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天上の世界の明日に向けて  作者: 奈宮伊呂波
オネスタ編
24/50

第十六話 小さな子供は可愛い

 家に帰ってまずオネスタはステラに傷の手当てをしてもらった。痛みが酷いわけではないが傷口から雑菌が入ったりするもするかもしれない。食卓にあった医療箱で左腕の傷口を消毒し、包帯でぐるぐる巻きにしてもらった。骨折はしていないので必要ないと言ったがステラは聞き入れてはくれなかった。骨折とは違った巻き方らしい。

 それだけ心配してくれていると思えば嬉しいので結局は巻かれた。

 治療が終わるとステラはそのままどこかに出かけていった。大猿の狩りに成功したのはいいがステラの家にそれを置いておくスペースはない。ステラの仕事に理解のある街の人たちなら少しの間くらい家の外に置いてあっても許してくれるだろうが何日も置いていては注意されるかもしれない。

 今まで、基本的にステラは仕事のある日はそのまま商人や料理人に直接売ったりしていた。オネスタの住んでいた屋敷のあった街に行っていたのもそれが理由だ。

 疲れを知らないステラについてくるか尋ねられたが、疲労の溜まった体が断れと言っていたので素直に従った。

 そういうわけでオネスタは一人で街をぶらついていた。時間は午後四時。大多数の人間は他の場所に仕事に行っているので、相変わらず静かな時間帯だ。


「おねすたー」


 服でも買いに行こっかな、と服屋を目指していると腰の辺りに衝撃が走る。振り返ると小さな頭が腰にくっついていた。その後ろから小走りで駆け寄ってくる少年が一人。この二人は兄妹で、兄の名をフランテロ、妹の名をソルレアと言う。


「ソルがすみませんオネスタさん」


「ううん、気にしないで」


「あの、腕怪我したんですか?」


 包帯を見てフランテロが尋ねる。


「ちょっとね。でも大丈夫。ただのかすり傷だから」


 左腕上げてパシパシ叩いて大したことが無いことを主張する。いくらかフランテロの顔が柔らかくなった。


「おねすた。あそぼ」


 くいくいと服の端を掴んでソルレアが離さない。可愛い子供と遊ぶことはオネスタは好きだがいかんせん疲れているのだ。申し訳ないが正直に言って断りたい。

 以前のことを思い出す。街に来てから一か月のころだ。すっかり住民として馴染んだオネスタは訓練があると言って誘ってくれたソルレアを泣く泣く断った。そうすると逆に泣かれてしまって、結局その日の訓練は中止にしてもらった。ジュスティスも鬼ではないので快くキャンセルを受け入れてくれたが次の日の訓練は倍きつかった。

 泣いたソルレアは強力でできればそうなるのは避けたい。今日の予定は服屋に寄って気に入った服があれば購入し、その後、ジュスティスに実践の報告に行くつもりだった。服屋はやめればいいし報告も最悪明日でもいいだろう。


「うん。どこ行こっか?」


「これみて!」


 どこに行くか聞いたはずなのになぜか別の話になっていた。オネスタは子供っておもしろいな、と思いつつソルレアの手に注目する。ポケットから出した右手には丸くて透明な石が握られていた。ふふんと鼻を鳴らすソルレアの目はその石よりもずっとキラキラと光っていた。


「おおー。きれいだね。誰かにもらったの?」


「うん! おとうさんがくれた」


「買ってきてくれたみたいなんです」


 ソルレアの子供らしい大雑把な説明にフランテロが補足する。


「よかったね」


「うん!」


 純粋な笑顔を見てオネスタは自然と顔が綻ぶ。満足したのかソルレアは石を大事そうにポケットにしまった。


「今日は何しよっか?」


「もりでかくれんぼ!」


 そう言ってソルレアは森の方へ走り出す。森の中は今日のような大猿が住んでいるが、オネスタの知る限り街に近いところなら危険な動物はいない。さして問題はないだろう。


「急にすみません……。ソルってばオネスタさんを見つけるなり走り出しちゃって……」


 元気な妹を扱いきれずに迷惑をかけてしまったことを悔いているようだが、子供が好きなオネスタにとって癒しのようなものだ。感謝こそすれ恨むことなんてない。ただ、体力的には少々来るものがあるが。


「いいよー。フランは気にしすぎだよ?」


「そう言ってもらえると助かります」


 ちょっと真面目過ぎる少年だが、オネスタはフランテロもソルレアと同じ可愛い子供だと思っている。年齢で言えばフランテロは七歳差でソルレアは十二歳差と言うところだ。二人ともまだまだ育ち盛りの子供だ。可愛くないわけがない。

