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天上の世界の明日に向けて  作者: 奈宮伊呂波
クリオシタ編
3/50

第二話 クリオシタは行動するまでが早い

 クリオシタは焦っている。心底焦っている。

 ここは東エリア担当の衛兵の部署だ。小さな取調室のような場所で、その部署のトップが目の前にいる。後ろにはクリオシタが入った時からいた衛兵が睨みを利かせている。

 そう、クリオシタは捕まった。誰にも見つからないように注意を払いながら帰った。夕方になりようやく、家に何事もなく辿り着くことができた。しかし、その後がいけなかった。木陰から家に向かって走るや否や数人の衛兵に取り囲まれた。その中にはさっきクリオシタが能力で吹き飛ばした衛兵がいた。

 回復力が高いとクリオシタは感心した。


「あのねえ」


「はい……」


 署長が重くゆっくりと口を開いた。この国では犯罪である国内への逃亡を図ったのだ。死をもって償えと言われても文句は言えない。そのことはクリオシタもよくわかっている。


「びっくりするのはわかるけどねえ。いきなり能力を使うのはねえ」


 同じ終助詞を繰り返す署長はクリオシタの想像とは違う事をを話し始めた。

 どういうことだ? 国の外に行こうとしたから捕まったのでないのか。クリオシタが混乱している間も署長は喋ることをやめない。


「幸い、彼に怪我はないみたいだ。だけどね軽はずみに人に向かって能力を使ってはいけない。わかったかい?」


「はい……」


 クリオシタはようやく理解が追い付いた。自分が捕まったのはどうやら国の外に行こうとしたからではなく、衛兵に能力を使ったかららしいと。ここでうっかり外に言いたいと言えば確実に牢屋に入れられることも理解している。


「署長!」


 クリオシタの向かいにある扉が勢いよく開かれ、声を荒げた衛兵が入った。部屋の中にいた三人の視線が、肩を上下に動かす衛兵に集まる。

 クリオシタは、まさか今度こそばれたのかと身構えた。


「なんだ、今大事な説教中だ!」


「はい、報告します! 国外へ脱出しようと試みた――」


 その言葉にいち早く反応したのは他でもないクリオシタだった。

 いつでも能力を使えるように気を引き締めた。


「――男を捕らえました!」


 なんだ男か。自分ではないと判断したクリオシタは誰の目から見ても明らかに安心しきっていた。

 後ろにいる衛兵なんかは奇妙に思っているだろう。まあだからと言って私の心の中を見られることはないのだし、とクリオシタは高をくくっている。


「そうか、王城に連れていけ」


「了解しました!」


 その後の男の処分がどうなるかクリオシタには知る由はないがろくでもないことになるのはわかっていた。

 はあ、と溜息を吐いた署長は衛兵が立ち去ったのを確認し、クリオシタのほうに向き直した。そこで署長の目線が自分から逸れていることにクリオシタは気づいた。


「ルダート。何がおかしい?」


「いえ。ただこの嬢さんの反応が面白くてね」


 ルダートと呼ばれた後ろの衛兵は飄々と述べた。


「お前は明日から遠征に行くんだから、もう少しシャキッとしたらどうだ?」


「そうですね。気を付けましょう」


 どうやらこの衛兵は遠征に行く飛行船の船員に組み込まれているようだ。面倒が増えたとクリオシタは考えた。王城付近でまたこの衛兵に会ってしまえば、クリオシタの目的を訊かれると考えたのだ。この衛兵はクリオシタが遠征に関係の無い一般人であることを知ったからだ。


「おっと悪かったな。クリオシタちゃんだっけ? 能力は慎重に使えよ?」


「わかりました」


 捕まってしまったがクリオシタは初犯だということで厳重注意のみで解放された。さっきまで屋内にいてクリオシタは知らなかったが、辺りは薄暗くなっている。頼れる光は家の明かりぐらいしかない。あんまり遅くなれば外を歩くのは危険だ。

 クリオシタは急いで家に戻り、支度を始めることにした。


「ただいま」


「おかえり、遅かったね。何かあったの?」


 母親には何も知らされていないようだ。

 よかった、ありがとう署長さん。外には行くけどね。

 クリオシタは、感謝はしていたが反省はしていなかった。


「フォルと遊んでたの、また行ってくるね」


 大嘘だ。母親に嘘をつくことに罪悪感が募るがクリオシタはやめる気はない。


「そう。怪我しちゃだめよ」


「うん」


 クリオシタは二階にある自分の部屋に入り、動きやすい服装――半袖半パンに着替え、必要なものを手に取る。簡素な懐中時計とフォルティモから貰ったキューブをズボンのポケットにねじ込み、首にゴーグルをかけた。自分の貯金箱からお金をすべて取り出し、小袋に纏めて別のポケットに入れた。

