第十八話 自分が知らない所で知られていたということはよくある話
隣の部屋から物音が聞こえる。それは不審な音ではなくよく聞き慣れた音だ。カチャカチャと鳴る皿の音でオネスタは目が覚めた。そのおかげでオネスタはステラがいる日はいつもより自然と朝が早くなる。窓の外を眺めると、太陽がまだ登り切っていないので少々眠気が残るのは否定できない。
最初の内は朝食を作る手伝いをしようと思っていたが、目覚める時は皿の音がきっかけなのですでに用意は終わっている。寝る時間はほとんど同じなのだが、どういうわけかオネスタよりも早く起きている。一度そのことについて尋ねてみると「能力の効果だ!」と言われた。その言葉にどれだけの真実が含まれているかはステラ本人もわかっていないだろう。
ほのかに香るバターの匂いが足を食卓のある部屋に誘う。
「起きたかオネスタ。今日の予定は?」
食卓に向かうと、ちょうど皿を並べ終えたステラが椅子に座って待っていた。食卓の上には向かい合うように皿が置かれ中央にはバターを塗ったパンが置かれていた。ステラ家の朝食は軽く済ませるようにしているらしい。
今日の予定は大きく二つ。ステラが見つけた石をソルレアに返すことと、昨日の大猿との戦いの反省をジュスティスと行うことだ。反省会にはステラも参加するだろう。それが終われば後はダラダラと過ごすのみ。
そのことをステラに伝えると「後でジュスティスの家に行っとく」とステラは言った。用意された食事をお腹に収めると早速出かけることにした。寝巻きから普段着に着替えて、ソルレアの石をポケットに突っ込む。青白い光は消えていた。
「服はそれでいいのか?」
「何かおかしい?」
自分の服に目を通す。一か月前に買ってもらったワンピースだ。汚れが付くとすぐにわかる純白のワンピース。しかし、今日は昨日と違って激しい運動をする予定はない。訓練もないし、ソルレアには石を返すだけだ。もしかすると遊んで遊んでとソルレアが駄々をこねるかもしれないが今日の所は引いてもらう。
何も問題は無いはずだ。
「いや、よく似合ってる。行ってらっしゃい」
「何言ってるの。前にも着たことあるじゃん」
「そうだけどさ。まあいいや」
「よくわかんないけど、行ってきます」
「おう」
何か釈然としないが、オネスタは気にしないことにした。
家を出ると、夜に賑わう町だと言うことを強く実感する。朝食をとっている間に太陽はその全容を露にしていると言うのに人の一人もいない。大人はともかく子供までいないのはこの時間帯くらいのものだろう。後一時間もすれば子供は駆けまわって、店は開きだす。
時間を確認するため近くにある広場に向かった。街にいくつか点在する広場には必ず時計が設置されている。
広場の中に入ってもやはり人はいない。時計は現在時刻が六時であることを示していた。この時間だとソルレアやフランテロはまだ寝ているだろう。
どうしようか悩んでいると、自身の影をさらに大きな人影で覆われていることに気づいた。ここまで接近されていてはもう遅い。当然のようにオネスタは驚き、
「うわっ!」
煙があたりを覆った。
オネスタはここ最近でめっきり明るくなったが、臆病なところは克服できず能力は簡単に発動してしまう。それを避けるため日常の中でも気を張っているのだがそのことがかえって発動しやすくなっていることをオネスタはわかっていなかった。
「あーあ」
煙の中で四苦八苦している男を見てオネスタは頭に手を当てて、自身の失態を反省する。
やがて煙が晴れると男の姿が見えてきた。快晴だと言うのに真っ黒な礼服を身に纏ったその男は煙を追い払うのに必死で髪がぐしゃっていた。すらっとした体躯に爽やかな顔立ちも意味をなしていない。
「いきなりなんだこれは」
「すみません。私っていまいち能力を制御できないんです」
果たして能力を持て余しているオネスタが悪いのか、いきなり声をかけてきた男が悪いのか考える前にオネスタは謝っておいた。男の服装には見覚えがある。いつか老人の経営している宿に泊まった時、同じような服装をした騎士団の女と会った。このことを関連付けるとしたら、目の前にいる男は騎士団の一員なのだろう。
「自分の能力ぐらい使えるようになれよ……」
「今努力してるのでもう少し待ってください」
「なんだそりゃ」
ボヤく男に現在の進行状況を報告するも何故か呆れられたオネスタ。バカにされているようで少し腹が立つが公営機関の人間と争っていいことは無い。そんなことをするのは馬鹿かはぐれ者だけだろう。
なんとか頭の熱を抑えると「それじゃ」と一言添えてオネスタは足早にその場を去ろうとした。
「いやいや待て待て」
「なんですか?」
男に引き止められる。
「俺は一応この街担当の騎士なんだけどよ。あんたの事は見たことがない。念の為素性を教えてくれ」
「名前はオネスタです。少し前からステラの元でお世話になってます。信用出来ないならステラやフランに聞いてみてください。それでは」
こんなんでいいか、と適当に言葉をぶつけて、オネスタは足を後ろに向けた。明確な証拠を見せろと言われても、書類上はオネスタはこの村にいないことになっている。村長や村の人達は歓迎してくれたが、オネスタが自分で正式な入村を拒否した。書類に登録するためには、全ての街や村を統べる中央都市に行かなければならない。オネスタとしては出来ればそう言った金や権力、あの屋敷に関連付く物には関わりたくないからだ。
「いやいや待てって」
「まだ何か?」
はっきりしている事だが、オネスタの男に対しての印象がいいものでは無い。驚かされた挙句に、把握出来ていない自分の能力のことに口を出されてはオネスタも怒る。今のこの状況をステラが見ていれば「子供だなあ」と笑うだろう。
「そう邪険にするな。カヴァールだ。俺の名前。騎士連中の一部はあんたの事知ってるみたいだし元から怪しんではなかった。服も綺麗だしな。まあ、よろしく」
カヴァールと名乗った男は軽く頭を下げた。
「よろしくお願いします」
名前と砕けた物言いに反して頭を下げると言う、シュールな光景にオネスタは幾らか気を許した。またなーと言って去るカヴァールにオネスタは軽く手を振って別れを告げた。
ふと時計を見ればあれから一時間ほどすぎていた。この時間ならそろそろソルレアやフランテロのどちらかは起きているだろう。そう思い、オネスタは足取り軽く二人の住む家に向かった。