 しかし、オネスタの方は時間を気にする必要はないが、二人はそういかない。まだ小さな子供であまり遅くまで外で遊ぶことを良しとする親はいない。もちろん二人の両親は健在で家族四人で仲良く暮らしている。オネスタはステラと共に晩ご飯に招待されたこともある。優しい両親でオネスタは昔を思い出して懐かしんだものだった。

 街の一番端の家が見える森の中に行くとソルレアが言った。


「さいしょはおねすたがおに」


「おっけー」


 オネスタが木のほうを向いて数を数え始めると二人は散り散りに逃げ出した。

 ルールは簡単三十秒数えて五分間隠れられたらフランテロ達の勝ち。二人とも捕まえられたらたらオネスタの勝ち。三十秒しか隠れる時間がないので遠くまではいくことはない。ちなみに見つけてからタッチをしないと捕まえたことにはならない。


「もういいかーい」


 二人の返事はない。ここで「もういいよー」と言ってしまうほど二人は馬鹿ではない。前回は「はーい」と元気に返事をしたソルレアのおかげで随分簡単なゲームになった。ソルレアの成長を垣間見てオネスタは感心した。

 顔を上げて辺りを見渡す。森の中は木や茂みで隠れられる場所が多々存在する。具体的な範囲も決めてないので案外手こずりそうだ。


「ここかな」


 暫く歩き回って森の中を観察しているとある茂みが目についた。と言うより動いた。オネスタは能力の訓練で何度も驚いたり怖がったりしているうちに小さな音や動きがなんとなくわかるようになっていた。とりあえず耳を澄ませながら歩き回り、違和感があった場所を探す。それがオネスタのかくれんぼにおける戦略だ。

 僅かに揺れた茂みを見てもそこには誰もいない。どうやらただの風だったようだ。


「じゃあここだ!」


 オネスタが近づくとはっきりと揺れた。今度こそ風じゃない。

 さっきの茂みの隣の茂みを上から覗く。そこには腰にしがみついていた頭と同じ頭があった。


「ソルレア見っけ」


 見つからないように小さく丸まっていたソルレアの脇を掴んで持ち上げる。意外と重くなっていて怪我をした左腕が僅かに痛む。ソルレアを心配させないように何とかオネスタは堪えた。


「みつかっちゃった。フランどこだろ」


 捕まったのにソルレアは楽しそうだ。ソルレアはフランテロと同じ逃げる側であることを忘れてしまったのか探しに飛び出した。


「ソルレア早い!」


 走る速さは子供相応なのだが切り替えと言うか気分の移り変わりにオネスタは驚く。

 二人で探すのだからすぐに見つかるだろうとオネスタは思っていたが。それは楽観的だったと後で思い知った。懸命に探したがフランテロは見つからない。やがて五分は過ぎ去り、オネスタは降参した。


「もう降参だよフラン。出てきてー」


「ふらんどこー」


 二人がそう言うと後ろの木の上からがさがさと物音が鳴った。トンっと小気味のいい音と共にフランテロが現れる。


「……木の上はずるいよ」


「ふらんずるい」


 木の上は禁止してなかったとはいえまさか登っているとは思っていなかった。ソルレアに関しては危なくて登れさせられないしちょっと公平性に欠ける。


「勝ちは勝ちです」


 二人の不満も勝利のスパイスになったのか、フランテロはふふんと鼻を鳴らす。その様子がソルレアに似ていてオネスタは可笑しくなった。


「もー二人とも可愛いなー」


 二人を抱き寄せてオネスタが笑う。不満そうだったソルレアも、オネスタが笑うのを見てつられて笑っていた。

 その後も何度か鬼を交代しながらかくれんぼを続けているとやがて夕焼けが見えなくなった。自然と帰る流れになり、森から出ようとした時だった。


「まるいのない!」


「どうしたの?」


 急に立ち止まったソルレアがポケットを慌ててポケットをほじくり返していた。

 どうやらポケットに入れていたはずの石がなくなっていたようだ。よほど気に入っていたのか、ソルレアはついに泣きだしてしまった。


「ほら、泣かないのソル。探したげるから」


「そうだよ。みんなで探せばすぐに見つかるよ」


「ほんとう……?」


「本当本当。さ、急いで探すよ」


 二人があやすとソルレアは泣き止み、三人は石を探し始めた。しかし、太陽がないせいで辺りは暗くなかなか見つからない。街は次第に明るくなっていったが森まで照らす光は街にはない。三人で手分けしてソルレアが隠れていた場所の近くを探しても見つからない。森の中は雑草で埋め尽くされているし茂みがいくつもあるので昼間であっても見つけにくいと言うのに月明りだけでは探しにくいのは当たり前だ。

