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天上の世界の明日に向けて  作者: 奈宮伊呂波
オネスタ編
18/50

第十話 オネスタの居場所

 騎士団の女が帰ったすぐ後にオネスタとステラは宿を出た。ステラは会計があるとかで、先に出ていたオネスタは、後から出てきたステラが妙に間抜けな顔をしていたからその理由を聞いてみると「めっちゃ安かった」と言った。

 金銭感覚が薄いオネスタからしてみればどうでもいい話だった。


「さて、あともう少しだしさっさと行こうぜ」


 街の外まで来たところでステラが提案した。ここまで来れば誰かに迷惑をかけることもない。彼の能力で空を飛ぶ時は周りに少なからず影響を与えてしまう。それに以前、ステラが言っていたが他人に能力を使ってるところは隠しておきたいらしい。


「わかりました」


 オネスタはしゃがんで待つステラの後ろに回り、そのまま背中の上に身を預けた。これがステラと飛ぶ際に一番安全と思われる体勢だ。オネスタはお姫様抱っこにはもう飽きていた。

 改めてステラの背中を見てみると、意外なことにあまり大きいとは感じなかった。この体からどうやってあの常識を無視した力を出せるのかちょっと疑問に思ったほどだ。そして同時にすごいなとも思った。


「ちゃんと掴まった?」


 変に感心しているとステラの声が前から聞こえた。前回飛んだ時はスピードが速すぎることを除けば問題はなかったが一応、体をずらしたり掴む箇所を変えてみたりして念入りに感覚を確かめてみた。


「はい」


 よし、と呟くとステラは両足に大きく力を入れた。相変わらずのすさまじい風と重力を肌で受け止める。あっという間に地面との距離が膨れ上がる。街が米粒よりも小さくなったころにようやく上昇は止まり、そのまま真っ直ぐ進み始めた。


 オネスタは三度目の体験にもかかわらず以前と変わらない感動を胸に抱いていた。大空と言う誰にも邪魔されない空間はオネスタにとって、数少ない安息の地となっていた。


「あの!」


 前に話しかけたときは声が小さくて聞こえにくかったらしいから今度は初めから大声を出してみた。


「なんだいきなり!」


 自分よりも大きな声が帰ってきて、僅かに肩を揺らす。だがすぐに怒っているわけではないことを理解した。


「今日中には着きますか!?」


「もう着くよ!」


「わかりました!」


 オネスタは強くステラの背中にしがみついた。そうすれば振動は少し小さくなった。

 抱きしめられてステラが空を蹴るペースを乱したのを、オネスタは気づかなかった。

 自分の持っている財産の権利だとか、そういうのとは無縁のこの世界をオネスタは精一杯楽しんでいたのだろう。なぜなら、オネスタは今までの人生で一番と言っていいほどの笑顔だったからだ。



 ◆ ◆ ◆



 止まることなく二人は空を進み続けて、太陽が真上に来たころにステラは高度を下げた。オネスタはもう着くと言ったステラの言葉を思い出す。言った通り、すぐに着いた。降りる時は定期的に軽く空を蹴るだけなので、さほど衝撃はない。自然と抱きしめる力は弱くなる。

 それが原因でステラの気持ちがやや下ったことをオネスタが知ることはない。


「ここが俺の家」


 降りた場所は街の中だった。そこはオネスタの住んでいた街とは違って、露店はほとんどなく活気もあるとは言えなかった。家だけはたくさんあるようで、子供の声がちらちらと聞こえる。

 この街ではステラの能力のことは周知のことだ。他人の目を気にせずに能力を使用しても何ら問題は無い。


 ステラが指を差した先を見て、そこにあった長屋にオネスタは目を奪われた。単純な話、長屋の大きさに驚いたのだ。高さで言うとそうでもないが広さで言うとオネスタの住んでいた屋敷の倍はある。窓の数はざっと見積もっても五十個はあるだろう。


「大っきい家ですね」


「そうか?」


「そうです」


 長屋の存在をオネスタが知っているはずもなく、後になってステラの家はこの内の一部屋だと知ることになる。


「家の案内は済んだし、とりあえず――」


 ステラはオネスタの全身を眺めていた。オネスタはなんだろうと思って自分の格好を見てみた。そして、自分の服がかなりボロボロになっていることに気がついた。屋敷が全焼したせいで着替えもない。そこまで思ってオネスタはステラの考えてることに察しがついた。

