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天上の世界の明日に向けて  作者: 奈宮伊呂波
オネスタ編
20/50

第十二話 不審な男は年齢詐称

 昼ご飯が終わるとオネスタはまず着替えた。オネスタの着ていた服装ではこれからする運動に向いていないからだ。これからする運動。それは――


 オネスタが行くと言って、ステラは食事の手を止めていた。オネスタは少し気になったが食べるのをやめはしなかった。


「訓練だ。オネスタ」


「お願いします」


 オネスタも行くと決めた時から何かしら訓練はするだろうと思っていた。だから即答したのだ。


「とりあえず、あっこ行くか」


 あっこ、というのがどこを指すのか。もちろんさっきこの街に来たばかりのオネスタにはわからない。ステラには詳しく説明する気は無いようだ。後のお楽しみということだろう。


「ごちそうさまです」


 食べ終わると二人はまず皿を洗った。屋敷での生活で、オネスタは皿洗いは得意だったので驚いたステラの顔を見てオネスタは満足した。

 小さな満足感を胸に、タオルで手を拭いているとステラが話しかけてきた。


「さっき買った服に動き易い服があるからそれに着替えて。俺はここいるから」


 訓練に使うんだろう、とオネスタは予想して了承した。

 リビングに戻って、さっき自分の服が入れられたタンスを開く。普段着のズボンは二着あった。どっちが運動に適しているのか分からないので二つとも手に持つ。

 ステラが待っている食卓の部屋の扉をコンコンと鳴らす。


「どうしたー」


「どっちかわかりません」


 言うと扉が開いた。しかしステラは出てこない。ドアノブの方を見ると隙間から何かが伸びていた。オネスタは驚いて一瞬後ずさるがすぐにステラの手だと気づいた。

 ステラがひょいひょいと手を振っていた。右手を乗せてみた。


「オネスタ。服貸して」


 ステラは何度か感触を確かめてそう言った。恥ずかしそうにステラが言うので盛大な勘違いをしていたことにオネスタは気づく。慌てて手を引いて代わりに服を差し出す。受け取るとステラの手は扉の向こうへと消えていった。


「こっちの黒いズボン」


 すぐにズボンは返ってきた。両方受け取って肌触りよいい黒っぽいズボンをタンスに戻した。黒いズボンを履いて、それと似た感触のシャツを選んで着替えた。


「着替えました」


 ドアが開いた。ステラの服装はさっきと同じだ。動き易い服装なので着替える必要が無い。


「行くか」


 二人は家を出た。先導するステラの後ろにオネスタは並ぶ。

 そういえば。鍵はかけないんだな、とオネスタは思う。それもそのはずで、ステラの家には基本的に高価なものは無い。あるのは食器棚の下に置いてある特注の金庫ぐらいのものだ。それ以外にわざわざ盗むような物は無い。そもそも盗まれて困るものがある人間はこの街にはいない、というのがステラの認識だ。

 やはり、この街は人が少ない。ちらほら買い物をしている人がいるがオネスタが住んでいた街よりも遥かに少ない。家や建物の数はさほど変わらないというのに。


「ここだ!」


 立ち止まって、ステラがくいっと指差した方を見てもオネスタはどこを指しているのか分からなかった。


「ここですか?」


 いや、わからなかったのではない。疑っていたのだ。


「そう、ここだ!」


 聞いてみても変わらない。だがいまいちオネスタは信じられなかった。訓練と言うものだからトレーニング施設でもあるのかと思っていた。それなりに大きな建物に行くのかと思えば、そこにあったのは普通の家だった。しかもその家は小さい家だった。人一人が住むのがやっとのくらいに。


「おーい。いるかー」


 ドンドンと入口の扉を叩いてステラが呼びかける。静かな街に反響した声はやがてオネスタの耳に入ってきた。何度か繰り返した後、ようやく家の扉が開いた。鍵の音はならなかったのでこの街ではそれが当たり前なのかもしれない。


「うるせえな。誰だ朝っぱらからよ」


 ぶつくさ言いながら男が一人出てきた。高身長で広い肩幅。髪はボサボサだが髭だけは剃っているようだ。全く異臭はしていないので引きこもっていた訳では無いだろう。年齢は三十ほどだろうか。

