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天上の世界の明日に向けて  作者: 奈宮伊呂波
オネスタ編
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第二十一話 夢の中でオネスタは叫ぶ

 騎士団長が殺害された。そのことを知ったカントネ村の騎士団員は涙を流した。大声を上げることはなかったが、大の大人がみっともなく泣いた。関わりのなかったオネスタに騎士団長の人となりを知ることは出来なかったが、今、多くの人間が涙していることを見れば、立派な人物だったことは察せられるだろう。


「いつまで泣いてんだ!」


 本部の騎士達も驚きを隠せぬ中、最初に発言したのはカヴァールだった。


「理由も原因もわかんねえが団長は―――」


 この場で誰も言わなかったことを、自分でも言いたくないことを言うために、カヴァールは覚悟を決める。


「もういないんだ」


 信頼していた人を失い、胸が痛んでいるのはカヴァールだって同じだ。

 前に進もうとしているカヴァールを見て、他の団員は涙を拭う。


「カヴァールさん! 俺達で必ず犯人を見つけましょう!」


「団長の仇は絶対に取ります!」


「しかしあの団長を倒したやつだ油断は出来ねえぞ」


 次々と団員たちが前を向き始める。

 デュールの前にカヴァールが立ち頭を下げた。


「俺たちに協力して欲しい。力を貸してくれ」


 今の今まで衝突していた者同士。恥を忍んでの頼みだ。そのことはデュールも理解している。最初に言い争ったことはまだ何も解決していない。納得いかない部分もあるだろう。しかし、じっと頭を下げるカヴァールを見てデュールは、


「いいだろう。騎士団長が殺されたとあってはこちらとしても沽券にかかわる。黙ってはいられないな」


「よろしく頼む」


「ああ。ただしさっきのことは忘れたわけじゃないからな」


「それは忘れてくれよ」


 喧嘩していた二人が協力関係になる、というドラマチックな展開のよそでオネスタは一人、離れた場所で小さく蹲っていた。


「げほ、げほっ―――」


 胸の黒い嫌悪感を吐瀉物と共に吐き出し、オネスタは口元を覆う。

 過去の記憶が蘇る。思い出したくもない、忘れかけていた屋敷での日々。初めて生まれた可能性が失われた日が脳裏に映る。

 凄惨な殺人現場を見て、オネスタはあの日と同じ感情が溢れて止まらなかった。


「大丈夫か、オネスタちゃん?」


 そう言って彼は手を伸ばした。


「ランスさん」


 ランス以外の騎士はみな騎士団長の家の中を調査している。幸い人通りがなかったためすぐさま噂が広まることはないだろう。


「いえ、大丈夫です……」


 精一杯の虚勢を張り、オネスタはランスの手を払った。


「どこがだよ。待ってろ、ステラ君を呼んでくるから」


「いえ、いいです……」


「馬鹿言うな。迎えに来てもらうんだよ」


「じゃあ、お願いします」


 一度断ったものの、強く言われては今のオネスタに反論する元気はない。

 ランスは一度頷くと、そのまま走り去っていった。

 オネスタはその背中を眺めながら、だんだんと意識が遠のいていくことを感じる。そういえば、ミーティングに参加できなかったな。と、そう思った時にはオネスタは意識を閉じていた。


 出鱈目な重力を感じた。自分の体が重いような軽いような、それさえもわからないような空間にオネスタはいた。空間には何もなく、そのせいで現実感がまるでなかった。だから、すぐに夢の中なのだと気づいた。

 ふと気が付けば目の前に大きな屋敷があった。かって自分が過ごした場所がだった。懐かしいなんて感情は湧かなかった。

 その屋敷がオネスタの目の前でみるみる焼け崩れていく。焼けた木片が落ちて屋敷の原型がなくなっていく。そのすぐ下に何人か人がいた。


「ステラと、私」


 それ以外にあの日あの場所にいた人間、パウラやその仲間。巨大な大岩の周辺で睨み合っている。離れたところには民衆が集まって何か騒ぎ立てている。まるであの日の再現を見ているようだった。

 ステラが動き、パウラたちを次々に殴り倒していった。実際の出来事とは少し異なっている。しかし、オネスタはその光景に違和感を覚えなかった。オネスタにとってはそういう風にステラが見えていたのだろう。

 尻尾を撒いて逃げるパウラたちを背に、ステラはオネスタに手を差し伸べる。


「上! 避けて!」


 夢の中にすでにオネスタは存在してる。だからこの夢を見ているオネスタは遠くで俯瞰していることしかできず、声が届くはずもない。それでもオネスタは叫んだ。

 二人の頭上から大岩という危険が迫っていることを知らせるために。


「―――スタ」


 それは虚しく終わり、二人はぐちゃぐちゃに潰された。


「オネスタ!」


 気が付けば、目の前でステラが泣きそうになっていた。両頬に触れたステラの掌の感触から、ここが現実であることを悟る。染み一つない見慣れた天井に、背中にはいつものベッドがあった。どうやら家まで運ばれたようだ。


「おはよう……」


 覚醒したことを伝えるとステラの表情が緩んだ。頬から手を離し、椅子に背中を預けると「よかったあ」と胸をなでおろした。

 右腕を支点に体を起こすと、ステラの他にも人がいることに気づき、オネスタは若干後ろに下がった。


「おう。どうやら、何ともないみたいだな」


 よしよし、と満足げなジュスティス。


「心配したぜーオネスタちゃん」


 わざとらしくウインクをしてくるランス。正直オネスタにはどういうつもりかわからなかった。


「本当。何もなくてよかったよ……」


 最後にカリーナがオネスタのいるベッドに近づいてきた。以前、オネスタが風呂の中で眠ってしまった時に引っ張り上げてくれた少女だ。ベッドに近づいてくると、オネスタの肩を抱き寄せ、まるで心臓の音を確かめるように胸元に顔をうずめた。


