第十三話 簡単なお勉強
町はずれの森の中。三人の人間が話をしている。少女一人、少年一人、男一人、三人とも倒れた巨木の上に座っている。
何をするのかと思えば、能力の訓練と言うことでオネスタは気合十分だ。
「今日はまずお勉強からだ。なに。難しい話じゃないから安心しろ」
「そうそう。俺なんてジュスティスさんが言ったことほとんど覚えてないし」
「そんなものですか」
軽い気持ちで挑めと言いたいのだろうがそう言われてむしろオネスタはやる気がそがれた。
「オネスタは――呼び捨てでいいよな?」
「大丈夫です」
「よし、オネスタはどんな能力だ?」
どんな、と聞かれてオネスタはどう答えるか迷う。そもそも自分でもよくわかっていないのだ。自分の身に危険が迫ると煙が出てくることが何度かあった。そのおかげで助かったことは何度かあった。ステラと出会った日は光のようなものまで出てきたのだ。それまで「危険になると煙が出る」程度の認識だったのがその時からぶれている。それを深く考えたことが無かったのでわからないままになっていた。
それを言葉にすると、
「煙とか出る能力です」
「煙ね。『とか』ってことは他にもあるのか?」
「はい、光も出ました」
「どれぐらいの?」
「えっと……」
オネスタの能力は自分には影響がない。つまり能力の度合いを自分で判断できないのだ。
「使用状態の俺が動けなくなるぐらい」
言いあぐねていると代わりにステラが答えた。光を出した時は放火犯の連中以外にもステラもいたのだ。
「へえ。強いじゃんオネスタの能力」
予想の上を超えたのかジュスティスは感嘆の声を漏らした。
「ありがとうございます」
「自由に能力は使える?」
「いえ。おそらく危険になると発動します」
「まだそこか……」
「まだ、ですか?」
「ああ、能力ってのは三種類ある。条件型、常時型、自由型ってな具合だな。今はもうそんな呼び方はないんだが昔はそういう風に分けられてたんだ」
「どうしてですか?」
「それはだな。ちょっと待て」
何か探しているのか服のポケットを漁り出した。寝巻きだから大して数のポケットはない。同じ所を何度も手探りで弄った後、ジュスティスは絶望した顔になった。
「忘れた……」
「別にいらんだろ」
事情を把握してるのかステラは呆れた様子だ。
「重要なんですか?」
「無くてもいいが説明はしときたかった。オネスタが知らないなら尚更。まあいい。実物は今度見せるから今は説明だけしておく」
「お願いします」
未知なことが多いオネスタには相変わらず何のことかわからなかったがとりあえず答えた。
「さっき言った通り能力は三種類、というより三段階ある。能力によっては二段階だったりするがオネスタの場合は三段階だ。で、聞く限りでは今は条件型。つまり限られた状況でしか使えないってわけだ」
「はあ」
分かったような分かってないような曖昧な返事をした。今の説明は理解出来たがそれが何を意味するかがわからない。そんな感じだった。
「まあ簡単に言うと全くコントロール出来てないってことだ。俺はそれを完全にコントロールできるように教える」
「なるほど」
「ここまでで分からないことは?」
「ステラさんは今どの段階ですか?」
「そいつは自由型だ」
オネスタはステラに聞いたつもりだったが代わりにジュスティスが答えた。
「そうなんですか」
「なんで今はその呼び方がないって話だったよな。この国の偉い奴らが薬を作ったんだ。練習しなくても自由型になれる薬を。まあそれもそこそこ値段がするから貧乏人には広まってないんだけどな」
そういえば。とオネスタは思い出す。屋敷にいた頃は何度か薬がどうとか話していた。それがどういう意味かオネスタは知らなかったが、その意味がようやくわかった。
「そうなんですか」
「あ、そうか」
黙って話を聞いていたステラが何か思いついたように手を叩いた。
「どうした?」
「いや、俺はジュスティスにオネスタの訓練を頼もうと思ってたんだけど。それってオネスタが俺の狩りを手伝いたいからなんだ。でも訓練ってなると時間かかるよな? ならさ、今言ってた薬を――」