 ステラは「うん」と首を縦に振り、


「オネスタの服買おう」



 ◆ ◆ ◆



 服を買うと決めてからステラの行動は早かった。遠慮しようとするオネスタは手を握られて有無を言わさず連れ回された。

 買い物ついでに街を見て回ったが、やはり外に出歩いている人はあまりいない。活気がないように見えるのもそのせいだろう。店や家は木か石で出来た建物しかない。築何十年も経っているのか、植物が生え散らかっている建物もある。オネスタの持った最初のこの街の印象は『寂しい』だった。

 二、三軒店を回って数十分後には最後の店の前で普段着寝間着合わせて六着がオネスタの両手を塞いでいた。


「こんなに買ってもらっちゃって、本当にいいんですか?」


 オネスタは自分に合う服がどんな服なのか知らないし、ステラも服に関心がある訳では無い。つまり服は全て店にいる人に見繕ってもらった訳だが、値段の方は気にせずに買ってしまった。

 結果、オネスタは六着といえど馬鹿にできない程のお金をステラに払わせてしまった。ステラの収入がどの程度なものかオネスタは知らないが、流石に使わせすぎていい加減抵抗が出てきた。


「気にすんな! なんか家事とかしてくれたらいいからよ」


 なんか、という辺り適当だとオネスタは感じたがそういうことならと納得することにして、ありがたく頂戴した。


「ありがとうございます」


 お礼を言うと満足したのかステラは買った服を全部受け取って来た道を引き返した。


「じゃあ家に戻るか」


「はい」


 自分の荷物ぐらい持ちたかった気もするがステラがあまりに自然に荷物をオネスタの手から掻っ攫っていったため、オネスタは返事だけしてステラの横に立った。



 ◆ ◆ ◆



 着いた時に案内されたのは長屋の場所だけでその中のどれがステラの家なのかは言われなかった。オネスタは聞こうか迷っていたが、黙ってついていけば分かるだろうとやめておいた。


「悪いオネスタ、ドアだけ開けてくれ」


 先頭を歩くステラに付いてオネスタが導かれたのはさっきの長屋の一番右端だった。その部屋は他の部屋に比べて明らかに部屋が広かった。ステラの住む長屋では端っこの部屋は家賃が高い分広めに作られていた。それはステラの収入が意外と多いということだがオネスタはそこまで想像はしなかった。


 言われた通りドアを開けようとして、ドアノブを探したがどこにも見当たらない。どこにもない。

 衝撃の光景を目にしたオネスタがパニックに陥るまでさして時間はかからなかった。と、いうか一瞬だった。


「くっくっ。何してんのそれ引き戸だよ」


 後ろで笑い声がしてオネスタの顔は赤くなる。落ち着いてもう一度ドアを見てみる。『ヒキド』というものは聞いたことがないがすぐに引くのだと気づいた。

 ドアの窪んでいる所を見つけ、押して引いてずらしてやっとドアは横に動いた。

 オネスタが初めて引き戸を触った瞬間である。


「ちょっとこれ持ってて」


 オネスタは部屋に入るなりステラが持ってた荷物を預けられた。ドアから見て左端にタンス、真ん中にテーブルと椅子。右奥にはベッド、その壁沿いには別の部屋に繋がる扉がある。食卓やキッチンは別の部屋にあるのだろう。特筆すべきはそのあたりだろう。

 まっすぐタンスに向かったステラは五段ある内の一番下の段の中にある物全部を他の段に移動させた。


「貸して」


 再びステラの手に移ったオネスタの衣類は空けられたタンスの中に放り込まれた。


「ここ、オネスタの場所な」


 自分の場所と言う場所はオネスタにとって懐かしい響きだった。そういえばそんな言葉あったなと。父親がいなくなってからそんな言葉は言われたことがない。忘れていたたわけじゃない。ステラと出会って楽しさを感じる時もあった。それでも、屋敷での辛い生活を忘れたことはない。


 ステラにとってそれは大した意味を持っていない言葉だ。ただ服を置く場所を作って、そこにオネスタの服を入れただけ。だが、オネスタにとっては「ここにいていいよ」と優しく包み込んでくれるような大事な意味を持った言葉だった。

 だから、ステラを映すオネスタの視界がぼやけてしまうのも仕方の無いことなのだろう。


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