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天上の世界の明日に向けて  作者: 奈宮伊呂波
オネスタ編
31/50

第二十三話 ソプラ国の生き物

 ソプラ国では珍しく、その日は雨が降っていた。滅多に降らないため、雨の日の住人は総じて元気がない。雨が降っていると自然と外に出なくなり、元気を発散することができないからだ。

 そんな雨の中、以前と同じ森の中にオネスタは来ていた。隣にはステラもいる。


「これが雨か」


 傘の下から空を覗きこみ、オネスタは呟いた。

 話には聞いていたし、窓から見ていたこともある。実際に目の前で自分の身体で体験するのはこれが初めてだった。


「オネスタは初めてだっけ?」


 ステラが尋ねる。聞いているのはもちろん雨のことだ。


「うん。初めて」


「あんまり見れないから今のうちに楽しんでおけよ」


 冗談混じりにステラが言う。

 楽しめと言われてもそもそもオネスタは楽しみ方を知らない。何となく両手を合わせて皿のようにするとやがて水が溜まった。それをステラの顔にかけてやると当たる直前に上半身を反らして避けられてしまった。

 能力を使ってオネスタの挙動を感じ取ったのだろう。


「悪戯は禁止だ。集中しろ」


 勝ち誇った笑みを浮かべ、オネスタに制止を促す。渋々手を戻し、森の様子を五感で感じ取ろうと意識を集中させた。

 雨が木の葉を叩く音と、濡れた地面を踏んだ時のぬめりとした感触がオネスタを纏う。どこからともなく虫のような、鳥のような生き物の鳴き声が異界に来たかのような錯覚を与える。


「見てみろ」


 ステラの視線を追うと、奇怪な鳴き声を放つ生き物は簡単に見つかった。その生き物は白濁とした液状の身躯をしていた。姿形はカメレオンを巨大化したものに近い。見た目に反し、やたら鈍重な動きで何かを探しているのか辺りを徘徊している。


「獲物を探しているんだ。俺達と同じだな」


「そうみたいだね」


 二人は仕事に来ていた。狩りの仕事だ。あれが狙いの獲物、名をクアレオン。

 先程述べたように、ソプラ国では雨があまり降らないが、水分をエネルギーとして活動する生き物も存在している。

 クアレオンは人間の間で高価で取引され、内臓や筋肉を料理に使えば絶品になり、体液は爽やかな味わいがして万病に効くとされている。

 高価な理由はそれだけではない。一因となるのは希少性にある。そもそもクアレオンはほとんど人前に姿を表さない。活発になる雨の日でさえ、出会うのは難しいと言われている。探し回って三日目で遭遇出来たのだからそれだけで幸運だ。


「あいつの特徴は覚えてるか?」


 オネスタは三日前、捕獲のためにステラからクアレオンの特徴を教えてもらっていた。

 戦闘になることを見越して、復習と言うわけらしい。


「ばっちりだよ。私の役割はわかってる」


「言ってくれ」


 どうしてもオネスタに答えて欲しいらしい。自分の記憶力を疑われているようで少し悲しくなったが、すぐに安全を考えてと言う事を理解した。

 前に言われたことを順番に思い出し、ややあってオネスタは口を開いた。


「いつも通りの目眩ましだよね。任せといて」


「いや。そっちじゃなくてあいつ、クアレオンの特徴だよ」


「あ、そっちの話。えっと―――」


 記憶を辿り、話す前にステラが「しっ」と口元に人差し指を当てた。ステラはクアレオンの方を注視し目を離さない。獲物である液状のカメレオンはいつの間にか少し離れたところに佇まっていた。動かないクアレオンのすぐ近くに手のひらほどの大きさの虫が飛んでいた。細長いストロー状の口が特徴のあの虫は、


「ザラザラだ」


 ステラが呟いた。クアレオンとザラザラはお互いがお互いの天敵だ。クアレオンはザラザラの外殻を、ザラザラはクアレオンの体液を食べることで普段の食事の約三倍の栄養素を獲得できるのだ。

 勝負は一瞬だった。不気味なほど微動だにしないクアレオンの背後に回ったザラザラが猛烈な勢いで突進し、細長い口が突き刺さるその瞬間にクアレオンが後ろを振り返り、開いた口からザラザラを上回る速度でピンク色の舌が伸びた。その下が巻き付くようにザラザラを捕らえ、あっけなくクアレオンの口の中に飲み込まれていった。