「ダメだ」
厳しい口調でジュスティスは言った。
「は? なんでだよ?」
話を途中で切られたことと否定されたことで若干苛立ちをステラは見せた。オネスタはそんなステラの姿を初めて見たので僅かに肩を強ばらせた。
だが二人にはオネスタは見えていなかった。
「ステラにも言っとくがいいか。あれは激薬だ。大人は絶対に使っちゃならない。子供でも小さな頃から慣らしながら使っているんだ。それでも、後遺症は残ったりする」
「後遺症、ですか」
「そういや言ってたな薬を飲んでたって……」
いつだったか、そんな事を言っていたとステラは思い出す。彼等二人にはオネスタの知る由のない過去があるのだろう。
「ま、それが俺の若さの秘訣ってやつだ。中身はジジイだってのに力仕事を任せられて困るぜ全く」
冗談めかしてジュスティスは言う。ジュスティスの場合は見た目が変わらない、という軽い後遺症で済んでいる。それはあくまで彼の場合だ。彼より酷い後遺症なんていくらでもあるんだろう。だから彼は「ダメだ」と言った。
「わかった。ならとっとと訓練してやってくれ。オネスタも早い方がいいだろ?」
「もちろんです」
時間はたくさん余っているが早く手伝えるのならそらに越したことはない。薬が使えないのなら訓練しない理由はない。決心した今の気持ちが衰えないうちに目標に向かって進んだ方がいい。
「そうだな。じゃあ早速」
ジュスティスがオネスタを一瞥した瞬間、ジュスティスの姿が消えた。風を切る音が鳴り、森全体が驚いたかのように思えた。それと同時にステラが何か叫んだがオネスタには聞こえなかった。なぜなら、さっきまで数メートル離れた場所にいたはずのジュスティスが目の前に迫っていたからだ。
ジュスティスの目は鋭く、その拳は固く握られていた。何より、異常なほどの殺気をオネスタは感じた。
本能が回避しようと足を後ろに滑らすがもう遅い。死ぬ、と言う結果がオネスタの脳裏によぎる。
それこそがジュスティスの狙いだった。オネスタの能力は条件型で自身の身に危険が迫ると発動する。それを自由に発動できるようにしてくれと言うのが今回の依頼。それなら危険な目に合わせて体を能力に慣れさせればいい。
そう考えてジュスティスはオネスタに殴りかかった。出遅れたステラは間に合う距離じゃない。このままいけばオネスタはジュスティスに殴り飛ばされる。虚弱な彼女なら一撃で死ぬだろう。そうなるように動けば条件を満たすことになり能力は発動する。
今のように、
「うおっ!」
叫び声と共にジュスティスはまるでいきなり太陽を見たかのように手で目を覆う。煙では無意味だと能力が判断したのか初撃から光を放った。
「あー、想像以上」
「おい、ジュスティス!」
光の影響はジュスティスだけでなくステラにもあった。そのせいで目を閉じているがそのままステラはジュスティスの腕を掴む。目は見えていないが能力により聴覚を強化したのだ。
「そう怒るなよ。俺は老人だぜ?」
飄々と話すジュスティスにステラは迷いを見せたが渋々手を離した。
ジュスティスはため息をつき、埃を払うように胸元を整えた。寝巻きだから整える襟はないが。
「こうやって慣らしていけばいつか、半年以内には自由に使えるようになる」
「無茶苦茶かよ」
ジュスティスのこのやり方に覚えがあるのかステラは諦めとも取れる呟きを零した。
「大丈夫です」
二人が振り返った。果たして、本気で死ぬと思って両腕で肩を抱いて蹲りながら震えている女の子が言った「大丈夫」を二人が信じるだろうか。いや信じない。今の彼女を見てジュスティスはトラウマを与えたと思い辞退しようかとも思っていたぐらいだ。例えステラやジュスティスでないとしても大丈夫だと安心する者はいないだろう。
「訓練、お願いします」
それでもオネスタは言い切った。躊躇する二人の気持ちなんて関係ない。以前のオネスタならそんなことは言えなかった。だがステラへの感謝と自分の無力感への苛立ちがそれを可能にしていた。
その日からオネスタは毎日死ぬような思いをした。