「よかったよーーーー!!!」


 ぐりぐりと顔を擦りつけながら部屋中に響く大声でカリーナは叫んだ。

 あまりの声量に部屋の全員が耳を塞ぎ、至近距離で呼号を浴びたオネスタは全身が震え、思わずカリーナを突き飛ばした。

 カリーナは口から出るものを呻き声に変え、そのままベッドから離れて行った。


「あ、ごめんねカリーナ」


「いやいやー。私もしつこかったからね」


 カリーナはまるで気にしていなかった。オネスタがカリーナを突き飛ばした原因はカリーナにある。そのことをきちんと理解し、感情に還元できる。カリーナはそういう人間だ。


「よし。オネスタの無事も確認したし、みんなはもう帰った方がいいんじゃないか?」


 場の空気がいい具合に収まったところでそうステラが提案した。窓の外から見える空は暗くなっており、店のある表では街灯が街を照らし、それをもとに町民が活気付いている。

 部屋の時計は十一時を示している。


「そうだね。私は家も近いしまだ居てもいいけど」


「しゃあねえな。反省会は明日にするか」


「何ともないみたいだし、俺も今日は帰ろうかね」


 一人は残ることを諦めきれていないようだがとりあえずは帰るようだ。

 それぞれ別れの挨拶を述べると、ぞろぞろと部屋から出て行った。ステラが扉を閉めたときに聞こえた三人の会話が、オネスタに関する話題だったのでオネスタは胸の辺りが痒くなった。


 残ったのは二人となり、部屋の中がさっきよりもいくらか静かになった。ステラが椅子に腰を下ろすと、やけに椅子が軋む音が響いた。その音が心地よく、さっきまで寝込んでいたとは思えないほどオネスタは穏やかな気持ちになった。


「今日の話だけどさ」


 話の内容は「騎士団長」に関することだとオネスタはすぐに察しがついた。


「うん」


「俺も聞いた話になるんだけど、聞く?」


「聞きたい、ぜひ」


 興奮気味に答えるとステラは粛々と話し始めた。


「まだ詳しくはわかっていないけど騎士団長は死んでから一週間ぐらい過ぎていたみたいだ。俺も少し現場を見たけどまあ間違いなく誰かに殺されていた。部屋に争った形跡があることから犯人は相当力か、何かの能力を持っていると推測できる。騎士団長は俺と同等に強かったからな」


「ちょ、ちょっと待って」


「ん? なんだ?」


「一つ気になったことがあるんだけど」


「言ってみ」


 今日のことだからオネスタははっきりと覚えている。朝方、カヴァールとデュールの言い争いの中でカヴァールが言ったことに「一週間前から病気だ」と。仲介に入った際には「毎日隣の家の者から伝言をもらっている」とも言っていた。


「隣の家の人って、その、どうだった?」


 質問の意図は伝わったようでステラは驚いた顔を見せる


「伝言の件か。そっちも同じだった。騎士団長の家と違って争った形跡はなかったけど」


「それじゃあ……」


「そうだな。伝言は偽物だ」


 重い空気が流れ、オネスタの視線が下に逸れる。ステラの口も止まり、沈黙が生まれる。だが、話はまだ終わっていない。


「続きいいか?」


「お願い」


 これ以上ないぐらいに気分の落ちているオネスタの返事を聞いてステラは話すものか迷ったが本人の意向に従い話すことにした。


「ここの騎士と来ていた本部の騎士全員で村中調べまわったけど犯人や犯人につながるものは何も見つからなかった。らしい」


「他に被害者っているの?」


「いや。殺されたのは騎士団長と隣の家の人だけだ。それ以外の近隣のみんなは無事。結局、目的も動機もわからないまま逃げられたってことだ。もっとも、見つからないだけで逃げたのかどうかもわからないんだけどな。近いうちにまた来るかもしれないし一応村全体に警戒態勢を敷いたみたいだけど、それもどこまで通用するか」


 完全に後手に回っている。

 だがそれも仕方のないことなのかもしれない。彼らが暮らしているソプラ国は高い壁で囲われているため犯罪を犯した者はかなりの確率で捕らえられている。それが理由でか、そもそもの犯罪率が高くない。

ソプラ国全体で見ても急な襲撃が起こることはほとんどない。ましてやこんな片田舎の村で起こることなど、例外中の例外と言っても過言ではない。

 対策が出来ていないのも当たり前である。


「酷い……」


「本当にな」


 何とも言えない無力感に苛まれ、オネスタは手に力を籠める。

 窓の外を見ていたステラにつられてオネスタも同じように視線を移した。

 そこにはいつもと変わらない街並みが映っていた。事件が起きてからまだ一日も経っていない。騎士団は公にするか決めかねている。だが、少なからず目撃者はいる。数日もすればこの賑わいもなくなるかもしれない。


「私は大した力もないし能力もいまいちだし出来ることは少ないと思う」


「そうかもな」


「でもここのみんなの暮らしを守りたいって思う。何かが起きても誰も傷つかないようにがんばる」


「俺も頑張るよ」


 二人は強く決心し、そうして長かった一日を終えた。


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