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天上の世界の明日に向けて  作者: 奈宮伊呂波
オネスタ編
22/50

第十四話 寛容な街は大歓迎だった

 ジュスティスとの訓練が始まった日。日が暮れるまで煙や光を放ち続けたが成長は見られなかった。幸いなことはオネスタが臆病であり、死の恐怖に慣れなかった事だ。慣れてしまえば今のところオネスタは能力を使えなくなり訓練も意味が薄れていく。

 そうは言ってもオネスタからするとジュスティスのような大の大人から殺気を放たれれば怖がるのは当然のことだろう。


「お疲れ様」


 家に帰ると、用事があるとかで先に帰ったステラがオネスタを迎えた。


「ありがとうございます」


 家の中に入るとオネスタはそのままふらふらとベッドに倒れた。柔らかな感触に包まれてそのまま眠ってしまいそうだった。


「そんなに疲れたのか?」


「疲れました」


 肉体的にと言うより精神的にだ。一日のうちに何度も死の恐怖を感じることは普通に生活していれば経験することはないだろう。大して運動をしていないのにオネスタは疲れきっていた。


「そっか。お疲れのところ悪いんだけど。今日は外食だ」


 外食。聞き慣れない言葉にオネスタは一瞬思考が止まる。ステラは帰る際にオネスタに「飯は食べてくんなよ」と言っていた。てっきり俺が作るから寄り道するなよ的な意味だとオネスタは思っていたが、それらしい匂いは全くしない。それに気づいてようやく理解した。

 ああ外食ね。


「ごめんなさい、無理です。私はいいのでステラさんは行って来てください」


 外食などほとんどした事が無いので非常に興味はある。だが正直に言って興味よりも疲労が勝っている。オネスタはわざわざ歩き回るのは避けたいと思っていた。

 枕に頭を埋めようと体の向きを変えた。


「それは困る!」


 ふかふかを味わう前にステラの方に振り返った。何が困るんですかと聞く前にステラは捲し立てる。


「オネスタと一緒じゃないと意味ないっていうかむしろ重要なのはオネスタの方だから行くぞ! みんな待ってるから服着替えて! 汚れた服でみんなと会う気? そもそもそんな格好でベッドに倒れない!」


 なるほどそれは一理ある。とオネスタは自分の服を見て思う。所々泥で汚れている。しかしこれはオネスタが元気に遊び回ったからではなく、ジュスティスが迫力をつけるための演出(殴りかかるときに勢いをつける)のせいである。オネスタ本人は特に気にしていなかったのでステラに言われるまですっかり忘れていた。

 自分のベッドが汚れれば怒るのは当然だ。


「ごめんなさい」


「わかってくれたならいいんだ。俺は向こうに行ってるから着替えてくれ」


 食卓のある部屋にステラが行くとオネスタは着替え始めた。外に行くのだから前に来ていた服は避けるべきだ。買ってもらった服の中から選ぶとすると白いワンピースだろう。汚れてしまうことが懸念事項だがあの店員が選んでくれた物はどれも派手でどれにしても汚れてしまうだろう。


 来ていた服をベッドの横に置いてワンピースに着替えると準備完了。


「ステラさん。着替えました」


 入ってきたステラは思わず言葉を失った。


「どうしました?」


 オネスタが尋ねるとはっとステラは我に返った。


「いや、オネスタが思ったよりも綺麗になってたからちょっと驚いた」


「綺麗ですか」


「うん。似合ってる」


「ありがとうございます」


 オネスタは褒められた感動がバレないようにこらえた。表情筋は我慢できなかったようで少し歪んでしまったが、オネスタの表情をステラは見逃していた。

 ステラは部屋の時計をちらっと見て呟いた。


「もうちょいか……」


「行きますか?」


 オネスタに聞こえることはなくステラの予定とは反対のことを言った。


「あ、そうだ。訓練はどうだった?」


 唐突な話題にオネスタは戸惑うがとりあえず答える。


「特に変化はないみたいです」


「そっか。でも挫けるなよ。すぐに成長できるなら誰も苦労しないからな。最初はそんなもんだ!」


「はい」


「おう」


 沈黙が生まれる。

 オネスタにとっては苦痛には感じないが何を焦っているのかステラはこの空気に耐えられなかった。頭の中でこれを言おうあれを言おう、と考えつくがやっぱりやめとこうこれはダメか、とすぐに消えていく。

