第六話 オネスタは彼の能力をそう簡単に理解できない
屋敷が燃えてしまい一人になってしまったオネスタはステラの家に身を寄せることにした。
その日は適当な宿で一泊をすました。二人とも疲れていた。特にオネスタは余程疲れていたのか、ベッドに倒れこむとそのまま眠りに落ちた。
借りた宿の部屋は一つで、ステラも年頃の男の子だ。違うベッドと言えども同じ部屋に無防備な女の子がいると気が気でなかった。
悶々とする中、ステラは瞼を閉じ続け、強引に眠ることができた。
「貴方の家ってどこにあるんですか?」
おはようの挨拶もそこそこに、オネスタはステラに尋ねた。
起きたばかりのステラは目を擦りながら答えた。
「ここから北に行ったところにあるよ。馬を使って三日ぐらいかな」
「そんなにかかるんですか……」
オネスタの不安ももっともだ。今のオネスタは寄る辺がなく、お金も一銭ぽっちですら持っていない。とても三日分の旅の準備など出来るはずがない。
「ん? ああ、心配すんな。半日で着くからさ」
信じられない言葉にオネスタは顔を上げた。ステラと被って窓から差し込む太陽の光が目に直撃する。
それも気にせずオネスタはステラから目を離さなかった。
「たった半日で着くんですか……?」
「ああ、着くけど。それがどうかした?」
当たり前と言わんばかりにステラはオネスタに聞き返した。
「早すぎます! どうやってそんなに早く行くつもりですか?!」
驚きのあまり、つい怒ったような口調になったオネスタに、ステラは大きく目を見開いた。
「お前って怒るんだな……。まあいいけど。どうやってって、飛んでいくつもりだけど」
「すみません意味がわかりません」
「いや、言った通りだけど」
言った通り、と言われてそのまますっぽりと理解出来るほどオネスタは現実離れした想像力を持っていなかった。
「あの、もっと具体的にどうやってか教えて貰ってもいいですか?」
具体的、と復唱しステラは頭を捻る。
「空を飛んで行くんだ」
「もっと具体的に」
「空中を蹴って行く感じかな」
「空中を、蹴って……」
自分の口で言って、言葉を咀嚼するもいまいち理解が及ばない。ステラに言われたことをそのまま想像するとあまりに奇妙な光景が浮かんでしまったからだ。
「おう。あ、でも、オネスタを抱えて行くからちょっと時間かかるかもな」
オネスタは、想像したステラの姿に自分を加えてみる。上手くいかない。
オネスタには人に抱えてもらった経験がなくその姿を思い浮かべることが出来なかった。
「お姫様抱っこというものをして欲しいです」
昔読んだ、有名な絵本にそんなページがあった。
王子様が毒林檎を食べたお姫様を接吻で助けたというお話で、その時のお姫様抱っこが忘れられなかった。
「任せとけ」
即答したステラな顔はオネスタのいる所からでは逆光になりよく見えなかった。彼の笑顔は今のオネスタには余りに眩しく、心地いい物だった。
「夜中になる前に着きたいから、朝ご飯食べたら出発するぞ」
「わかりました」
夜中になる前に着きたいというステラの予定にオネスタは賛成だった。屋敷に住んでいる時も夜遅くに外に出たことはなかった。買い物に行く時以外にはほとんど外に出る機会はなかったし、買い物の時は早く帰るように言いつけられていた。
(あれ?)
