第七話 オネスタは彼の能力がやっぱりちょっと信じられない
お昼ご飯を食べるため、一度空から降下した。二人は例によって人目に触れないように、森の中に降りた。
お昼にするにあたって、オネスタは一つ悩みを持っている。お金に関することだ。現在、保護者のいない身となったオネスタはお金を持っていないので、またステラに任せっきりになってしまう。
そのことにオネスタは引け目を感じてしまっている。
「ごめんなさい」
耐えられなくなり、謝ってしまったがステラからすれば、突然のことで訳が分からない。
足を止めて頭を下げるオネスタを、首を傾げて見ている。
「えっと、何のことだ?」
自然とステラの口から出たのは疑問の言葉。聞かれてもオネスタは顔を上げなかった。
「何度も、私のためにお金を使わせちゃって、その、お世話になってばっかりで私……」
「馬鹿なこと言ってんな、そんなこと気にしなくていいよ」
そんなオネスタにステラは気にするなと、言い切った。
「でも……」
「大体、俺がもっと早くに行ってれば、あんなことになってなかったかもしれないんだ」
あんなこと、とはオネスタの屋敷のことを言っているのだろう。
彼のせいでないことはオネスタにも分かっている。彼が屋敷に火をつけたわけではないし、パウラ達をけしかけたわけでもない。
むしろオネスタにとって、ステラは自分を助けてくれた恩人だ。微塵もステラのせいだなんて思ってない。
「貴方のせいでは……」
しかし、オネスタは一思いに断言することが出来なかった。長年の屋敷の生活で、見に染み付いた卑屈が原因だ。
ステラの心に易々と踏み込んで、彼の行動を評価していいのか、不安になっていた。
「俺のせいだよ。それともなんだ、俺といるのはそんなに嫌か?」
弱々しくステラは笑った。冗談半分、本音が半分混じっている。
「嫌じゃないです」
「ならいいじゃねえか。俺のせいってことで。その償いで、俺はオネスタと一緒にいるからさ」
理由なんてなんでもいい。ただ何かがないとオネスタは消えてしまうのではないか、ステラはそんな気がしていた。
「わかりました」
渋々といった様子でオネスタは納得した。
「でも昨日と言ってることが違いますよ?」
「それはお前、気にしたら負けだ」
陽の光が僅かに差し込む森の中で、二人の笑い声が小さく響いた。
◇ ◇ ◇
森の中を歩いてしばらくすると、大きな湖に辿り着いた。オネスタは街に向かっているはずなのに、と心配になった。
ステラは、
「ここでちょっと待ってろよ」
と一言告げると、靴を脱ぎ、服を脱いでパンツだけの姿になった。理解と遠く離れた現象から、オネスタは素早く目を逸らした。
耳まで真っ赤にして、オネスタは言った。
「いきなり何してるんですか!」
ステラは腕を振ったり、首を回したりして、当たり前のような顔でいた。
「何ってこれからお昼だろ?」
お昼、つまりお昼ご飯のことを言ってるとオネスタは推測した。その推測はまさにその通りで、だがそのことが湖の前で服を脱ぐという行為に繋がる理由がオネスタにはわからない。
「そうですけど、なんで服を脱いだんですか! 着てください!」
「なんでって、決まってるだろ?」
屈伸し、足と腕をぷらぷらして、今度は眉を顰めていた。
「湖の魚を捕まえるんだよ」
「いや、でも、ここに魚なんているんですか?」
「いるよ、よく見てみればわかる」
言われて、オネスタは顔を上げた。まず目に入ったのはほぼ裸のステラだった。さっきと同じように赤面した。
目を伏せながらステラの前に立って改めて湖を見た。大きな湖だ。普通の人間が泳いでも端から端まで行けそうにないぐらいに大きい。水はとても綺麗で、ある程度の距離なら底が透けて見える。
水面には波一つなく、生物の存在さえ疑わしい。
周りが森で囲まれていることも加わり、神秘的な感覚に陥ってしまう。
結論を言えばオネスタがいくら見ても疑心が拭えることはなかった。
「わかりません」
「まあ俺もちゃんと聞かないと分からないから普通はわからないんだけどな」
「貴方って意地悪ですね」
「覚えといて損はないぞ。じゃあ行ってくる」
落ちていた石を数個掌に握りしめ、トプンと心地のいい音を静かな森に響かせ、水中に潜った。
姿が見えなくなるまでステラを見届け、見えなくなるとオネスタは木に背中を預け、座り込んだ。
静寂に包まれた森ではいつもより思考が深くなる。
オネスタが自分に、何か出来ることはないかと考えた結果、とりあえずステラが脱ぎ捨てた服を畳んだ。次に、魚を捕ると言っていたので燃えやすい木の枝でも集めておこうとなった。
座ったばかりだが自分だけ何もしないのはいけない。オネスタはステラのように自分だけで生きていくことが必要だ。
木の枝を拾い集めていると、湖の方から轟音が鳴った。嫌な予感がしたオネスタは木の枝を捨てて慌てて湖の方へ駆け寄った。
一見ステラの姿はないが、水面が地震でも起こったかのように激しく揺れている。
やがて何度も轟音が響き、それに伴う揺れは収まった。
綺麗な水質だと言っても奥底までは見えない。
発生源不明の不安を煽るような音にオネスタは呆然としていた。
どうしよっかなーとオネスタが水面を眺めていると真ん中の方で異変が起きた。
突如として、大きな水しぶきを上げ何かが飛び上がった。目で追うとちょうど太陽と被り目が眩む。
シルエットになったそれは頂点に達すると、重力に従い、ドスンと音を出して落ちた。
魚だった。とても大きな魚。オネスタよりも大きな魚だった。教養のないオネスタは種類までは判別出来なかったがどこからどう見ても魚だ。
「でかい、ってこれあの人がやったの?」
静かな湖に生物がいた事と、水中で巨大な魚を仕留められるほどの身体能力を持つステラにオネスタは驚愕する。
「今日のお昼だ!」
いつの間にか、ステラがオネスタの隣に来ていた。
髪に水滴を滴らせて、彼が歩いてきたであろう道が湿っている。
「凄いですね。どうやってこんなに大きな――って、服着てください!」
ステラを見るなり、オネスタは顔を隠して魚の方に向き直した。
オネスタの言った通り、ステラは飛び込む前に着ていたパンツがそのまま無くなっていた。
つまりステラは裸である。
「ん? ああ、すまん。捕まえてる時に脱げたみたいだ」
裸であることに抵抗がないのか恥じらいはあまり見られない。一応謝っているあたり道徳に反するということは分かっているようだ。
「あ、畳んでくれたんだな。ありがとう」
感謝してステラは服を着始めた――のではなくまず自分のシャツで全身を拭き始めた。タオルなんてものはステラは持っていない。
水滴をシャツに吸い取らせると、ズボンを足に通し、オネスタの肩を叩いた。
「とりあえずこれでいいか?」
オネスタが振り返ると、ズボンを履いたステラがいた。オネスタにとっては目に毒だったが、さっきと比べればマシになったと納得することにした。
「それでいいです。それでその魚、どうするんですか?」
「焼いて食べる!」
「それなら、あっちに木の枝を集めてあるので持ってきますね」
そう言って、オネスタは置いてきた木の枝を取りに行った。
しかしオネスタは、自分が集めた木が湿っていて燃えにくい木だということをまだ知らない。