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天上の世界の明日に向けて  作者: 奈宮伊呂波
オネスタ編
13/50

第五話 原因不明

「目ぇぇぇぇぇ!!! まぶ、眩しい―!!! 目が、目がぁぁぁ――あ、治った。すっげえ眩しかった。お、そこの嬢ちゃんは何ともないのか? すげえな」


 やたら元気な少年は、ポカンとしているオネスタを無視して捲し立てた。口ぶりから察するに彼はパウラ一味とは無関係だろう。オネスタが奇妙に感じたのは、彼の異常な回復力だ。パウラやロッティア達は今もオネスタから発せられた光による影響に苦しんでいる。その中で、少年の視力はあまりにも早く戻りすぎている。


「あの、あなたは何しているんですか?」


「火を消そうと思ってな!」


 少年は即答した。常人なら考えようともしないことを当たり前のように言った。


「どうやって?」


「こうやってだ。あ、ちょっと離れてろ」


 少年は燃えている屋敷の方を向き、大きく腕を振りかぶった。何をするのかと思えば、次の瞬間、暴風が起きた。

 あまりにも強い風にオネスタは立っていられなくなり、尻餅をついた。自身の能力でも失うことのない視界を、暴風に奪われた。


 風が収まり、目を開けてみれば嘘のような光景が広がっていた。オネスタは自分の目を疑った。さっきまで屋敷を包んでいた燃え盛る火は、一片も残っていなかった。その代わりとは言っては何だが、燃えていたはずの屋敷が、とても屋敷だったものとは思えないほどに朽ち果てていた。


「よし! じゃあ嬢ちゃんまたな! そこで転がってるお前らも気いつけて帰れよ」


「待ちやがれ!」


 少年の目的は本当に火を消す事だったのか、そのまま踵を返しそうなところだったが、復活したパウラが少年に怒鳴りつけた。


「何か?」


「余計なことすんじゃねえよ。お前ぶっ殺すぞ」


 二日連続でオネスタに返り討ちにあったことと、少年の介入によりパウラは怒りで理性が失われつつある。顔を真っ赤にし、目が血走っている。息を荒げ、今にも少年を食い殺しそうな形相をしている。


「余計なこと? 俺は当然のことをしたまでだが……そうかそれは済まなかった。許せ」


「ふざけてんじゃねえ!」


 少年は誠心誠意謝ったのだがパウラは馬鹿にしていると受け取ったのだろう。

 パウラは叫ぶと少年に殴りかかった。

 次に自分の目に映る光景を想像し、オネスタはつい目を伏せた。

 低く鈍い音がオネスタの鼓膜を揺らし、人が転がる音が聞こえた。それきり人を殴る音は聞こえなくなり、代わりに聞こえたのは男の呻き声。

 それはオネスタの知っている声だった。さっき聞いたばかりの少年の声ではない。昨日からオネスタに執拗に絡む男の声だった。


 その声を聞き、オネスタはゆっくりと目を開いた。


「どうして……」


 立っていたのは少年。パウラは少年から離れたところで腹を抑え蹲っている。


「いきなり殴りかかってくるとは、失礼なやつだな。とは言え反射的に殴っちまった。すまん、立てるか?」


 笑顔で手を差し出す少年に対し、パウラはまだ立ち上がることが出来ていない。


「うるせえ」


 ようやく立ち上がったかと思えば、パウラは差し出された少年の手を払い除け仲間の元に向かう。


「いつまで騒いでんだお前ら! 帰るぞ」


 仲間と言ってもリーダー格はパウラのようで言われるがままにパウラに付いて行く。

 ぞろぞろとお帰り頂いている中で、ふいとロッティアが振り返った。


「今度こそお別れだね。元々会いたかったわけじゃないけどね」


「待ってください」


 バイバイと手を振るロッティアをオネスタは引き止めた。


「ちゃんと聞きたいです。屋敷をこんなにしたのは貴方達なんですか? テネレッタさんは、無事なんですか……?」


 パウラは言っていた。他に誰がやったんだと。オネスタはその言葉がどの事象を指しているのか、まだ聞いていない。屋敷が燃えていることを言っていたのか。目の前にある巨大な岩のことを言っていたのか。それとも両方か。


