第十一話 挑戦
オネスタが静かに泣いている間、ステラはおろおろと狼狽していて収拾がつかなかった。オネスタが泣き止んだ所で事態は収束したがステラは若干気を張っていた。
それからは色々なことを決めた。人が二人で生活を共にするのだ。今までの生活や二人の性格、性別もそうだが相違点が多々ある。ルールを決めなければいずれ問題が起きることは目に見えている。
「オネスタはそこのベッドで寝てくれ。俺は隣の部屋で寝る」
「え、でも――」
「いいから」
宿では同じ部屋で寝泊まりしたが、その時だってステラは気が気でなかった。オネスタを傷つけるようなことはあってはならないと、ステラは考えていた。
そんなステラの気遣いなどオネスタが気づくはずもなく、だからと言って家主のお願いを無碍にすることも出来ないので大人しく従った。
そんな感じで、着替えの場所や使う皿や食事当番など様々な事を決めた。
内容としてはこのようなものだ。
1、着替えは別の部屋
2、皿や食器は別の物
3、ご飯はステラが作る。オネスタは練習
4、他の家事は仕事が見つかるまで全部オネスタがやる――
などなど計十個。これらは全て暫定的な物で追加していくかもしれないし場合によっては無しになるかもしれないとステラは言った。
ステラが出した決め事の内容は明らかに男女の違いを考慮していた。着替えのことや、洗濯は自分でやるなど小さな事が多い。オネスタからすれば気にしなくていいというのが本音だ。どうでもいいのではなく、そういうことは家主であるステラではなくお世話になるこちらが請け負うべきだと思っていた。
だが、オネスタは反論しても無駄なことはもう知っていたので何も言うことはなかった。
「こんだけ決めれば十分だろ」
覚えてられないので全部紙に書いた。その紙は二人が毎日使うであろうタンスの横に貼られることになった。
ルール決めも終わりようやく落ち着いた。改めて部屋の中を見ると男の子の一人暮らしの割に片付いていることがわかる。歩くスペースは余裕であるし、部屋の端っこにもゴミは溜まっていない。
家主の清潔さが伺える。
部屋にあった時計を見ると午後二時であることを示していた。
もうそんな時間か、とオネスタが思っていると何か小さな動物の鳴き声のような音が聞こえた。音がした方を見るとステラがお腹を抑えていた。
「飯食うか」
「作るの手伝います」
調理場は別の部屋なので移動した。
ステラに包丁の使い方を教えてもらい、オネスタは野菜を切っていった。オネスタは最初から料理はしたことがないと伝えていたので手本を見せてもらってからにした。やはりと言うか、包丁を持っていない方の手は丸めるということは初めて聞いたようだった。
切り終わった後は、オネスタは手際よく調理するステラを横から見ているだけだった。
食卓に並んだのは二人分のシチューとパンだった。
「「いただきます」」
カチャカチャと食器がぶつかる音が室内に響く。オネスタがあまりに真剣に食事をしているため、ステラは話しかけるのに戸惑った。
果たして、オネスタにとって一切の損得が関係しな料理とはいつぶりだっただろうか。いや、宿での食事もそうだが、あれも全くの善意だけという訳では無いだろう。なにしろお金が絡んでいるからだ。
そんなことを考えながら食事をするオネスタではなく、ただ美味しいと、ひたすら思っていた。
「俺は飯食ったら仕事に行くけど、一緒に来る?」
ステラの仕事は動物の狩猟だ。普通の人間なら殺すことが難しい動物でもステラなら比較的簡単に出来る。もちろん殺し合いなのだから危険がないわけがない。そんな危険な場所に非力なオネスタを連れていく のにもちゃんと理由がある。当たり前だが、狩りをするのだからステラは動物と戦闘を行う。そこにオネスタも混ざるのもいいが期待しているのは腕力ではなく能力だ。オネスタの能力を使ってより安全に仕事が出来るならステラは願ったり叶ったりだ。
そういう意味でステラに誘われたことをオネスタは理解していた。しかしオネスタは迷っていた。第一、彼女の能力は完全に制御できていない。煙幕を張ってもステラも影響を受けるのがオチだ。何らかの策がなければ光による目眩しなども同様だ。
それならオネスタが行ってもほとんど変わりがない。むしろステラが守る対象ができる分迷惑になるかもしれない。それなら行かない方がいいかもしれない、とオネスタはそう考える。
ステラもそれは分かっていた。それでも、危険を承知でオネスタが行くと決断して、度々口にする謝罪のその後ろめたさを取り除くことが出来ればいいと、思っていた。断ったとしても、家事なり他のことで頑張ってもらえばいい。行くと決めればサポートはする。
ステラはどちらでもよく、後はオネスタの心しだいだ。
そして、オネスタの答えは、
「行きます。行かせてください」
行き先は決まった。