 そして、クリオシタは締めくくるように両のポケット叩いた。乾いた音が鳴るのを確認し、そして窓を開け、そのまま飛び降りた。


「行ってきます!」


 クリオシタの溌溂とした声に呼応するかのように、風が吹き荒れる。クリオシタは風を自由に操る。空を飛ぶことなど造作もない。ソプラ国で一番速い馬で走り続けてもクリオシタのいる村から王城までは、一日半日はかかるが、クリオシタの能力を使えばその半分ほどで着くことができる。もちろん休憩はいるし、その速さゆえに風圧はとんでもない。長年の練習により風圧には慣れたが、目だけはそうもいかない。そのためのゴーグルだ。


「あ、やばい」


 窓から飛び出した直後クリオシタは自らの失敗を悔いる。

 ゴーグルをつけ忘れたのだ。能力で飛ぶことに集中しているため、ゴーグルをつける余裕はない。そのため一度飛ぶのをやめなければならない。


「めんどくさい……」


 風を調整し、平地らしきところに着地し、ゴーグルを装着する。安全に着地するためにもまた、風の力は必要だ。着地する際、当たりを強風で巻き込むがクリオシタが気にすることは無かった。

 これで気兼ねなく飛べるとクリオシタは頷き再び飛び始める。

 空を飛ぶには結構な神経を使う。目のこともそうだし、野鳥にぶつかったりしたら命に危険があるかもしれない。月明りだけが頼りの今は暗く、周りが見えにくくなっているので、より注意しなければならない。


「私以外に飛べる人がいるのかは知らないけれど、飛べる人が増えたら速度制限とか飛んじゃダメな時間帯とか決められちゃうのかなあ」


 そのうち飛ぶのにも国の許可が必要になったりするのかなあ、とクリオシタは暢気に考えていた。

 クリオシタは疲れを感じるとその度に休憩をはさんだ。こっそり川の水を飲んだが、やはりロンタノ村の水が一番美味しい。森の木に実った、よく見る果物を三つほど集めると木に凭れかかった。

 クリオシタは果物を食べながら当たりを観察した。この森もロンタノ村の森に負けないほどきれいだった。静かに揺れる木の葉や、虫の奏でる美しい音色が心地いい。気を抜けば眠ってしまいそうだ。

 この国はどこでもこうなのだろう。心が休まる場所ばかりだ。


「それも明日でお別れだけどね」


 自嘲するように呟いたがクリオシタが笑うことはなかった。外に行きたいという思いは大きいがこの国から去ることもクリオシタは寂しいと考えている。クリオシタはフォルティモがいないことが寂しさをより強めていることをうっすらと感じている。


「よし」


 ぱんぱん、と自分の顔を叩き気合を入れる。外していたゴーグルを再び装着し、能力を行使し足を地から離す。


「もうそろそろ着くかな」


 いくつかの村の上空を通り過ぎたが、どこの家も明かりは点いていない。月の存在にクリオシタは感謝しつつ、飛ぶことに集中していた。最後に休憩してからかなり時間が経った。体勢を変えながら飛ぶことにも飽きてきたころ、クリオシタはソプラ国の中心都市、チェントルの王城を目にした。王城は真夜中だというのに昼間のような活気がある。明日に向けて準備や確認することがあるのだろう。

 このまま王城に窓から侵入してもいいのだが、まあばれるだろう。誰にも見られずに入ることは出来るかもしれない。しかし、見らなくとも風のせいでばれるに違いない。クリオシタの能力は風を起こすことは出来るが止めることはできないのだ。安全に着地するためにも、風の力を使わなければならない。その余波は決して小さくない。


「少し離れたところに着地、っと」


 クリオシタは王城から少し離れた木々の中に降りた。木々の辺りを調べたところ、ひとがいる気配はない。

 忘れてはいけないが今夜クリオシタが行うことはあくまで明日の正午に開かれる大穴、および王城の構造の確認、つまり下見だ。普段は入れない王城の中を見に行くだけだ。もちろん捕まったりするのはダメだ。例え外に行くことを告白しないとしても、王城に入ることも当然、禁止されている。捕まれば、明日の正午までに解放されることはないだろう。

 改めて、クリオシタはよりいっそう気合を入れる。


「ちゃっちゃと行くか」


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