夜になってから三十分が経った頃、オネスタはそろそろ時間がまずいと思い切り上げることにした。あんまり遅くなると二人の母親に怒られてしまう。


「フラン、今日は帰ろうか」


 草むらをかき分けていたフランテロは手を止めて立ち上がった。


「そうですね。あんまり遅くなると母さんも父さんも心配しますし。でも、」


 とフランテロは離れたところにいるソルレアを見る。一生懸命ソルレアは探していた。きっとソルレアはオネスタが帰ろうと言っても聞かないだろう。そのことをフランテロは心配しているのだ。


「なんとか説得しようよ」


「そうですよね」


 二人はソルレアのいる場所へ移動した。


「ソル。今日はもう帰ろう」


「やだ」


 即答だった。よく見るとソルレアの目じりには水滴が溜まっている。彼女にとってはそれほど大事なものだったのだ。


「暗くてよく見えないから明日また探そうよ」


「やだ!」


 やはりソルレアは動こうとしない。ここらへんはオネスタの予想通りなのでオネスタは次の作戦に出た。


「ステラ呼んでくるよ?」


「や、やだ!」


 一瞬こちらに振り返ったが帰るまではいかなかった。しかし効果はありそうだ。以前、ソルレアは言うことを聞かなくてステラに怒られたのだ。その時のソルレアの様子は怖がっていると言うより、めんどくさがっているみたいだった。ステラは叱りつけるのではなく説教をするタイプで威圧している風ではないのだが、如何せん話が長いのだ。泣きじゃくって謝るまでまで話は続くのだから悲惨な状況だった。ちなみに怒られた原因はフランテロのおやつを勝手に食べたことだ。

 そんなこともありソルレアに言うことを訊かせる方法はステラの名前を出すことになった。


「それに言うこと聞かない子は手伝ってあげない」


 オネスタがそう言うと、動いていたソルレアの肩が止まった。これも効果がありそうだ。

 気が変わり始めたのかちらちらとオネスタを見ている。もう一押しと言うところだがオネスタにはもう作戦がない。


「兄ちゃんももう帰ろっかなー」


 フランテロのその言葉が決め手となった。


「わかった。かえる」


 しぶしぶソルレアはそう言った。


「うん。偉いね」


 説得に成功すると三人は森を出て街に戻った。道中はソルレアが真ん中でソルレアの右手にフランテロ、左手にオネスタが位置していた。帰りながら話すうちにソルレアはだんだん笑顔になっていった。

 二人を家まで送るとオネスタは自分の家に向かった。人通りが多い道を歩いているとよく通りすがりの人に挨拶される。全て紹介しているとキリがないので結果だけ言うとオネスタはこの街の人達ととても仲良くやっている。

 家に着いた。明かりがついていないのでステラはまだ帰っていないようだ。随分遠くに売りに行ったのか今日はいつもより遅いみたいだ。


 オネスタは今日、初の実戦、子供二人との遊びで中々に疲れてしまっている。ベッドに飛び込もうかと思ったがステラの言葉を思い出し踏みとどまる。そのまま足を反対に向け、風呂を目指すことにした。

 ステラの家には風呂はない。代わりに長屋全員で共用している風呂がある。脱衣所は一度に五人は入れる広い風呂だ。共用と聞くと嫌がる人もいるが、男女別に作られている。オネスタからするとステラの部屋の隣にあるのでそんなに不便でもない。

 石鹸やタオルは風呂場にあるので必要なものは寝巻だけだ。長屋の風呂の掃除は当番制で現在時刻は午後八時過ぎ。石を探すのに随分時間がかかったが、この時間ならすでに掃除は終わってお湯も沸かしてくれている。ちなみに薪割り係は専らステラだ。

 脱衣所に着いてまず持ってきた寝巻をオネスタの籠の中に入れ、来ていた服を脱ぎ包帯を外す。脱衣所はきちんと部屋になっているため覗きの心配はない。換気のため窓が一つついているがそもそもこの街にそんな輩がいるのかすら怪しい。籠の奥の方に服を入れるといよいよ風呂に入る。


「ありがとうございます」


 扉を開けて当番の人に感謝を述べると入浴の前に体をお湯で清める。オネスタは左手にお湯がしみて、自分が怪我をしたことを強く実感した。そこで、激しい運動をしたことで自分の体が汗や泥で汚れていることを思い出す。

 石鹸を使い手で体と髪を洗って改めて風呂につかる。

 体に溜まった疲労が抜けていく感触を味わいながらオネスタは流れに身を任せる。気持ちが良すぎてこのまま寝てしまいそうだった。

 詰め込みすぎだと思う一日はもうすぐ終えようとしていて、また明日がやってくる。

 初の実戦は大成功とは言えないし、むしろ思い出すと迷惑ばかりかけていて反省ばかりが生まれる。明日はソルレアの石も探さないといけない。ジュスティスに今日の報告をしなければいけないしそれが終わればまた訓練だろう。


(楽しいなあ。本当に楽しい)


 未だ見ぬ明日に胸を膨らませオネスタはゆっくりと意識を閉じていった。


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