「な、なにあれ……」


 さっきまでの鈍い動きからは想像できない早さだった。体の動きとは異なり、舌が異様に早く動く。それがクアレオンの特徴の一つだ。

 ザラザラの口は非常に硬く、どんな鉱物も貫くと言われている。そんな強力な武器を持つザラザラがあっさりクアレオンに喰われたのにも理由がある。本来、ザラザラは十匹ほどの群れを作り、群れで食事をする。クアレオンを相手にするときは、一匹は犠牲になる覚悟で挑むのだと言われている。

 仲間の羽音を聞いて移動や狩りを行うため、雨が降っていると音を感じる器官が使えなくなり、仲間とはぐれてしまう。犠牲が当たり前のクアレオンとの戦いは一匹で挑む者ではないが、出会ったからには避けては通れない。


「俺がオネスタに助太刀を頼んだ理由だよ」


 二人で仕事をこなすのはもう何度目かになる。最初の大猿の時を除けば、全部オネスタがお願いして仕事に着いて行っていた。おそらく、最初にオネスタに傷を負わせたことが原因で自然とステラはオネスタを誘うことを躊躇っていたのだろう。

 それを打ち破り、ステラがオネスタを仕事に誘ったのは自分一人では成功する可能性が低いと考えたからだ。

 あの舌にかかればステラとて無事では済まない。


「作戦は?」


「もう知ってるだろ?」


 笑うステラを見てオネスタが傘をその場に置き、動いた。

 雨の日のクアレオンは周囲三十メートルの範囲の生体を察知することができる。気づかれるギリギリまで近づき、オネスタはポケットに入れていた掌サイズの白い石をクアレオン目掛けて力いっぱい投げた。

 石を投げたオネスタの後ろにステラが近づき、両手でオネスタの横腹に僅かに痛む程度の刺激を与えた。

 いきなり横腹を突かれたオネスタは背筋に悪寒が走り、それに呼応して白い石から爆発的な光が発生した。

 クアレオンの特徴の一つは、光に弱いと言う事だ。太陽の光でさえ好まないクアレオンは、普段から薄暗い場所で生活している。そのため他の生物と比べると、目が退化している。

 炸裂した光はクアレオンの視覚を奪い、混乱したクアレオンはその場で暴れ始めた。雨でぬかるんだ地面の泥を撒き散らし、近くの木々にぶつかり葉を揺らす。


「下がってろオネスタ!」


「ステラお願い!」


 前へ進むステラと後ろへ戻るオネスタ。

 オネスタは元居た場所まで下がり、二人の傘を回収した。

 ステラは長く太い枝を拾い、そのままクアレオンの元まで走った。暴れるクアレオンの尻尾に拾った枝を突き刺し地面に固定した。クアレオンの喧しい奇声がステラの耳を攻撃するが構わず顔面に蹴りを加えた。直後に後ろ足で反撃を食らいステラは横転した。視界はまだ封じたままだ。足はたまたま当たっただけで、最大の武器である舌が出てくる気配はない。

 頭と背中を木の幹にぶつけたが気にせずステラは立ち上がった。近くの木の枝を折り、もう一度クアレオンに近づく。勢いよく飛びあがり、真上に届いたところで落下の勢いを使い、今度は首根っこの辺りを突き刺し頭を地面に釘付けにした。

 クアレオンは首を貫かれ声が出なくなったのか、動かすことができる手足を振り回すことで抵抗している。その真横にはステラが立っていた。

 両足でぬかるみを踏みしめ、力の土台を作る。左手を腰の位置で前に構え、右手を力いっぱい背中まで大きく振りかぶる。


「だあああ!!」


 そのまま遠心力を使い右手を振り下ろした。刺さっていた枝を避け、叩きつけた右手はクアレオンの首の肉にぶつかり重く鈍い音を鳴らした。

 生々しい感触がステラの腕を伝う。

 クアレオンの頭がぼとりと地面に落ち、残った体は暫く痙攣した後、やがて動きを止めた。

 一息ついて、ステラは懐から蓋付きの容器を取り出した。クアレオンの体液を容器がいっぱいになったところで蓋を閉めた。別段、取っておく必要はないが万が一運んでいる途中に体液が全て失われてしまった時のための予防策だ。

 ちなみに死体はステラが網で直接運んでいく。

 決着がついたのを見計らいオネスタはステラの方に歩き、傘を差しだした。


「お疲れステラ」


「おう。オネスタもな」


 オネスタは傘を近づけ、降ってくる雨がステラに当たるのを防ぐ。

 網を広げ両手でクアレオンを中に押し込むステラにオネスタは話しを続けた。


「さっきのはよかったね」


「さっきの?」


「光る石の奴だよ」


「ああ。あれはいいな。オネスタに合ってる。初めて使ってみたけど思ったよりもしっかり動くんだな。買ってみて正解だった」


「そうだね。あ、私回収してくる」


 ステラの傘を近くの木の枝にひっかけてオネスタは投げた石を探しに向かった。


「了解。終わったら俺も探す」


 オネスタがクアレオンを目掛けて投げた石。あれはオネスタがステラに渡されたもので、能力に反応する特殊な石だ。石には模様が刻まれていて、同じ模様のシールを能力者の体に張り付けると、能力者の意思に連動して石が能力を発動させる。火を生成する能力なら火を、風を生成する能力なら風を作り出す。オネスタの場合はそれが煙か光のどちらかになる。