 思考の周回作業の末に思いついたことは、


「オネスタ。双六って知ってるか?」


 ゲームをすることだった。

 オネスタは双六を知っていた。振った賽の目の数だけ駒を進め上がりを目指すゲーム。子供の頃にイディオットが無けなしのお金で買ってくれた数少ない物の一つだ。


「取ってくる」


 そう言ってステラは隣の部屋に入っていった。この家の居間には必要最低限の物しかなく、雑貨品や娯楽品は全て食卓の部屋に置いてある。

 ステラの家には珍しい動物を求めて商人が多々やってくるため、奥の食卓の部屋に物を集めているのだ。残念ながら部屋の広さの関係でベッドは置けなかった。


 何かすることもないし訓練での疲れもありじっと待っていると扉の向こうで物が落下した音が聞こえた。高い所にあったのかなとオネスタは適当に予測した。時計を見ると時間は七時半を示している。オネスタは空腹を感じていたのでそろそろ晩ご飯が待ち遠しい。


「ちょっとだけやろうか」


 しばらくしてステラが戻ってくると両手の上に小さな箱が乗っていた。チラッと時計を見るもステラはそのままテーブルの上に箱を置いて開いた。中から折りたたんで入れてあった紙を広げて初めの場所に駒を二つ置く。紙には蛇のイラストが描かれていてその背中に沿ってゴールを目指す形式だ。


「裏? 表?」


 ポケットからコインを取り出したステラがオネスタに聞いた。


「何がですか?」


「え? どっちが先か決めるんだけど?」


「それってサイコロを振って数が大きい方ですよね?」


「そうなの?」


「はい」


 イディオットとするときは確かそうだったと記憶を探る。

 ステラは少し考えてコインをポケットにしまった。サイコロを一つ持ちテーブルの上に投げる。出た目は四。だったがステラがいきなり席を立った。

 何をするかと思えば腕を思い切り振りそれによって生まれた風でサイコロを動かした。ステラは「四」などという中途半端に高い数字では満足しない。狙うは「六」ただ一つ。さあその結末は!!


「1ですね。では次は私が行きます」


「いや待て! 残念だがもう時間だから外に行くぞ!」


「え、でも双六は……」


「いや時間だ! 行くぞ!」


「もしかして失敗したのが悔しいだけ――」


「うるさい行くぞ!」


 ステラがやけくそに叫ぶと外に繋がる扉の向こうから何か音が鳴った。音、というより人間の声に近かったようにも聞こえた。ステラに言っておこうかと思ったが何やら情緒不安定なのでやめておくことにした。誘ったのはステラだと言うのに続ける気はもうないらしい。双六を放置したまま扉の方にオネスタは招かれた。代わりに箱の中にしまおうと思ったが急いでいるのか待ってはくれないようだ。


 これまで一緒にいてオネスタはステラのことを十分に信頼している。ここまで妙な態度をとられると流石のオネスタも頭に疑念が生まれる。何度も時間を気にしていたり。いきなり双六をやろうと言いだしたり。明らかにおかしい。


 だがそんなオネスタの疑問はステラが待っている扉を開けば一瞬で吹き飛んだ。


 真昼間になぜあんなに人が少なかったのか。どうして開いている店が少なかったのか。家の数は比較的多いほうだろう。屋敷のあった街よりは少ないが、少なくとも宿屋プレンタがあった街よりは多いだろう。なぜ家の数に対して人が少ないのか、オネスタは何度も考えた。もちろん世間にあまり出ていなかったオネスタがその答えに辿り着けるはずもなく、解消できずに心の隅で悶々としていた。