「火はそうだけど、岩に関しては全く知らないね。で、そのテネレッタ……って人は誰だか知らないけど中にいた人はみんなあの人達が殺していたよ」


 そう言ってロッティアは仲間を追って行った。


「そうですか……」


 ――やっぱり、テネレッタさんは死んじゃったんだ……。

 確認すれば、もしかすると外に逃げているのかもしれない。

 テネレッタが死んだという根拠となるものは、ロッティアの言葉しかない。あんな、人の気持ちなんて考えたことも無さそうな女の言うことを信じるわけはない。

 だというのにオネスタはテネレッタを探す気になれない。


 驚くことにオネスタはそれほど自分が悲しいと思っていないことに気づいている。


「誰か探しているのか? あー嬢ちゃん、名前は? 俺はステラ」


「オネスタです。一応、母を探しています」


 どいういわけか申し訳なさそうな、ステラと名乗った少年。妙な様子のステラに怪訝に思いながら、オネスタは答えた。


「そっか」


 元気な印象だった少年は依然として後ろめたい態度を変えない。


「どうかしたんですか?」


 思い切ってオネスタは聞いた。するとステラは屋敷を一瞥して、言い辛そうに吃っている。

 ステラが屋敷を見たことでオネスタは重要な事に気づいた。

 ロッティアは連中が屋敷にいた人を皆殺し、屋敷を燃やしたと言った。それがどこまで本当かわからないが、仮に生き残っている人がいたとしたら。熱く、燃え盛る炎の中、助けを求めている人がいたとしたら。それが、テネレッタだとしたならば、少年の消火活動は最後の押し込みになったのではないのか。


「すまん」


 ステラが謝った。よく見るとステラの服は埃だらけになったいる。それに肌の一部が赤く爛れている。


「オネスタの家族、助けられなかった」


 そう言ってステラは離れた場所を見た。オネスタが見てみると、そこには何かが転がっていた。2、30個はあるだろう。

 暗くてよく見えないが、月明かりに照らされて見えたそれらは人間の形をしていた。


「なんですか、これ……」


 惨状だった。ある者は焼かれ、肌色がほとんど見えない。片腕、あるいは片脚のない者もいる。感じたことの無い悪臭を鼻腔に感じる。おそらく、いや確実にその中に生きている者はいない。

 見ているだけでこみ上げてくるどす黒い感覚に思わず手で口を塞いだ。

 見ていられなくなったオネスタが目を逸らしたとき、転がっている人間の中で何かが光ったのが見えた。

 逡巡した末にオネスタは光ったそれを確認してみることにした。

 近づき、光った場所を目指す。その光は月の光に反射したものらしく、すでに暗がりに紛れていたがどこにあったのかは記憶していた。


 身体に纒わり付く悪臭を感じながらそこへ辿り着いた。

 そして、オネスタが見たものは。一つの死体だった。真っ黒に焼かれたそれの腹には刺された後のようなものがあった。なんとなく、それが女性であることがわかった。

 腕のあたりを見れば、月の光に反射した物の正体が判明した。それは金属で出来ていて、豪奢なものだった。人を選びそうなその装飾品を持っている人物をオネスタは知っていた。


「テネレッタさん……」


 黒く染まった、炎の熱を持つその手を握りしめ、オネスタは小さく呟いた。


「本当に、すまない」


 たまらなくなったのか、ステラが震えた声を出した。


「ううん。貴方は悪くないです。だから、謝らないでください。悪いのは……」


 自分か、パウラ達か。

 オネスタはどちらが真実か理解していた。だと言うのに、頭にあるのは僅かな悲しみと、これからどうしようという、漠然とした戸惑いだった。


「なあ、オネスタ。ここが家だったんだよな」


 握っていた手を離し、ステラのほうを向いた。


「そうでした。でも、それもなくなってしまいましたね」


 半笑いを浮かべるオネスタ。ステラはそれを見て、ある提案をした。


「それなら、俺の家に来い」


「貴方の?」


「そうだ。ただな、助けられなかった人達への責任感なんかじゃないぞ。お前を助けたいと、俺が思ったからだ」


「いいんですか?」


 いきなりの誘いに、オネスタは困惑した。初めて会った人に気を許していいものだろうか。しかし、行くあてもないのも事実だった。


「俺にも責任はあるから」


 少し迷ってオネスタは答えを出した。


「邪魔でなければ、お願いします」


 深く頭を下げ、オネスタはそう言った。


「もちろんだ」


 そしてオネスタはステラと生活を共にすることになった。

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