 物理的に壊れることは滅多にないが、上限は十回前後とされている。石一つで食事三日分の価値がある高級な物なのでそうそう無駄には出来ない。

 ステラが「先行投資だ」といいオネスタは渡されたが思いのほか心強いアイテムになってくれそうで満足している。


「こっちは終わったぞ」


 網の口をきつく縛り、解けないことを確認してステラはオネスタに呼びかける。


「私はまだ見つかんないや」


 泥と草木をかき分けオネスタは探し続けるが一向に見つからない。ステラも一旦獲物を置いて探し始めた。

 しばらく周辺をあらかた探したがどうしてか見つからなかった。オネスタは一つしか持っていないので失くしたら非常に困る。

 ついに、探し残した所は無いほどに探し回ったが目的の石は見つかりはしなかった。


「向こうにいったのかも。見てくる!」


「一人じゃ危ねえだろ俺も行く」


 オネスタの力ではそんなに遠くまで飛ぶはずではなかった。実際、全力で投げてようやく三十メートル届く力しか出せていなかった。

 ではなぜステラとクアレオンが交戦した辺りを調べても見つからなかったのか。それは石の形状に問題があったからだ。

 石が丸いから予想外の方向に転がり、予想外の距離まで転がった。そう考えるのが妥当だろう。

 次に新しい石を買ってもらう時は四角い形の石にしてもらおうとオネスタは思った。


 迷子にならないようクアレオンの場所を確認しながら森の奥へ進み、再び二人は探し始めた。

 既に服は泥だらけだったがオネスタは無視して草木をかき分け続けていた。今日の服は運動用の服なので多少汚れても問題ない。

 邪魔になったのか、二人ともいつの間にか傘は折りたたんでいた。探している間も雨は降り続け、雨粒が木々を叩く音が森に響く。同じようにオネスタの体も打たれ続け、ふうと息をつくと目の中に雨水が当たった。


「オネスタあったぞ!」


「本当!?」


 目に入った水滴を拭い声がした方を向いてみると、片手を掲げてステラが駆け寄ってきた。バシャバシャと泥水を撒き散らした足はオネスタの前で止まり、そしてステラは掌の中に納まった丸い石をオネスタに見せた。

 ステラの手も、石も泥に塗れて正確な形を判別できないが、輪郭でオネスタの石だと言う事が分かった。ステラは自分の服で泥を拭った後、石をオネスタに手渡した。


「ありがとうステラ。助かったよ」


「気にすんな。それより肩震えてないか?」


 触れられた肩は自分で気づかないほどに震えていた。


「ちょっと冷えたみたい」


 心なしか、強がった声すらも呂律が回っていないような気がした。


「ならとっとと帰ろうぜ。あーでも、俺は荷物を持っていくから先に帰っててくれ」


「そうさせてもらうね」


「汚いけど俺の上着着ていけ。少しはあったかくなるだろ」


 そう言ってオネスタはステラに上着を着せてもらった。薄い服だったがさっきよりはましになったように思える。服にはステラの温もりが少し残っていた。


「ありがと」

 

 何度かこの辺りには来たことがあったので道は大体覚えている。しかし今は雨により地面がガタガタになっているので本来の道とは違った姿になっている。頼りになるのは迷子になった時のための木に刻んだ目印だけになる。それがあればカントネまでは帰ることができるだろう。

 目印の木とは反対側に行ったステラを見送り、オネスタは村の方に進んでいった。

 一人になったことでいよいよ聞こえてくるのは自分の足音と雨音だけになった。体が冷えたのか足取りは普段よりも重くなっている。一歩一歩、少しづつ歩く。

 数分ほど歩いていると、ふとオネスタは足を止めた。仕事も終わり、ちょっと体調が崩れたがこのまま何事もなく帰られるとなんとなく思っていた。だが見てしまった。無視できないものにオネスタは出会ったのだ。


「どうしたオネスタ?」


 追いついてきたのかステラが後ろから声をかけた。返事がなく不審に思いオネスタの顔を見ると一点を見ていた。オネスタの視線を追い、ステラは息を止めた。


 そこには泥水に倒れた少女がいた。


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