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赤い森  作者: 鈴代なずな
六章
37/46

6-2

 森の中は以前にも増して暗黒に包まれているようだったが、それは紛れもなく、森の中にも新たに生えた赤い樹木が点在しているためだった。

 まだ日中であっても、以前に見た夜の森よりもおぞましい色をしているように思えてしまう。原生林を思わせる大小様々な濃緑の樹木に、焼け焦げたような地面、そこから顔を出す危険極まりない、苔生した刃の根と、それをも覆い隠すような鋭い下草の群れ。その中に新たに奇怪な赤い樹木が加わるのは、なんらかの恐ろしい暗示のようでもあった。

 だからこそリヴィッドは、なおのこと足を急がせた。

 もっとも、それであってもやはり慎重に、以前よりも明らかに数を増した刃の根を避けようとし、思うように前へ進まないのがもどかしくはあったが。

(まさか……まさか、だ)

 自分自身のどうにもならない散漫さに苛立ちながら、リヴィッドはそれでも可能な限り駆けた。繰り返し自分の中に浮かび上がる不穏な考えを否定し、拒絶して、それを原動力とした。

 するうち、やがてまた、森全体の色が変わっていく――

 赤。もはや新も旧もない。全ての樹木、全ての根、全ての葉……地面も空も、散らばる石や煉瓦の残骸も、何もかもが狂気的な赤に染め上げられる、惨劇の中に入り込んだのだ。

 ぞわぞわと、本能の部分が恐怖するのを感じるが、リヴィッドは全く無視した。

 恐れている暇などなかった。遅々とした足を、以前とは全く違う意志で、それでも決して止めないまま駆け続け……

 やがて、音が聞こえてきた。

 硬く、赤い――鉄を叩く音。剣を作る音だ。

(サヤがいる。まだ、いるんだ)

 それが聞こえたことに、リヴィッドはまず大きな安堵を抱いた。そしてもはや歓喜するように、音を頼りに森を進んだ。

 廃墟は以前よりも細かく切り刻まれているようだった。もはや原型を留めているものは、ほとんどない。辛うじて形が残っているのは――火の灯る、大きな炉くらいだ。

(サヤ!)

 叫ぼうとしたが、疲弊に声が出なかった。しかし少女は確かに、そこにいた。

 裂けた石床の上で、以前と同じように機械を使い、以前と同じく鎚を振るっている。

 ただ……少女自身が、今までとは少し違っていた。

 彼女の身体には、無数の裂傷が生まれていたのである。赤い世界で唯一白かった少女までもが、今や裂けた服から露出した肌に、血の赤色を滲ませているのだ。

(どうしたんだ……何が起きたってんだ?)

 リヴィッドはサヤの身を案じると同時に疑問を抱いた。およそ百年間、彼女だけは少なくとも、身体を傷付けられることがなかったはずだ。それがどうして今、傷だらけでいるのか。

 と、その原因を探ろうとして周囲を見回したわけではないが。リヴィッドは彼女の傍らに、切り刻まれたように折れた刃の数々が散らばっているのを発見した。

 どこから持ってきたものかわからない。しかしどうやら、サヤはそれを溶かすことで新たな剣を作り出しているのだろうと理解できた。

 いずれにせよリヴィッドは、まだ少女の姿がどうにか見えるという程度の距離で立ち止まったまま息を整え、それがようやく落ち着いてきた頃、改めて彼女に声をかけようとした。

「サヤ――」

 しかし、それよりも一瞬早くだっただろう。

 少女は完成したらしい剣――湾曲した片刃の剣を抱え、すぐさま駆け出したのである。

「お、おい……!」

 リヴィッドは慌てて、それを追いかけた。

 サヤが向かったのはリヴィッドとは正反対、森のさらに奥地のようだった。赤い森はもちろんそこにも続いており、同時に廃墟も続いていたが、残骸はさらに細かく切り刻まれ、もはや単なる小石や、砂と化しているものも見受けられるほどになっていった。

 加えて進むたびに増える一方である刃の根を、サヤは慣れた様子でひょいひょいと飛び跳ねながら避けて進んでいくのだ。

 それを全く真似るは困難だったが、リヴィッドはそれでも懸命に、少女の背中がそれ以上小さくならないように追いかけた。

 幸いだったのは、彼女の目的地がそれほど遠からぬ場所にあったことだろう。駆け続けると、やがて森は変化を見せた。不可解にも、まるで一本の道を指し示すかのように他の樹木が、刃の根こそ残しながらも、全て脇に退いていたのである。

 おかげで、その先にあるものを見つけることができた。

 鬱蒼とした森の奥、一段高くなった地面の上に悠然とそびえる、一本の大樹だ。

 真っ赤な、遠目にもおぞましいほどの、周囲のどれよりもさらに赤く、暗い、竦み上がる色彩をした大樹である。

(村の守り神……)

 サヤがそう語ったのを思い出す。そして同時に、その場で起きた惨劇の話も思い出された。大樹の根元には、それが真実であることを示すように――

 おぞましい赤色に輝く、刃が突き刺さっていた。

 柄も鍔もないそれは、あるいはそれが取り付けられるはずの箇所ですら、刃そのものとなっているのではないか。そう思えるほどのものだった。

 そして、それを認識するのと同時に。

「……っ!?」

 リヴィッドはなんの前触れもなく、頬に鋭い痛みを覚えた。

 思わず足を止めて触れてみると……指には血が付いていた。頬に裂傷ができているのだ。

(なんだ?)

 嫌な予感を抱きながら、リヴィッドは改めて一歩踏み出した。

 と同時に、今度は左腕に同じ痛みが走る。見れば服が僅かに裂け、やはりそこに裂傷が生まれている。

(まさか……!)

 リヴィッドは慌てて、先を行くサヤの背中を見やった。彼女は足を止めることなく大樹のもとへ駆け寄ろうとしていたが――その身体から、次々と細い雫が飛び散っているのが見えた。

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