 それがオネスタの抱いた印象だった。


「もう昼だぜー。ジュスティスさん」


 寝ぼけ眼を擦る男、ジュスティスにステラが呆れたように声をかける。服装が寝間着であることが一層その不健康さを大きくさせている。


「仕事柄だ。最近は全く依頼がこねえからな。お前の真似事して何とか生きてんだ」


「そんなあんたに朗報だ。久々の仕事だぜ」


「……まじで?」


「こいつの面倒見てやってくれ」


 オネスタは軽く背中を押された。


「もちろんだ。顔見知りだからって割引はねえからな」


「わかってるって」


「なら問題ない。さっそくだが森に行くぞ。ついて来い」


 オネスタが口を挟む間もなくとんとん拍子に話は進んでいった。森、という言葉に嫌な予感を覚えたがジュスティスが迷いなく言うので気にしないことにした。

 ついて来いというジュスティスに続きステラが歩く。おいて行かれないようにオネスタも歩いた。相変わらず静かな町で、まるで屋敷のあった街とは別世界なのではないかという錯覚まで覚える。何をするのか全く聞かされないまま連れていかれたので若干不満を持つオネスタを後ろにステラとジュスティスは談笑し始めた。


「お前ここ数日どこ行ってた?」


「ちょっと仕事と旅行みたいな。まあ大したことじゃねえよ」


「ああ仕事ね。レア物でも売りに行ったか?」


「そういうことだ」


「ふーん。あの娘はその金で買ったんか」


「ちげえ! 色々あってこれから俺と暮らすだけだ」


「大問題じゃねえか……」


 本人がいる前でする会話でもないが、久々に故郷に帰ってステラは安心したのだろう。荒くなっている言葉遣いがその証拠だ。

 店や家は結構な数があるし、道路は石で作られている。人が多そうなこの町がなぜこんなに静まり返っているのか、オネスタの頭の中ではその疑問がぐるぐる回っていた。

 暫く、二人が歩く後ろを付いて行くと街の外の家のないところまで出た。周りは木しかないし、石畳でもない。一本一本の木が大きすぎるのか、空を見上げても緑しか目に入らない。少し薄暗くはあるが太陽の光が差し込む余地がないおかげで心地よい寒さの演出と思えば不気味には感じない。


 森の中にあった切り株の上に立ってジュスティスが辺りを見渡す。念入りに周囲を見回すと、やがてそこから降りた。


「よっし。じゃあ始めるか。あーまずは……その前に自己紹介だな。改めて、俺の名前はジュスティス。能力について多少知識があるからそれを教えることを仕事にしてる。って言っても最近は妙なもんが出来ちまったから廃業寸前なんだけどな。で今は動物狩って生きてる。ステラとの関係は、そうだな。恩師兼友達ってとこかな」


「嘘つけ」


「後なんか説明する?」


「趣味とか言っとけ」


「趣味は困ってる人を助けることだぜ」


「嘘つけ」


「えー。まあそんな感じでよろしく。あ、俺っていくつに見える?」


 グッとサムズアップでジュスティスは締めた。突然始まった自己紹介にオネスタは困惑する。しかし言われたことはしっかり聞いている。数秒頭の中で整理してオネスタは答えた。


「三十ぐらいですか?」


「聞いたかステラよ」


「そう見えるだろうな」


 妙な反応だ。顔は若々しいし体はまだまだ働きたそうだ。間違える要素がない。どう見てもそれぐらいの年だ。しかし、にやにやしているジュスティスと、オネスタの回答は予想済みだと言わんばかりのステラの様子から当たっているというオネスタの自信は徐々に消えていく。

 嬉しそうに鼻を鳴らすジュスティスが言った。


「俺、今は六十歳ぐらいだぜ」


「……は?」


「くくっ」


 予想とかけ離れた答えにオネスタは間抜けな声を漏らす。聞いたことのないオネスタの声を聞いてステラが笑う。ジュスティスは勝ち誇った顔をして二人を交互に見ている。六十だと言った男がいたずらに成功した子供みたいな顔をしているからオネスタはよりわからなくなった。


「本当ですか?」


「残念ながら本当だよオネスタ」


「残念ってなんだおい」


「なんか、すごいですね……」


「それも含めて、これから教授するからしっかり聞いとけよ」


 掴みはオーケーだと感じたのかジュスティスの様子はその時からよくなったようにオネスタは見えた。本格的に始まる空気になりオネスタは心を落ち着かせる。

 ただ、どうして寝巻から着替えてこなかったのかオネスタにはそれだけが気になった。


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