第一話 やらかした事は大きい(?)
外に出ると決めたところでクリオシタは自分の家――には帰らずそのままフォルティモと森の中で相談していた。クリオシタとしてはフォルティモの家にいてもよかったのだがフォルティモの強い抗議によりそれは却下された。
「ソプラ国から出るって、どっから出るつもり?」
「それなら大丈夫。明日は遠征の日だよね? その時にこっそりとね」
遠征とはその名前から、初めて聞く人は大げさに想像しがちだが、そんなことはなく、ただ外に行って外の食べ物や雑貨品などを持ち帰ることだ。
中心都市であるチェントルのど真ん中、ソプラ国の心臓とも称される巨大な王城にある大穴から飛行船で出発する。大穴は平時には閉じられているのだが、その遠征の瞬間にのみ開く。
出発する飛行船は一隻だけでなく東西南北と四方に向かう四隻が存在する。一隻につき千人、合計四千人が動員する。ソプラ国が運営している大規模な作戦である。今回で1752回目となるこの遠征は、一年に一度の大イベントだ。そのため多くの人が関わることとなる。
なぜ空から行かないのかと問われれば、単に一度空に上がるよりもそのまま下に出るほうが使うエネルギーが少ないからだ。
「お前なんでさっき行こうとしてたんだよ……」
「勢いでああなったの、気にしないで! 恥ずかしいから!」
やめてと腕を振るクリオシタだがフォルティモはまだ不満があるようだ。
「こっそりって具体的にはどうすんのさ」
それについてはクリオシタには考えがあった。
「飛行船にフォルの目印を投げ込む」
「俺行くのかよ! というか飛行船にどうやって目印を投げるんだよ!」
外に行くことは禁止されているこの国では二週間に一度飛行船の中を掃除する。出発の日の前日にも掃除をし、その後は出発まで巨大な建物に入れられ厳重に封鎖されている。もちろんフォルティモの目印を投げ入れることなど出来ない。
「じゃあ、誰か船員さんにフォルの目印を持って行ってもらう……」
「それこそ捕まるわ! ちょっと待て、だから何で俺も行くんだよ!」
「本当に行かないの……?」
クリオシタはやはりフォルティモにも一緒に来てほしいと思っている。能力のこともそうだが、自分の家族にも黙って国の外に行くというのは不安なのだ。
そこに幼馴染であるフォルティモが一緒に来てくれれば安心――とまではいかないが、どんなに辛くなってもきっと楽しいと、そう考えている。
「行かねえよ!」
そんなことをフォルティモは知る由もなく、ただ禁忌を犯してはいけないという誰もが持っている当たり前の常識に従って言っているだけだ。
しかしクリオシタはその常識に納得できない。クリオシタは常識よりも自身から湧き出る好奇心を優先したいのだ。
「じゃあもういいやっぱり私一人で行く! そうだ、時間は明日の正午から一時間だよね。今日の夜に下見に行こう」
「知らん。もう勝手にしろ」
クリオシタはちらちらとフォルティモの反応を窺うが反応は芳しくない。
諦めて下見の準備をするためクリオシタが立ち上がった時だった。
「――でもな」
その言葉にクリオシタは動きを止めた。恐る恐るフォルティモの顔を見ると恥ずかしそうにそっぽを向いている。
「クリオシタが捕まったりしたら寝覚めが悪いからな、一緒に行くのは出来ないけどこれ持ってけ」
そう言ってフォルティモに差し出されたものは手のひらサイズの四角いキューブだった。金属でできたそのキューブは手ごろな重さをしている。文鎮替わりに使うのが最適だろう。
細かな文字が刻まれているそのキューブをクリオシタは知っている。
「捕まりそうになったらそれを握りしめろ。俺の家に帰ってこられるようになる」
そんなことができるのかとクリオシタは驚く。これがフォルティモ本人がテレポートするときの目印なのは知っていたが、これを握るだけでフォルティモの家に来れることは知らなかったのだ。
だがクリオシタに歓喜の色は見えない。フォルティモの精一杯の気遣いはクリオシタの心を満たすには足りなかった。
「ありがと」
形だけのお礼をすまし、さっさとフォルティモと別れ森を出た。
下見にも準備がいる。そのためには一度家に帰らなければならない。帰路に就いたクリオシタはため息を吐く。空にはやはり青空が広がっている。この村は大好きだ。畑や、放牧場にいる羊ばかりで何もない村だが、村民はいい人ばかりで何より平和だ。
今までいろんな場所にいったし、まだまだ行ってない場所もある。
でも、外の世界に行ってみたいのだ。そのことでクリオシタの頭の中はいっぱいになっている。
「フォルもどうしてああ頑固なのかな」
クリオシタは断られるとは思っていなかった。幼馴染である彼ならきっと一緒に来てくれると、そう信じていたのだ。
「フォルのばかぁぁぁ!!!」
クリオシタの叫びも掻き消え、ただ草木がざわざわと揺れるだけだった。
しかし、風が吹いたには音が大きすぎる。何より今は風など吹いていない。これはおかしいとクリオシタが感じ始めたころにはもう遅かった。
草木が揺れる音、いや、足音はすでにすぐ後ろまで迫っていた。
「フォル――」
ではなかったがクリオシタは安心した。初めて見る男だったがクリオシタは安心した。
「こんにちは」
クリオシタはその男が誰だかは知らないが、よく知られた衛兵の服装をしている。おそらく東エリア担当の衛兵だろう。
「こんにちは。どうかなさいました?」
「外に行きたいと考えている者がいると連絡を受けてね、何か知らないかい?」
クリオシタは悟った。まずいことになった。この様子だと私だとばれている。フォルティモの家での会話が聞かれていたのか、はたまた森の中での会話だろうか。いや森の中で聞かれたにしては早すぎる。やはり、フォルティモの家で聞かれたのだ。
この衛兵以外にも何人もクリオシタを探しているだろう。問答無用で捕まえない理由は簡単だ。おそらくクリオシタが能力を持っていることもばれているからだろう。
「いえ、知りません」
「そうかい。悪いけれど少し手伝ってくれないか? この辺の地理には詳しくなくてね」
衛兵がそう言ったことでクリオシタは確信した。こいつは私の敵だ。こんなことを言って仲間の衛兵と合流するつもりだ。人数が集まったところで私をとらえる気だろう。
そう考えたところでクリオシタは行動に出た。
腕を振り、風を作り、衛兵に向かって放つ。
まさかいきなり能力を使われると思っていなかった衛兵はなすすべもなく吹き飛ばされた。
「がはっっっ!!!」
ロケットのように吹き飛ばされた衛兵は木にぶつかり、そのまま気を失った。鈍い音がしてやりすぎたと後悔したクリオシタだが、衛兵の胸に耳を当て心臓が動いていることを確認したところでようやく一息ついた。
「くそっ……そんなに、嫌だったのか……」
衛兵が声を上げた。気絶したのは一瞬ですぐに意識を取り戻したようだ。
「やば……」
すぐさま逃げた。顔を覚えられでもしたらたまったものではない。明日、この国の外に出ようとしていたのは紛れもなくクリオシタだ。今、捕まってしまえばその企みはご破算になる。それだけは嫌だと逃げ出した。「くそっ」の後に衛兵が言ったことはクリオシタの耳に入ることはなかった。