富豪一家との生活を鑑みて気づく。
もしかして、彼らは私にただ酷いことをしていたのではないのかもしれない。
肉親のいないオネスタが一人でも生きているように、敢えて辛く当たっていたのではないのか。深夜に家から出さないという過保護とも言われかねない行いの真意は、家に縛り付けるためではなかったのでは。
(いや、ない)
死んだ人に今更期待したところで何かが変わるはずもない。それにそんな小さな可能性を信じる根拠はどこにもない。
宿主から出された朝食を食べると、二人は部屋の鍵を返し宿から出た。
「今後とも宿屋プレンタをよろしくね」
ガハハと豪快に笑う女主人に挨拶をして二人は北へと歩きだした。
ステラが言うには、あまり自分が超人的な能力を使うのを見られるのはよくないらしい。森の中に入り、そこから出発しようとなった。
「あの……」
森の中の木の中には人工的な切り口のある木があった。この辺りではまだ人がいるかもしれない。
誰かに聞かれないようにオネスタは小さな声でステラを呼んだ。
「どうした?」
足元を注意しているステラは振り返ることはない。宿屋で払ったお金のお釣りがじゃらじゃらと鳴っている。
「貴方のその、力って能力ですよね?」
慎重に進めていた足をステラは止めた。周りを見ることをやめ、オネスタのほうへ振り返った。
「気になるか? 気になるなら話してやろう」
尊大な態度のステラにオネスタは若干腹立ったが口を挟まずに聞くことにした。
「俺の能力は、なんか強くなる能力だ!」
驚いたかと言わんばかりに、ふふんと鼻を鳴らすステラ。
彼は空を飛ぶ、とは少し違うが空中を自在に移動できる。炎の塊を腕を振って起こした風で消すような馬鹿げた腕力を持っている。
そんな芸当が自然に生きてきた人間に出来るはずもなく、能力だと言われた方が納得できる。
説明が雑で理解の及ばない所もあるがオネスタは気にしないことにした。
「凄いですね。私なんてなんの役に立つのかわからないような能力なのに……」
「俺はいいと思うけどな。あれだろ? 煙とか光とか出すやつ。あれは俺もびっくりしたぞ」
すぐに回復してたけどねと、オネスタは毒ずく。
「そうですか」
自然と無愛想な言い方になったがステラが気にかける様子はない。
再び歩き出し、しばらくするとステラが立ち止まった。
「この辺でいっか」
言ってステラは、オネスタの背中に右手を添えて、かと思うとオネスタの両足が地面から離れた。膝の裏には左手が引っ掛けられていて見事なお姫様抱っこになっていた。
ステラが調子を確かめるように軽くジャンプすると、オネスタの視界が縦にぶれた。
「しっかり掴まってろよ」
耳元で囁き、オネスタが聞き返す間もなく、ステラは足に力を込め、地面を蹴り出した。
宙へ飛び出すと、二人が通った軌道に膨大な風が巻き起こる。周辺の木々が揺らぎ、水面が小刻みに震えた。
オネスタはあまりの風圧に目を開いたままでいることが出来なかった。
優雅な空の旅とは程遠く、空を蹴った反動で頭が激しく揺られる。慌ててステラの首に腕を絡ませるがそれでも運ばれ心地は最低なままだった。
「ま、待ってください!」
当然、初めて空を飛ぶオネスタがその衝撃に耐性があるはずも無く、数分も経たないうちに静止するようにステラに求めた。
しかし、超速で移動しているため、オネスタは自分の声さえ聞こえない。それに気づいて、ステラに聞こえるはずがないと諦めた。
オネスタが背中をバンバンと叩くとようやく異変に気づいたステラが空を蹴るのをやめた。
速度が落ちる中、ゆっくりと目を開けるとそこは何もない草原だった。
着地する際に、勢いを殺すためワンバウンド加えた。
「どうかしたか?」
なんともないような物言いのステラに対し、オネスタは息が上がっていた。動いていた人よりも疲れている事実に悔しさを感じたが、動転して能力を発動させなかったことは褒めるべきことだ。
「あの、もう少しゆっくりでお願いします。これでは到着する前に私の身が持ちません」
少し考えて、ステラは答えた。
「到着が明日になるけど構わない?」
さっきの速度でちょうど日が変わることに着くぐらいだった。それよりも遅くすれば眠気に負ける恐れがある。ステラは野宿を好まない。
それで明日になると言ったのだ。
「それでお願いします」
死ぬよりはマシだと、オネスタはその提案を受け入れた。
そしてもう一度、ステラは地面を蹴って空中を進み始めた。
オネスタの体感ではさっきの半分ほどの速度になっている。ステラが自分の能力を正確に扱えている証拠だ。
自分にはないものだ、とオネスタは劣等感を抱いた。
「空を飛ぶのは初めてか?」
速度が遅くなったことで、幾分か聴覚や視覚が戻った。蹴り出す反動も小さくなり、揺れが小さくなった。
そのおかげで周りの景色を見る余裕が出来た。上を見ても横を見ても、何もない。あるのは見慣れた青空だけだ。
下を見ると、ソプラ国が見えた。森や建物は点在していたが、ソプラ国を取り囲んでいる壁はどこにも見当たらなかった。草原や森の緑の背景に、街を見ても小さくなりすぎて人がいるのかどうかも判断できない。それでも、肌に感じる風と、腹で感じる浮遊感がどうしてもオネスタを高揚させる。
その絶景と、感覚はオネスタにとって初めてのことだった。
その絶景に酔いしれていた時、ステラはオネスタに尋ねた。初めてか、と。
もちろん、そんな経験があるわけがなく、オネスタの返事も決まっている。
「初めてです。でもこんなに綺麗ならまた見に来たいです」
「そうだな。家に着いて、落ち着いたらまた来よう。絶対な」
「はい。約束です」
二人は誰もいない、高い空の上で約束した。