱があるのかもとさらにオネスタは焦った。服を脱がすよりは時間がかからず全身を拭き終えた。

 重くならないほどに毛布をかけて、ひとまずオネスタはできることをやった。


 どれぐらい時間が経った時計を見るが、そもそも帰った時間を把握していないので無意味に終わった。

 それから数分後、ずぶ濡れだった自分も服を着替え金髪の少女のそばをうろうろしていると玄関の扉が開いた。


「連れてきたぞ。女の子は!?」


「ここにいる、います」


 ベッドを指差して具体的な場所を示す。

 ステラの後ろに医者と思わしき人影が見え、オネスタは咄嗟に口調を変えた。


「わかった。先生こっちお願いします!」


「あいよ」


 部屋に入ったのは見た目五十歳ほどの男だった。老人とまではいかないがそれなりの経験は積んでいそうだった。

 先生と呼ばれた男は女の子の毛布を取り払い、女の子の目を開いたり、機械を女の子の胸の辺りに当てたり、手で女の子の額を触れたりした。その間にステラは服を着替えた。

 やがて検査が終わったのか先生は顔を上げた。


「風邪だな。それと酷い栄養失調を起こしている。数日何も食べていなかったんだろう。しばらくすれば起きるから少しずつ飯を食わせてやれ。いいか、腹が減ってるからって一気に食わすなよ?」


「えっと、それって……」


 念を押すように絶対だ、と先生は言う。オネスタは説明が理解できなかった。つまり、女の子はどうなるのか、それだけをオネスタは聞きたかった。間抜けな表情を晒すオネスタに先生は微妙な顔を示す。それを見かねてステラがフォローする。


「死にゃしないってこと、だろ?」


「そうだ。安心してかまわん」


 先生がそう言うのを聞いてオネスタはようやく緊張の糸を解いた。深く息を吐くとその場に座り込んでしまった。


「よかった……」


「ああ。よかったな」


 ぐぅとオネスタのお腹が音を鳴らした。安心したお腹が空腹を思い出したようだ。ステラの仕事の手伝いに、さらに雨の中探し物をして、倒れた少女のことで心まで着かれていたのだろう。

 ステラが提案した。


「ちょっと晩飯には早いけど、飯食うか。先生も食べていきますか?」


 検診の代金は別で払うが、お礼にと思いステラは先生を誘った。


「誘いはありがたいが、私は帰る。というか元々今日は休みでも何でもない。部下に診療所は任せてきたがしまったな、ステラ君があんまり急かすから私が来てしまったじゃないか。この代金は高くつくからな」


 げえ、とステラは顔を苦くする。


「冗談だ。では私は帰らせてもらう。何かあったらまた家に来てくれ。あ、傘借りていくよ」


「わかりました」


 そう言って先生は玄関の扉を開いた。

 彼は家の中を診療所として活用している。怪我をした時は彼の自宅を訪ねれば診てもらえるので住人は大助かりだ。


「よし、じゃあ用意するから待ってろ」


 そう言ってステラは台所に入って行った。慣れた手つきで次々と料理をこしらえていき、やがてテーブルに出されたのはパンと、湯気が目立つスープと、肉を野菜で巻いたものだった。体を温めるようにという気遣いだろう。

 女の子が寝込んでいる横で暖かい料理を食べることに引け目を感じたが、自分が倒れては意味がないとオネスタは思い直した。

 台所の椅子に座り、オネスタは両手を合わせて「いただきます」と、食事に感謝を示す。向かいのステラも同じようにして感謝をする。

 食べ始めてしばらくするとステラがオネスタに話しかけた。


「なあオネスタ」


「なあに?」


「あの子さ、助かったのはいいんだけど――」


「けど? 何?」


 ステラは言葉を濁らしてはっきりと言おうとしない。それはオネスタも思っていることだった。だが真剣に考えたところで二人がわかることではない。


「何かあったっけ?」


「あの子ってさ一体誰なんだ?」


 何となくオネスタが避けてきた問題。それをステラが問いかける。


「何日もあんなとこで居続けるのは普通じゃない。カントネにあんな子はいなかったし。大きな事件に巻き込まれてるんじゃないのか?」


「どうだろうね。あの子自体は普通の女の子だと思うけど」


 確証はない。ただ、寒さに震えた女の子を見てオネスタはそう思った。


「それもどうか怪しいけどな」


「どういう意味?」


 見ず知らずの少女に疑念をかける理由などオネスタには考えられない。


「ずっと考えてたことだ。今でもオネスタはあの屋敷の人間としてソプラ国に記録されている。だからおそらく、オネスタに財産の権利があるってことが推測できる。それを狙う者がいたっておかしくない。この街では一応素性は隠しているけどそれもどこまで隠し通せているか……」


「そんなの、今更だよ。私はそんなのいらないし今まで何にも起こらなかったんだから―――」


「今まではな」


 オネスタが言い切る前にステラが言葉を被せた。


「今までが無事だったからってこれからも無事だとは限らない。誰かがオネスタを狙っているかもしれない。それは俺たちが知らないやつだろう。それは大男かもしれないし、小さな女の子の姿をしているかもしれない」


 屋敷を出て以来、オネスタがカントネの住人以外の人間に会ったのはこの少女が初めてだった。ソプラ国本部から派遣されたデュール達は正式な命を受けてカントネに来た騎士だ。オネスタもステラも彼らのことは信頼している。だがそれはあくまでデュール達と接し、二人が感じた中での考えで、デュール達個人に対する信頼だ。それは他の騎士団の構成員には当てはまらない。

 つまりこの素性の分からない人間は危害を及ぼす可能性があるということだ。それが騎士団の人間であっても、雨の日に見つけた女の子であってもだ。


「わかった。雨が止んだらカヴァールさんに会って話してくる。それでいい?」


「ま、それが妥当だな」


 意見が合致すると二人は食事に戻った。冷えた体に食べる温かい料理はオネスタの体だけでなく、心まで温かくする。

 やっぱりステラの料理はおいしいな、とパクパク口に料理を運び続けるオネスタだった。


 リビングにつながる扉の裏に金髪の女の子が張り付いていることも知らずに。

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