 その答えは今、目の前にある光で輝いている街を見ればすぐにわかった。ほとんどの家は明かりがついていて、昼間にはその存在すら気づかなかった街灯が激しく自己主張している。店は昼の三倍ほど開いていて、何より、道路と呼べる場所は人で埋まっていた。ただほとんど全員がオネスタの方を見ているので不気味さは拭えなかった。


 オネスタが呆気にとられているとステラが一歩前へ出て大きく息を吸いこみ、


「みんなー! こいつはこの街の仲間の新しい仲間のオネスタだ! よろしくしてやってくれ!」


 ステラが叫ぶと、一人また一人と足を止め次々に声を上げる。「よろしくなー」、「あんたがステラの嫁さんか。結構若いな!」、「可愛いじゃないよろしくね」、「ステラずりーぞ」、「さっき言ってた人?」、「こら! それは内緒でしょ」、「歓迎します」、「ステラの知り合いなら文句は言えないな」、「初めましてこんにちはよろしく!」、「どこから来たの?」、「こんなやつのどこがいいと思ったの?」、「今何歳ですか!」、「今度遊ぼうね!」。

 いったいどこに潜んでいたのか昼間とは全く違う。老若男女様々な人がオネスタの周りを囲み、いつの間にかオネスタは身動き取れなくなっていた。挨拶かと思いきやそれが終わると質問の洪水となっていた。一人の人間に人が集まっているその様子は、宗教のようにも見えるだろう。

 矢継ぎ早に話しかけられてオネスタは処理が追い付かなくなりあたふたと目を回しているだけだった。回らない頭で一つずつ質問に答えていくとやがてステラが口を開いた。


「興奮すんのもわかるけど今日はここまでねー。今から俺達晩飯だからさ」


 騒ぎを見つけた人が集まってきて時間が経つにつれ収拾がつかなくなってきた。三十分経っても収まる気配はなく、これ以上遅れると予定が崩れてしまうと感じたステラは人込みを退けてオネスタの手を握った。

 そのまま右手をオネスタの膝の裏に引っ掛けて背中を左手で支える。


「捕まってろ」


 まるで困っている人を助けた後のようなすがすがしい笑顔で、ステラの顔は満ちていた。二度目のお姫様抱っこに頭を真っ白にさせたオネスタが返事をする前に、オネスタの体は強烈な浮遊感が降り注いだ。すぐに空中にいることを理解したオネスタは慌てずにステラの首に両腕を回す。


「なんでいきなり飛ぶんですか!」


「言っただろ?」


「そうですけど!」


 確かに言った。静かな町だと思って外に出たら人が大量にいて、熱い歓迎を受けてキャパオーバー状態だったが、耳元で言われたので確かに聞こえていた。その直後に飛ぶもんだから心の準備が出来ていないのは仕方がないことだろう。オネスタの怒りも当然だ。


「これが俺の、俺たちの街の歓迎だ! 改めてこれからよろしくなオネスタ!」


 だが、そんな些細なことは重要ではない。大切なのはインパクトだと言うことだろう。


 街の名前はカントネ。この街の日中はまるで森の中のようにのどかで穏やかだが、それは太陽が昇っている間の話。夜からがこの街の本番なのだ。ステラのように街の外で働いている人が多いこの街は、夜になると昼間のように灯りををつけ、馬鹿みたいに騒いでいる。それがこの街の特徴だ。それをオネスタに見せたくてステラは用事と言って先に帰り、住民にお願いして回っていたのだ。


「意味わかりませんよ。本当にもう」


 そんなバカな行為も自分のためだと思えば、嬉しくないわけがない。

 夜を照らす街の中でオネスタは静かに笑っていた。


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