第十七話 失くしたものは意外と見つかる
目が覚めると背中を押す柔らかい感触から自分の体がベッドの上にあることを理解した。天井から横に視線を向けると枕元に氷嚢が落ちていた。さらにその先には椅子に座りながら机に突っ伏しているステラがいた。
窓から入る光は太陽のものではなく、この街の明かりであることは自明のことだ。時刻は十一時頃だというのに外からはちらほらと話し声が聞こえる。
「えっと……」
ここに来るまでの記憶が朧気だった。取り敢えずき上がってみると胸から足先を何かが擦れた。水気を含んだタオルを摘むと、オネスタは自分の体の異変に気づいた。
「服着てない」
服どころか下着一枚も着ていなかった。ほとんど裸のままでオネスタはベッドの上に寝転がっていたのだ。慌てずに記憶を整理していくとだんだん状況を飲み込めるようになった。
風呂に入ったことははっきりと覚えている。そこからの記憶が曖昧だ。微かに覚えているのは誰かが自分を呼んでいたことだけだ。泣いているような、怒っているような悲しい声だった。
オネスタの声に反応したのかステラがもぞもぞと動き出した。起き上がったステラと目が合いオネスタは努めて冷静にしてみせた。
「お、おはようステラ」
意識がまだはっきりしていないのかステラは何も言わない。部屋の中を見渡す様子は小さな赤子にも見え、同時に自分もこんな間抜けな顔をしていたのかなと思った。
「あー。オネスタ、起きたんだな」
返事はしたが、ステラは一向にオネスタの方を見ない。ステラは自分が見られる分には大して何も感じないが、反対に見る側となれば話は変わる。異性の裸を見て平常でいられるほどステラは大人びていない。
こうして目を逸らしていることはオネスタにとってもありがたい。当然オネスタにも羞恥心はあるので見られない方が平静でいられる。
だからといってステラの前で裸でいることが許せるわけもない。
「服、着てくるね」
「伏せてるからどうぞ」
下を見たステラを確認して、オネスタはそそくさと自分のタンスから適当に服を取り出す。
二人から言葉が消え、オネスタの服の擦れる音だけが微かに部屋に響く。オネスタは、何度かステラな方を見たが彼は一度も自分の方を見ることはなかった。
「聞きたいんだけどさ」
「ん? 何?」
服を着て落ち着くとオネスタの頭に疑問が浮かんだ。
「私どうして服着てなかったんだっけ?」
「覚えてない?」
「全く」
「風呂で気絶―――寝てたんだよ」
寝床で目覚める前の記憶は依然として曖昧だが、覚えていることも多少あった。
白い靄のようなものが立ちこめる中、自分を呼ぶ声が微かに聞こえた。そんな夢のようなぼんやりとした感覚だけが残っていた。
それが風呂なのだろう。
「ごめん。疲れてたのかも」
「だろーな。気をつけろよ? 溺れてたかもしれないんだからさ」
「わかった」
「本当にわかってるのか、不安だ……」
大きくステラがため息を吐く。
露骨にため息を吐かれるとオネスタもカチンと来るが悪いのはこっちなので抑える。それとは別に一つ気になることがあったのでそっちを聞くことにした。
「ねえステラ」
「ん、なに?」
ステラが家に来てからの話を聞く限り、登場人物は二人。ステラとオネスタ自身だ。オネスタは自分の体を見られるのは抵抗がある。ましてや無闇に触れられて喜ぶような趣味は持っていない。つまり、気になったことは、
「ここまで運んだのってステラ?」
眠っていたオネスタが自分でベッドまで移動することなど出来るはずもなく、そうなると他の誰かが揺らさないように慎重に運んできたはずだ。
オネスタの問を受け、ステラは再度視線を逸らす。その反応だけで確認は取れた。
「仕方ないだろ。カリーナはすぐ帰ったし」
「カリーナもいたの?」
「俺が女の風呂に入るのは気が引けるからカリーナに頼んだ」
「なるほど。でも帰ったんでしょ?」
「『ごっめーん! 用事あるから後はよろしくね!』って止める暇もなく帰ってった」
ステラの下手くそな裏声は置いておいて、用事があったのなら文句は言えない。その用事が本当にあるのであればの話だが。
カリーナはステラと同じ長屋に住んでいる夫婦の娘だ。年齢が近いこともありオネスタはすぐに仲良くなった。
「ふーん」
「そう言うなって、大変なことになってたかもしれないだよ?」
「それもそうか」
「そうそう。何事もなくてよかったよかった」
オネスタが納得してベッドに座り込んだのを見計らってステラが口を開いた。
「そういやオネスタにお土産があるんだった」
「お土産?」
「そこの森の中で拾ったんだけどさ。綺麗だったから持ってきたんだ」
ポケットの中にあったものを掌の中に移し、したり顔で拾得物をオネスタに見せる。掌に大人しく配置されたそれは想像よりも小さく、綺麗なものだった。ステラの自信ありげな表情も、この小さくて丸い石を見れば納得だ。オネスタは感動してステラを褒め称える――はずだった。
「それソルレアの!」
それを見たのが初めてであればの話だが。
「そうなのか?」
「かくれんぼしてた時に失くした石と同じだ」
大きさ、形が全く同じだった。間違いなくソルレアの失くした物だとは思うが色だけが大きく違う。昼間はただの透明な丸い石だったのが今は青白く光り輝いている。光ってると言ってもそれは小さなもので、マッチよりも頼りのない光だった。
「そうなんだけど、何で光ってるんだろう。昼見たときは透明だったんだ」
「俺が拾った時はもう光ってたぞ?」
「光を蓄える性質とか? ステラはこれが何か知ってる?」
「いや、拾ってから家に帰るまで考えてたけど全く心当たりがないな。普通の人よりも物事は知ってるつもりだけどこれは初めて見た」
ステラはここ一か月の間、納品のため何度か遠くの街に足を運んでいた。一度の遠出で三日か四日、合計して二週間ほど家を空けていた。話を聞く限りオネスタがいた街よりも遠くへ行くこともあるそうで、多種多様な人物と出会っているらしい。そんなステラが知らないと言うのだからひょっとしたらこの石は相当なレア物なのかもしれない。
「これ、ソルレアのお父さんが買ってきたらしいよ」
「へー。どこで買ったんだろ」
二人して青白く光る石を興味深そうにまじまじと眺める。改めてよく見るとこの石は綺麗だと痛感する。それに、驚くことにこの石には傷一つない。
「まあいっか。明日ソルレアに返す時にフランに聞いてみるよ」
「ん。フランも知らなかったら二人の父親に教えてもらってきてくれ」
「うん。わかった」
結局、詳しく知っている人がいない中で何を考えようとも堂々巡りするばかりだ。手に入れた本人に聞けば最終的に出所は判明するだろうし、話し合いはいったん中止だ。
今からソルレアの家に行けばソルレアとフランテロは寝ているだろうが、両親はまだ起きているだろう。行ってもいいのだがオネスタとしては、石を返した時のソルレアの喜ぶ様子が見たいので人伝に返すのはあまり好ましくない。ソルレアには悪いが少しだけ待っててもらうことになった。